六月に入ってすぐ。梅雨は一向に来る気配がないが、みなとの誕生日はやってきた。俺よりおよそ一か月半遅れて、彼女は俺と同い年の十七歳になる。月日が経つのは早いなぁ……。
もちろん、サプライズプレゼントの準備は万端だ。必要なものは引っ張り出しておいて、家に帰ったらすぐに用意できるようにしてある。みやびも協力してくれるという。それに、みなとにはこの企みはまだバレていない。
特に何も起こらず、放課後を迎える。すると、いつものように、みなとが教室にやってきた。A組はたいていC組よりもSHRが早く終わるのだ。
「ほまれ、一緒に帰りましょう」
「うん」
俺は荷物を持って、みなとのところへ向かい、並んで歩く。
今日はまだ、『誕生日おめでとう』とは言っていない。もしかしたら、みなとは俺が誕生日を忘れていると思ってるかもしれない。いや、きっと思っているだろう。その証拠に、さっきからチラチラと視線を感じる。
でも、まだ我慢だ。誕生日のことを切り出してからが勝負になるからだ。そこから一気に畳みかける作戦になる。しかし、引っ張りすぎてみなとの堪忍袋の緒が切れたら元も子もないので、その辺のバランスを見極めなくてはならない。
校門を出たところで、俺はようやく切り出した。
「遅くなったけど、みなと、お誕生日おめでとう!」
「あ、ありがとうほまれ」
突然言われて、みなとは少し困惑気味だ。
「もしかして、誕生日忘れてると思ってた?」
「……ソンナコトナイワヨ」
ちょっと棒読みになっている辺り、そう思っていたんだろうな。まあ、仕方のないことだ。今までわざと言ってこなかったのだから。
さて、ここからが本題だ。駅の方へと歩きながら俺は話を続ける。
「もちろん、誕生日プレゼントも用意してあるよ」
「本当? いったい何かしら……」
「何だと思う?」
逆に聞き返してみる。電車に乗り込んで席に座ると、みなとは考え始めた。
「うーん……今日学校では何度も顔を合わせたのに渡さなかったってことは……他の人に見られたら恥ずかしいものかしら?」
「おぉ……いい線いってる!」
アタリとは言えないが、ハズレとも言えない。ある意味そのとおりだ。
それからみなとはいろいろ言ってきたが、すべてハズレ。追及をのらりくらりとかわし、みなとが特定できていないうちに、電車は俺たちが降りるべき駅に到着してしまった。みなとはこの駅が最寄り駅で、俺はここで電車を乗り換えなければならない。
「うぅ……結局プレゼントって何なのよ? ほまれの家の方に向かう電車、出ちゃうけど」
「……今日、これから時間ある?」
「家で七時から誕生日パーティーがあるから、それまでなら」
よし、時間の問題はクリアだ。それならば、俺から言うことはあと一つだけ。
「だったら、帰ったらすぐに俺の家に来てくれない? そうすればプレゼントできるから」
「わかったわ。じゃあ、準備できたらすぐに行くわね」
「うん。待ってるよ」
みなとは改札の方へと歩いて行った。
よし、これでみなとの誘導は完了だ。あとは、さっさと家に帰ってみなとが来るまでにプレゼントの準備をしなければ!
俺は急いで電車を乗り換えて自宅に向かう。いつもと乗車時間は変わらないはずなのに、気持ちが先走っているせいか、電車が妙に遅いように感じた。
電車が最寄り駅に着くと、俺は改札を走り抜けて、駆け足で住宅街を進んでいき、玄関を蹴破るようにして帰宅する。
「ただいま!」
みやびはもう帰ってきていたようで、リビングから廊下へ顔を出す。
「おかえり。みなとさんにはちゃんと伝えられた?」
「うん!」
俺は自分の部屋に戻ると、バッグを置いてベストを脱いでリボンを外す。
そして、昨日押し入れから引っ張り出したそれを持って、リビングのみやびのもとへ急ぐ。
「みやび、ちょっと手伝ってくれない?」
「お安い御用だよ!」
俺は大きな鏡の前に立つと、ワイシャツを脱いで着替え始める。
みやびに手伝ってもらって装着完了。まさか、これを着ることになるとは数週間前の俺は思わなかっただろう。
「うん、お兄ちゃんとっても似合っているよ!」
「そ、そうかな……」
確かに、この格好で然るべき場所にいたら、本職だと勘違いされそうだ。それくらい、俺の予想を超えて、鏡の中の俺はそれらしく佇んでいた。
これで、準備はすべて整った。あとはみなとを待つのみ。
それまで少し掃除でもしておくか……。
俺は脱いだものを片付けると、リビングを掃除し始める。着慣れない格好をしているせいか、少し動きづらい。だが、それを掻き消すほどのやる気が謎に出てきている。なぜだろう。やはりこんな格好をしているからかな……?
着替えてから十三分ちょうど。掃除が一段落したタイミングで、インターホンが鳴った。
玄関に取り付けられたカメラの映像を見ると、私服姿のみなとが映っていた。
心臓が高鳴る……はずはないけど、感情が高ぶる。みなとの驚く反応を期待してドキドキしているのと、みなとに見られるのは少し恥ずかしいという羞恥心が入り混じって、なんとも言えない心の状態になる。
それをすべて心の奥底に押し込めて、俺は思いきってドアを開けた。
「言われたとおり来たわよ……って」
「お帰りなさいませ、お嬢様!」
俺の格好を一瞥した後、みなとは間髪入れずもう一度俺を見る。あまりにも衝撃的だったのか、呆気にとられた表情で俺をジロジロと見て、その言葉が途切れる。
あまりにも黙っている時間が長いので、耐えきれず俺は声をかけた。
「……どう?」
「どうって……どうしたのよその格好?」
「……似合ってる?」
「似合ってるも何も……」
次の瞬間、みなとはバッとスマホを取り出すと、シャシャシャシャシャと連写しだした。
「完全にメイドそのものじゃない!」
「お、お嬢様! メイドの無断撮影はお止めください!」
「チェキは⁉ チェキはいくらかしら⁉」
思わずノっちゃったけど、それ以上にみなとがノってきているな……。
以前のデートで、みなとが紙袋の中に押しつけてきたメイド服。これを着てみなとを出迎えるという作戦は、どうやら大成功のようだ。
メイド服を俺にくれたということは、きっとみなとは俺に着てほしかったはず。そう解釈したのだが、それは当たっていたようだ。
もちろん、これだけで終わりにするわけではない。これが誕生日プレゼントではないのだから。あくまで前座だ。
「とりあえず、こんなところで話しているのもなんだから、上がって」
「お邪魔します」
あまりこの姿を外に晒したくないので、みなとをさっさと家に上げてドアを閉じる。
「このメイド服、きつくなかった?」
「ううん。大丈夫だったよ」
ただ、着るのには苦労した。たぶん、脱ぐときもみやびに手伝ってもらうことになると思う。
俺は、みなとをリビングに案内すると、ソファーに座ってもらう。
「改めて……みなと、誕生日おめでとう」
「ありがとう、ほまれ」
「それで、誕生日プレゼントだけど……」
「うん」
みなとが身を乗り出す。よほど楽しみにしてくれていたようだ。
ついにその内容を明かす時になって、気持ちが高ぶってくる。
そして、彼女に向かって、俺は高らかに宣言した。
「この家にいる間、俺はみなとのメイドになってご奉仕します!」