騎馬戦もついに決勝戦。幸いにも、C組は男女ともに駒を進めることができた。
これは大量得点のチャンスだ。もしどちらも勝つことができれば、現在の推定四位から一気にトップに躍り出ること間違いなしだ。
決勝戦は、男女一試合ずつ。今までは男子の後に女子、という流れだったが、今回は男女同時並行で行われる。
俺たちは決勝の舞台である隣のフィールドに移動する。鳴門による電波か何かによる攻撃はとっくのとうに終わったはずなのに、立ち上がるとなんだか頭がクラクラする……ような気がする。
「ほまれちゃん、大丈夫?」
「うん。なんともないよ。飯山こそ大丈夫? その、俺の体重で肩とか手とか……」
「う〜ん……だ、大丈夫だよ! ほら!」
彼女はなんともないかのように腕を上げ……ようとしている。でも、半分くらいしか上がっていない。疲労は確実に溜まっているようだ。アドレナリンがドバドバ出ている今なら大丈夫なのかもしれないけど、明日辺りになったら筋肉痛になっているだろうな……。
これも、元はと言えば俺の体が重いのが原因なのだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。体育祭が終わったら、みやびにどうにか減量できないか聞いてみるか……。
「次は、どこと戦うんだっけ?」
「えーと、男子は確かH組だったと思うよ。女子はどこだったっけ……?」
「A組です」
越智が素早く答える。そういう抜かりないところが、彼女を頼れる人らしくしている。
それにしても、またA組なのか! なんだか今回の体育祭では、俺が出場する種目にはたいていA組が絡んでいるように思える。それに、A組の女子と対戦となれば、必然的にみなとが相手チームの中にいることになる。こんな大一番で戦うことになるなんて、何かの運命が働いているのだろうか。
俺たちは戦闘の舞台に辿り着くと、続々と騎馬を組み始める。
三回目になって、かなり手際がよくなってきたのを感じながら、俺は上へと持ち上げられる。
「今回も逃げきり型で行く?」
「そうですね。なんといってもわたしたちの強みは機動力ですから」
「ソッと近づいてバッと取ってサッと逃げるんだな」
後ろからそう檜山が付け足してくる。
「頼むよ、ほまれちゃん!」
「うん……!」
俺は頬をバシバシと叩いて改めて気合いを入れる。決勝戦、勝ちにいくぞ……!
『騎馬戦の決勝戦を開始します。男子はC組vsH組。女子はC組vsA組です』
決勝戦は、男子と女子の試合を同時に行う。だから、男子の試合を観戦することはできない。
俺たちは白線の手前に一列になって構える。二十メートル先の相手も、同じように並んでいる。準備は万端、いつでも試合を始められる。
『それでは、試合開始!』
騎馬が一斉に動き出す。ゆっくりだが、どちらも列を崩さずに中央へ迫る。
勝つためには動かなくてはならない。だが、下手に動いて敵に囲まれてしまってはおしまいだ。だから、相手が動くのを待つ。戦況は、早くも我慢比べの様相を呈していた。
だが、決勝戦という大一番で今までよりも慎重になっているからなのか、我慢比べはいつまでも続いている。そして、何も大きな動きはないまま、二つの列は重なった。
「くっ……!」
俺の騎馬が対戦している相手は、大柄な女子だった。上から体重をかけられて、早くも圧倒的劣勢に立たされる。チビな俺では到底太刀打ちできない。グググと押し込まれてしまう。
「いったん退却します!」
「頼む!」
俺のピンチを察して、越智が後ろの二人に聞こえるように声を張る。俺が相手の手をなんとか振り払うと、すぐに体が後ろに下がる。
相手は俺の相手をするよりも仲間への加勢を選んだようで、追っては来なかった。後ろに下がったのは俺だけのようで、自陣のスタート位置近くまで後退すると、全体の戦局がよく見えた。
前線は混迷を極めている。敵味方が入り乱れて、赤と白の帽子がそこかしこで宙を舞う。次々と騎馬が崩れ、その数をどんどん減らしていく。どちらが勝ってもおかしくない状況だった。
どこかに加勢しに行こうかと考えている暇もなく、さっきとは別の、相手の騎馬がこちらに気づいて向かってくる。
俺は顔を上げると、騎馬に乗っている女子を見て、思わず息を呑んだ。
「逃がさないわよ、ほまれ!」
「み、みなとかよ……」
どんな運命の巡り合わせだろうか、なんとこちらに向かって来ていたのはみなとだった。
決して身長が低いとはいえないみなとが上に乗っているとは思いもしなかった。だが、彼女が上だったら、戦う時には有利になりやすいだろう。
一方で、俺たちの騎馬は機動力がウリだ。それを戦いで活かすのならば、広大なフィールドを駆け回って相手を疲れさせるのが有効だ。それは下の三人もわかっているはずだが……。
「後ろに下がれますか⁉」
「これ以上は無理!」
「ほまれちゃん、なんとか頑張って!」
みなとの騎馬が俺をフィールドの端へ追い詰める。隅っこなんて一番いちゃいけないところじゃん! 退路を断たれたので、俺は戦わざるをえなかった。
「今度こそ、勝利を頂くわよ!」
「うおぉっ⁉」
そう言うと、みなとは思いっきり手を伸ばしてくる。ギリギリで避けるが、彼女の攻撃はどんどん続く。高い位置から繰り出される数々の手は見切ることはできても避けるのが難しい。
そのうち、だんだん仰け反り気味になってくる。すまん、檜山、飯山……もう少しだけ、耐えてくれ!
俺のバランスが崩れてきたのを見て、みなとはさらに攻撃の手を強める。
「これで、終わりよ!」
そして、彼女はこれまでにないほど勢いよく、深く俺の方へ手を伸ばしてきた。
「いっ⁉」
俺は咄嗟に仰け反って避ける。だが、勢いよく伸ばされた彼女の腕は止まらない。俺が動いたことで狙いから逸れたみなとの手は、俺の頭よりもはるか下の、右胸に当たる。それに、彼女はこの一撃で本当に決めるつもりだったらしい。ワシッと思いっきり掴まれた。
「ぬゃああぁぁっぁぁああ⁉」
場違いな感覚が全身を駆け巡る。その弾みで、ギリギリ保っていた体のバランスが崩壊した。
右足が飯山と越智の手からツルンと滑って外れた。ただでさえ傾いていた体が余計に右斜め後ろに傾く。
「ほまれ、ごめ……ってちょちょっ!」
そして、俺の胸を鷲掴みにしていたみなとも、俺が後ろにずり落ちるのにつられて、自分の斜め前にバランスを崩した。
驚くほど時間がゆっくりと過ぎている、ように感じる。すぐに、意識が加速しているだけだとすぐに理解する。本当は、バランスをとって戦っている時にそうなってほしかった。今、まさに落馬しようとしているこの状態では、無用の長物だ。どうにもならない。
体が宙に浮いて、重力に引かれる。それに続いて、俺の上に被さるようにしてみなとが落下してくる。驚いた顔でこちらを見つめている。
このままだと俺は高確率でみなとの下敷きになる。でも、逆に言えば、俺がクッションになるからみなとの怪我の程度は、地面に直撃するよりも軽くなるはずだ。
俺も受け身を取らなければ……。だが、体よりも頭の方が下になっているため、受け身をとれないことに気づいた。ちくしょう、ダメじゃないか!
ああ、もうダメだ。終わった……。
次の瞬間、ゴン! と凄まじい衝撃が、俺の頭、続いて首、肩、体、足と全身に広がっていく。同時に、頭の中で火花が散る感じがして、俺の意識は糸が切れるように、プツッと途切れた。
※
『これから、閉会式を始めます』
全校生徒がグラウンドで体育座りをする中、放送が淡々と閉会式の始まりを告げる。
俺は二年C組の生徒の列の中に混じってそれを聞いていた。
「本当に大丈夫なの、天野?」
「うん。なんともないよ」
「帰ったら、早く病院に行ってくださいね」
「俺の場合は検査だけどね……」
俺の前後に座っている檜山と越智が心配してくれる。だが、今のところ、俺の体には目立った以上はなかった。
落馬し、意識がブラックアウトした直後、俺の意識は何事もなかったかのように自動で復活した。その直後、俺の真上にみなとが覆い被さるようにして着陸してきた。
俺の胸に顔を埋めるようにして、みなとが俺に衝突する。それがよかったのか、彼女に大した怪我はなかった。しかし、ショックか何かで気絶してしまったので、俺の上からどくのにかなり時間がかかってしまった。幸い、すぐに意識は戻ったものの、当然両者とも騎馬戦を続行できるはずはなく、みなとは今も救護のテントで休んでいる。
『それでは結果発表です』
「それにしても、騎馬戦は惜しかったね……」
越智の後ろから飯山が悔しそうに声を漏らす。
「勝てれば一位確定だったんだけどね……」
「しょうがないです。今更嘆いても過去は変わりませんから……」
結局、残念ながら女子はA組に負けてしまった。だが二位である。十分ポイントを獲得できたとは思う。しかも、それだけじゃない。
「でも、男子が勝ったから案外大丈夫なんじゃね?」
そう、檜山の言うとおり、男子は決勝でH組に勝った。C組の騎馬戦の最終結果は、男子が一位、女子が二位。最善とは言えないが、最善に近いだろう。
『第三位は……A組』
向こうの方で歓声が沸き起こる。八クラス中三位なのだ。上位の成績である。
『準優勝は……H組』
さっきとは反対側からも歓声。三位以内には入っていると思っていたが、残るポストは優勝のみ。まさか、四位以下だったのか⁉
『優勝は……C組です!』
「「「「「よっしゃああああああ!」」」」」
そんなことはなかった。最初はあまり実感が湧かなかったが、徐々に優勝した、という事実が頭の中に浸透していく。
「よし……!」
俺のクラスは四位から逆転劇を演じたのだ! 三年生の先輩が前に立ち、優勝旗を手にする。それに万雷の拍手が送られる。
俺も拍手をしながら、今回の体育祭を脳内で振り返る。
リレーでは必死にみなとに食らいつき、棒引きでは力任せに塩ビ管をホールドし、騎馬戦では帽子を取り電波に苦しみおっぱいを揉まれて落馬し……なんだか騎馬戦だけ散々な目に遭っている気がするぞ!
でも、すべてが終わってしまった今となっては、それらは早くもいい思い出と化している。それだけ、この体育祭は俺にとって楽しいイベントだった。
『それでは、今年度の体育祭を終了します!』
こうして、俺の高校二年生の体育祭は、優勝という最高の結果で終わったのだった。