体育祭から一夜が明けて、日曜日。
あれだけ激しく動き回った昨日とは打って変わって、俺は静かに過ごしていた。
「あ、お兄ちゃん、そのまま動かないでね」
「はいよ」
昼下がりの、昼寝にうってつけな時間帯。頭に変な機械をつけられ、へそにケーブルを差し込まれながら、俺はみやびの部屋でじっとしていた。
みやびの脇にはパソコン。彼女は食い入るようにその画面を見つめている。何か大量の文字が流れているのは見えるが、理解はできない。理解しようとも思わないけど。
なぜ俺がこんなことをやっているのか。もちろん、俺の検査のためだ。
「それにしてもお兄ちゃん、本当に大丈夫なの?」
「うん。体には特に何か変わったところはないし……というか、そこは前回地球儀が当たった時にみやびが対策してくれたんじゃないの?」
「まあそうだけどさ……一応だよ一応。念のため」
昨日の騎馬戦での落馬事故。みやびはかなり離れた観客席にいたが、俺が落ちるところはばっちり見ていたらしい。
「それに、もし落馬していなくても検査はするつもりだったから。きっと、お兄ちゃんは昨日体を酷使しているだろうからね、そうでしょ?」
「……まあ、そうだね」
騎馬戦以外でも、体にはかなりの負担がかかっていたはずだ。棒引きの時なんて、七人分の力に対抗した。そもそも、体育祭のために、わざわざバッテリーまで変えていたのだ。どこか体におかしいところがあっても不思議ではない。
それっきり会話が途切れ、無言の時間が流れる。
いい加減体育祭について考えるのも飽きたので、俺はこれからの予定についていろいろと考え始める。
しばらく時間が経って、俺はみやびに尋ねた。
「ねぇみやび」
「ん? どうしたの?」
「突然なんだけど、みやびが貰って嬉しいプレゼントって何?」
「え? お兄ちゃん私に何かプレゼントくれるの?」
みやびが期待した目でこちらを見てくる。うっ……この純真な瞳に向かって『みやびのためのプレゼントじゃないんだけど』とは言いづらい……。
「その……何というか……」
「冗談だよ。お兄ちゃんはいつも私に健康な生活をプレゼントしてくれているから、それで十分だよ」
「みやび……」
嬉しいことを言ってくれるじゃないか! 家事、もっと頑張ろう。
えっと、それで何の話だったっけ……?
「私が貰って嬉しいプレゼント、か……私だったら、もう一台ノートパソコンが欲しいなぁ……」
「またパソコン⁉」
みやびの部屋は、すでにモニターが六つ、パソコンの本体が三台ある、とんでもない機械部屋になっている。それでいてさらにパソコンが欲しいとは……これ以上パソコンを望んでいったい何をするつもりなんだ?
「あとは、もうちょっと高性能なスマホとか、高速充電器とか……」
「うんうんわかった。みやびが欲しいものはよーくわかった。俺の聞き方が悪かった」
俺が思っている以上に、みやびが今の状況には満足していないことがわかった。
でも、俺が本当に知りたいのはそういうことじゃない。
「そうじゃなくて、女子って何をプレゼントされたら嬉しいの?」
「あ、そういうこと?」
俺はもっと普遍的なことを知りたかったのだ。どうやら、みやびはちょっと特殊なようだ。パソコンをプレゼントしても、喜んでくれる女子はあまりいないと思う。
「うーん、どうだろうね……」
みやびは少し考えこむと、そもそも、と切り出した。
「なんでそんなことを聞いたの?」
「それは……ね、その」
俺は理由を言おうとするが、少し恥ずかしくてしどろもどろになってしまう。
その様子を見て、みやびは何かを思いついて、納得したような顔になった。
「さては、みなとさんの誕生日プレゼントを買おうとしているでしょ?」
「……まあ、そんなところ」
大正解だ。みなとの誕生日は六月の上旬で、もう、すぐそこまで迫ってきている。そろそろプレゼントについて考えなきゃいけないのだ。
「なるほどね。だからこんなことを聞いてきたんだ」
みやびはうーんと顎に指をあてる。
「……みなとさんが欲しがっているものを聞いて、それを買えばいいんじゃないの?」
「究極の方法だな!」
確かに、本人に聞いてしまうのが一番確実だろう。そうすれば、百パーセント、絶対に、確実に、みなとに喜んでもらえる。失敗の余地がない。
「だけど、それじゃつまらないよ。何が貰えるかわかっていたらビックリしないし、意外性がないよ」
でも、俺はみなとにビックリしてもらいたいから、あえて本人に尋ねることはしない。シラケさせたくない。
「お兄ちゃんの言うことは確かにそうだけどさ、難しいよ? 女の子が欲しいものなんて千差万別だし。服とかアクセサリーとかが好きな人もいるし、マンガとか小説とかが好きな人もいるよ」
ここにパソコンが欲しいとかいう、なかなか希少なJCもいるから、説得力はマシマシだ。みなとがいったい何を欲しがっているのか、正確に見極める必要がある。
「そうなんだよ。みなとの欲しいものを本人に聞くことなくどうやって知るか。それが問題なんだよなぁ」
「……じゃあ、もしも、みなとさんに『今一番欲しいものは何?』って聞いたら、なんて答えるか想像してみたら?」
言われるがままに想像する。目の前に空想のみなとを描き出し、彼女に俺は質問する。
『みなと、今一番欲しいものは何?』
『そうね……』
みなとは一瞬考えるが、すぐにこちらに向かってくる。
そして、イマジナリーみなとは、何かを言う前に、ギュッと俺を抱きしめた。
『一家に一台ほまれが欲しい』
「って何を考えているんだ、俺はー!」
想像上のみなとがとんでもない暴走を起こしているんだけど! これじゃ、みなとの欲しいものじゃなくて、ただの俺の願望じゃないか!
でも、以前実際に『一家に一台ほまれが欲しい』みたいなことを言っていた気が……。もしかしたら本当にそう思っているかも……。
「で、お兄ちゃん、想像上のみなとさんは何と?」
「い、一家に一台、ほまれが欲しい、って……」
恥ずかしさを感じながらそう言うと、途端にみやびはニヤニヤし始める。
「それじゃ、いっそのことお兄ちゃんの体にリボンを巻き付けて、『私がプレゼントだよ♡』って、みなとさんの家に乗り込んだら?」
「えぇ……」
ちょっと想像してみたけど相当恥ずかしいよそれ……。絶対にやらないぞ、俺は。
「あ、お兄ちゃんの体、大丈夫だったよ」
「そっか。よかった」
みやびは俺のへそからケーブルを抜いて、パソコンを片付け始める。俺はそれを横目に、あぐらをかいてその場に居座り続ける。
「他に何かいい案、ない?」
「だったら……みなとさんの趣味に関連したものを買ってみるとか」
「なるほどね」
みなとの趣味……俺はそれについて考え始めるが、ほどなくして行き詰まってってしまう。
そもそもみなとって、いったい何が趣味なんだろう? 勉強はできるけど、勉強が趣味の勉強大好き人間、という感じではない。強いて言うのなら、私服姿はおしゃれだし、前にデートした時に俺にたくさん服を着せてきたから、ファッション好きではあるだろう。あとは同じくデートした時にゲーセンにも行ったな。でもみなとがゲーセンによく行くなんて話は聞いたことがないから、ゲーセン好きというわけでもないだろう。
付き合っているはずなのに、俺はみなとのことをまだまだ知らないんだなぁ。彼氏として情けない限りだ。
「うーん……やっぱりわからないや」
「そっか……」
みやびは機器をまとめて机の下に片付けると、こちらを振り返って言った。
「それじゃあ、一緒に買い物に行こうよ」
「え?」
突然すぎる提案に、俺は思わず聞き返してしまう。
「家の中で考えていても、いつまで経っても決まらないでしょ? もしかしたら、出かけた先で何かヒントが見つかるかもしれないよ」
みやびの言うことはもっともだ。考えるよりも行動しろ、だな。
結局は外に出て買わなきゃいけなくなるだろうし、実際に出かけて見て回るか!
「よし、それじゃあ行こう!」
俺たちは、外に出ることにしたのだった。