日曜日の午後、学校の最寄り駅で電車から降りると、市街地とだけあってたくさんの人が歩いていた。
あれからすぐに準備をして、俺とみやびは電車を乗り継いでここまで来た。みやびと出かけるのは中学校の登校に付き添った時以来だ。
「さて、どこから回ろっか……」
「とりあえず、近いところからでいいんじゃない?」
「そうだね」
俺たちは改札口を出ると、そのまま駅ビルの中に入って行く。駅ビルの中にはいろんな種類のショップがあった。
通路を歩きながら周りを見渡して見ると、雑貨店や服飾店など、若い女性向けの店が多いことに気づく。普段からこの駅を利用しているが、駅ビル自体はほとんど使ったことがない俺にとっては新しい発見だった。みなとへのプレゼントを探すのには都合がいい。
とりあえず、俺たちは適当に近くの店に入ってみる。
どうやら日用品雑貨を扱っている店のようだ。女性をターゲットにしているようで、店内はオシャレな雰囲気を醸し出している。食器とかスリッパとか、傘とかアクセサリーとかが売られていた。
「いい感じのもの、ありそう?」
「たぶん」
俺は少しの間、店内をぶらぶらしてくまなく見て回る。
通路の角を曲がり、正面からは見えない、少し棚が入り組んだところに入った。
「ぬいぐるみじゃん! 可愛い!」
俺よりも先にみやびが飛びついた。彼女は棚の前に駆け寄ると、陳列されているぬいぐるみを眺める。棚にはシロクマや柴犬やペンギンがズラッと陳列されていた。皆目を瞑っていて、安眠中のようだ。
「どう? お兄ちゃん、これ可愛くない?」
みやびがシロクマの抱き枕をギュッと抱えてこっちを見る。シロクマもみやびも可愛い。
「可愛いけど……シロクマ結構デカいな!」
見た感じ、みやびの身長の半分くらいはある。抱えて持つのは大変そうだ。
だが、みやびは満更でもなさそうだった。
「それがいいんだよ~、は~、肌触り最高~」
ナデナデとシロクマの頭を撫でる。
「このまま寝ちゃいたい……」
「寝るな」
「ねえこれ買ってよ~」
「えぇ……」
今はみなとのプレゼント用の品物を探しに来たんだけど……。一応値札を確認する。お値段は……三千円強⁉ 結構高いなオイ! デカいからなのか……?
このままだとみやびがシロクマに夢中になって、ことが進まなくなりそうだから、俺は強制的に引きはがしにかかる。
「と、とにかく行くよ! まだまだ見て回りたいから!」
「えぇ~そんなぁ~……」
渋々と言った様子で、みやびは棚にシロクマを戻す。もし俺の小遣いに余裕が出たら買ってあげよう……。
俺たちは店を出て、他の店を探す。
ぬいぐるみから引き離されて、ちょっと不満げなみやびが尋ねてくる。
「あのぬいぐるみはダメだったの?」
「うーん、ダメっていうわけじゃないけど、他にもっと適切なものがないか探してみて、なかったら買うよ」
見ていない店はまだまだたくさんある。ひととおり見てからでも決めるのは遅くない。
俺たちは一階の店をざっと見て回る。どうやらこのフロアには、それも最初に入った店と似たり寄ったりのものしかないようだ。他の商品も見るために、エスカレーターで上の階に向かう。
二階にはアパレルショップが集まっていた。もちろん、レディースしかない。以前だったら絶対に入らなかった、もしくは入りたくても入るのに気おくれするような店ばかりが並んでいる。
「そういえば、みなとさんはオシャレをするのが好きだったよね?」
「うん」
俺たちはエスカレーターから一番近い店に入る。
確かに、プレゼントに服というのも選択肢の一つだろう。
「でも、みなとがどういう服が好きなのかまったくわからない……」
俺は試しに一つ、ハンガーラックから無作為に一つ服を手に取る。
花柄のワンピース……。はたして、この服はみなとの好みに合っているのかどうか、俺には判別がつかない。この場にみなとがいない限り不可能だ。
「それに、俺には服を選ぶセンスがないんだよね……」
「……私も」
残念ながらここにいる二人とも、ファッションセンスがないのだ。
「あと、そもそも仮に服を選んで買ったとしても、みなとの体のサイズに合わない可能性もあるよ」
「あーなるほど……みなとさんのスリーサイズは」
「知っているはずないでしょ」
そんなことを聞いた暁には、変態だと思われるに決まっている! でもちょっと気になるなぁ……。俺のは教えているわけだし。
とにかく、だ。
「プレゼントに服を選ぶのはあまりよくないと思う」
店に入ったはいいが、プレゼントに服は不適だった。俺たちにはハードルが高すぎる。
俺は手に取っていた服を元の場所に戻すと、さらに上層階へ向かう。
三階・四階と服屋が続いたので、そこは飛ばす。五階には鉄道模型を売っている店があったが、どう考えてもみなとが鉄オタだとは思えないのでその階も飛ばす。
その後も、みなとが喜びそうな商品を売っている店は特になく、ついに最上階である九階に到着する。
エスカレーターから降りた先で、ワンフロア丸ごと占有していたのは書店だった。
「本屋ならいいものを売ってるんじゃない?」
「そうかもな」
とりあえず、ざっと眺めながら店内を巡り始める。
最初に目に入ったのは参考書コーナー。一瞬プレゼント候補として考えるが、みなとは成績がいいので参考書をプレゼントしても何の参考にもならなさそうだと思い直す。そもそも参考書を贈るとか、相手がよっぽど勉強が好きじゃないない限り喜ばないと思う。むしろ、馬鹿にしているのかと思われそうだ。
次に目に入るのはマンガや小説のコーナー。平積みされているマンガの一番上が視界に入り、俺は思わずそれを手に取った。
「このシリーズ、最新巻が発売されているな……」
買い集めていたマンガの最新巻だった。最近見ないな、と思っていたが、ようやく発売されたらしい。
「いいもの見つかった?」
「うーん……あんまり」
本もいい選択肢であるとは思えない。
みなととは、これまでかなりの時間を一緒に過ごしてきたとは思う。しかし、彼女が本を読んでいるところは見たことがないし、好きな本がある、という話も聞いたことがない。マンガも然りだ。彼女の部屋にも数回お邪魔したこともあるが、教科書や参考書以外の本は、あの場にはなかった気がする。
もしかしたら、俺が思い出せていないだけなのかもしれないが、本が好きなのかどうかわからない以上、今は買うのを避けるのが無難だ。ただし、このマンガの最新巻は俺自身のために買うけど。
「うーん、なかなかいいのが見つからないね。みなとさんへのプレゼント」
「そうだな……」
俺たちは本屋を出ると、エスカレーターで一階に戻っていく。
正直、プレゼントを選ぶのがここまで難しいものだとは思わなかった。
まず、服みたいに、みなとに聞かないと買えないものがある。聞いてしまえば、みなとに秘密でプレゼントを買うことができない。
それに、みなとの趣味に合わなさそうなものが多すぎる。というよりも、俺がみなとの趣味や欲しがっているものを把握できていなさすぎる。
はたして、いったい何がいいのか……。
頭を悩ませていると、みやびが後ろから声をかけてくる。
「ね、ちょうどいい時間だし、ちょっと休んでいかない? 一階に喫茶店があったんだけど」
「……そうだね」
ずっと立って歩きながら考えていたのだから、ちょっと腰を据えて休憩しながら考えることも必要なのかもしれない。俺たちは一階の喫茶店を目指すことにした。
長い長いエスカレーターの旅が終わり、数十分ぶりに一階に戻ってくる。最初に一階を巡っていた時には気づかなかったが、下りのエスカレーターの目の前には、いい感じの喫茶店があった。
入り口にはスタンド看板が置いてある。メニューでも書いてあるのだろうか、その前に二人の女の子が立って何やら話をしている。
その二人に、俺も……そしてみやびも、見覚えがあった。
先に声をかけたのは、みやびだった。
「あれ……なぎさ⁉」
「お、みやびじゃ~ん」
同時に、その隣に立っている人もこちらに振り返る。そして、こちらの姿を認めると一言。
「あら、みやびちゃんと……ほまれじゃない」
「み、みなと⁉ ぐ、偶然だな……!」
マジか。まさか、プレゼントを探しに出かけた先で、プレゼントを渡そうとしている張本人に出会ってしまうなんて……。俺の思惑がバレてしまったような気がして、少し動揺してしまう。
それにしても、どうしてみなととなぎさちゃんが一緒にいるんだ……?
そのなぎさちゃんが、俺とみなとのやり取りを見て、隣から尋ねてくる。
「あれ? おねーちゃん、この人……」
「前に話したでしょ? 私の彼氏で、今は事情があって女子になっている人。天野ほまれよ」
「でも、前にばったり買い物で会った時、みやびは親戚の小学六年生だって言ってたけど……」
そう言うと、なぎさちゃんはみやびのことを見る。
あっ、マズい。ごまかしていたことが、ここにきて裏目に出てしまった。
みやびは何も言い返せず、固まって冷や汗をかいている。
「あたしを騙してたの?」
「えっと……いや、あの……その」
目が泳いでいる。
その様子を見て、なぎさちゃんはニッコリと笑顔を浮かべると、ガシッとみやびの肩を掴んだ。気のせいか、ゴゴゴゴ、という効果音とともに黒いオーラが背後から出ているような気がする。
「ちょっと、お話を聞かせてもらおっか、天野みやびさん?」