「「申し訳ございませんでした!!」」
俺と、隣に座ったみやびは、額をテーブルにつけて謝罪した。
謝っている相手はもちろん、みやびの正面に座っているなぎさちゃんだ。その隣の、俺の正面にはみなとも座っている。
「……とりあえず、顔を上げて。ほまれさんも」
「「は、はい……」」
俺たちがなぜ謝罪しているのか。それは、およそ一カ月とちょっと前に、みやびがなぎさちゃんに、俺の正体をごまかしたことが原因である。
それについて、なぎさちゃんから説明を求められたみやびは、かくかくしかじかと俺のことを話した。俺が交通事故に遭って重体になったこと、それで、俺の意識を仮の体である、見た目が女子のアンドロイドに移したこと。
「んーと、つまり、みやびは見た目が完全に女子のほまれさんの正体を悟らせないようにするために、嘘をついたってこと?」
「はい。そういうことです……」
「まあ、そうだよね~。こんな可愛い見た目の人が、実はアンドロイドで男の人だってわかったら、いろいろと厄介なことになりそうだもんね……」
なぎさちゃんは背もたれに寄りかかる。そして、俺のことをじっと見つめる。
な、なんだろう……俺の顔に何かついているのか? そんなに長い間視線を向けられると、ちょっと恥ずかしいんだけど……。
「ほまれさん、本当にアンドロイドなんですか?」
「そうだよ」
「全然そうには見えない……。しかも、あたしより女子っぽいし……」
「それはどうも……」
女子っぽいって、俺、褒められているのか? 中身が男子である俺としては、褒め言葉と受け取っていいのかどうか微妙なところだ。
ここで、今度は俺の方から気になっていたことを相手側に質問する。だいたい察しはついているけど、一応、念のためだ。
「話は変わるけど、みなととなぎさちゃんって、もしかして姉妹?」
「もしかしなくてもそうよ」
「そうですよー」
確かに並んでみると、顔が似ていないこともない……。全然雰囲気が違うから、姉妹なんて思いもしなかった。
「私、妹がいるって言わなかったかしら?」
「たぶんその話は聞いたと思うけど……名前までは聞いてないよ」
だから、まさかなぎさちゃんがそうだとは思いもしなかった……。
でも、よく思い出してみれば、ヒントはこれまでにいくつも存在していた。
最初に、買い物から帰る途中で会った時、なぎさちゃんは『古川なぎさ』とフルネームで名乗っていた。みなとの名字も『古川』。どうしてわからなかったんだろう。
それに、その時なぎさちゃんは、姉がいてその姉は俺と同じ高校だ、と言っていたし、姉から聞いたという俺のことまでかなり詳しく知っていた。俺はこんな体になる前までは学校内で有名人でもなんでもなかったから、どうして知っているのか不思議だったけど、今なら合点がゆく。だって、その姉というのが俺の彼女なんだもん。そりゃ、俺のことをよく知っているだろう。
とにかく、みなとの妹はなぎさちゃん。なぎさちゃんの姉はみなと、ということだ。
世間は意外と狭いんだな。
ここまで考えたところで、ちょうど店員さんが注文したものを運んでくる。みやびの前にはカフェオレ、なぎさちゃんの前にはカプチーノ、そしてみなとの前にはブラックコーヒーが置かれる……ってブラック⁉
「みなと、ブラックなんて飲めるの……?」
「まあ、ね。私は甘いのはあまり好きじゃないから」
大人だなぁ……。俺だったら絶対苦さで悶絶すると思う。
そんな俺の前には、ただのお冷が置かれる。この店ではこれしか飲めないのだ。自分でも迷惑な客だなぁとは思う。仕方がないとはいえ、良心が痛む……。
「ほまれさん、コーヒーとか飲めないんですか?」
「うん。水しか飲めないんだ……」
初対面だとやっぱり驚かれる。コーヒーとか紅茶とか飲んでみたいけど、飲んだらどうなってしまうのか……。体の中で飲み物の成分が固まって大変なことになりそうな気がする。
「ということは食べ物も?」
「もちろん。何も食べられないよ」
「それはつらいですね……」
ホントだよ! この体でいる間はなんにも食べられないんだもん! あぁ、考えれば考えるほど、食べ物の味が懐かしくなってくる。寿司とかラーメンとかカレーとか食べたい……。
その一方で、食事を作りはするけれど、食べないことにすっかり慣れてしまった自分もいる。適応してきているのはいいけど、元の体に戻ったときに大変なことになりそうだ。
「それじゃあ、いったい何をエネルギーに動いているんですか?」
「電力。充電式だよ」
某猫型ロボットのように、食べたものを胃袋で破壊して全部エネルギーに変換するとか、そんな素晴らしい機構は残念ながら搭載されていないんだよな……。
「え⁉ じゃあスマ」
「ホは充電できないからね! 端子の形が合わないから! 自分でモバイルバッテリーを持ってこようね!」
なぎさちゃんが全部言い終わる前に先回りした。なんかお約束的展開になっていないか、これ⁉ 同じようなことを、一カ月くらい前にみなとにも言われた気がするぞ……。やっぱり姉妹だから思考が似ているのだろう。
今度は、ブラックコーヒーを一口飲んだみなとが尋ねてくる。
「ところで、二人は今日は何の用でここに来たのかしら?」
「え?」
そりゃもちろん、あなたの誕生日プレゼント探しですよ!
……なんて言えるはずがない。本人に秘密で探しているからだ。
まさかこのタイミングで一番触れてほしくないところを狙った質問が来るとは。ここはどうにかしてごまかさないと……!
ああああ、焦れば焦るほどいい言い訳が思いつかない。どう答えて切り抜ければいいんだ!
俺が焦っているのを察知したのか、ここでみやびが助け舟を出してくれる。
「こ、この前の体育祭の帰りに、たまたまこの店を見かけて、いい店だなぁ~って思ったんです。なので、お兄ちゃんとちょっと入ってみようって思って、今日来ました!」
「そそ、そういうこと」
ナイスだみやび! いい感じのごまかし方だ!
みなとたちも、それを嘘だとは見抜けなかったようだ。
「あら、偶然ね。私たちも同じ理由でここに来たのよ」
「おう……それはスゴい偶然だな」
同じ理由で同じ日の同じ時間帯に兄妹姉妹で来る……結構な確率だ。
ここで話を止めてもごまかしの効果は充分だが、みやびはここで口を止めることはなかった。ここからさらに踏み込んだ発言をしていく。
「それに、お兄ちゃんが私にプレゼントをしてくれるみたいで…‥それでいろいろ見て回っていたんですよ」
おいおい! それを言っちゃマズいんじゃないか⁉ 話の方向次第で俺の企みがバレるぞ⁉ 思わずみやびの方を見るが、彼女はみなとやなぎさちゃんには見えないように、『だいじょうぶ』と口を動かした。
「そうなのね。妹思いじゃない、ほまれ」
「ま、まあね! あはははは……」
ちょっとわざとらしくなってしまったごまかし笑いをしていると、なぎさちゃんはみなとの方を向く。
「うらやましいです……おねーちゃんはなーんもプレゼントしてくれないですもん」
「いつも洋服のお下がりあげてるじゃない」
「あれがプレゼントだったの⁉」
洋服のお下がり、か。なるほど、ファッションセンスのない俺がなぎさちゃんの立場だったら、十分なプレゼントだと思うけどな。
みやびが続ける。
「みなとさんは、もしプレゼントを貰うとしたら、どんなものだったら嬉しいと感じますか?」
「私? そうね……私だったら……」
なるほど! これでみなとの希望をさりげなく聞けるというわけか! 誘導尋問がうまいな、みやび!
俺は一言一句聞き漏らさないように心の準備をして、みなとの言葉を待つ。
彼女は数秒考えると、答えを出した。
「私だったら……プレゼントをされるなら、モノというよりも何か行動してほしい……わね」
「「「行動?」」」
「そう。もちろん、形のあるプレゼントも嬉しいわよ。洋服とかアクセサリーとか。ただ、私個人としては、それよりも、形のない、何かをしてもらう、っていうプレゼントの方が嬉しいと感じる……と思うわ」
「「な、なるほど……」」
「お、奥が深いねおねーちゃん……」
そうか、プレゼントには『モノ』じゃなくて、『行動』もあるのか! なにも、ものを贈るということに固執しなくてもいいのだ。今までまったく思いつかなかった……。
それならば、プレゼントの内容を根本的に考え直さなきゃいけないな……。
それから四人で他愛もない話をした後に、俺たちは家路につく。
二人と別れて、帰りの電車の中で揺られていると、隣に座るみやびが尋ねてきた。
「お兄ちゃん、どう? みなとさんへのプレゼントの内容、考えはまとまった?」
「うん。とりあえずは」
みなとたちを別れてからずっと結果、一つのアイデアが俺の頭の中に舞い降りてきていた。みなとが喜んでくれる自信はある。ただ、ホスト側の俺が少し恥ずかしいけど……そこはみなとのためだ、それくらいなら我慢できる。
「どんな考えか、聞いてもいい?」
俺は周りを見回すと、他の人に聞こえないようにみなとの耳に口を近づけてアイデアを打ち明ける。
聞き終えると、みやびはニヤニヤしながら言った。
「結構思いきったね……でもいいんじゃない? 私も協力するよ」
「ありがとう、みやび!」
よし……あとは準備をしてその日を迎えるのみだ。
心の中でみなとの驚く姿を想像して、ちょっとワクワクする自分がいたのだった。