午後からも白熱した戦いが続く。
綱引きに台風の目、ムカデ競走……。様々な種目がグラウンド上で熱く繰り広げられる。
C組は、ここでも順調に勝ち上がって、二位を大きく突き放すとまではいかなくても、首位を守っている……という展開を期待していた。しかし、午後になってから調子が狂ったのか、惨敗を続けて下の方の順位を取り続けてしまい……ついに四位にまで転落してしまっていた。
だが、まだ希望はある。
これから行われる騎馬戦は目玉種目とだけあって、他の種目よりも多くの得点が割り当てられている。下位を取ってしまえばそれまでだが、上位を取れれば大きく点数を伸ばすことができる!
それに逆転されたとはいえ、一位とはまだそんなに点数は離れていないはずだ。この種目によって順位が激しく変動するのは間違いない。問題なのはその流れに乗ってうまく下剋上ができるかどうかだ。
騎馬戦は二年生のクラス種目であり、一年生の個人種目だ。もちろん、俺も女子の部で出場することになっていた。
『……騎馬戦に出場する生徒は、指定の場所に集合してください』
集合の放送がかかる。熱い応援を送る生徒たちから離れて、木陰で陰キャぼっちぶっていた俺は、水筒を置くと立ち上がる。そして、人の波に呑まれながら集合場所へ向かう。
「おう、ほまれ。調子はどうだ?」
肩を叩かれ振り返ると佐田がいた。ずっとグラウンドに向かって応援していたせいか、顔には大粒の汗が浮かんでいる。
「まあ、そこそこかな。悪くはないよ」
「そっか。確か暑いのがダメなんだっけ?」
「うん。熱が溜まって動けなくなっちゃうから」
一応何人かにはこの事情を説明している。別に俺が木陰の隅っこの方でのんびりしていても誰も文句を言ってこないだろうけど、念のためだ。実際、誰も文句は言ってこなかった。
せっかく前の方で応援していた佐田に話しかけられたんだから、ちょっと気になっていることも聞いてみるか。
「ねえ、今のところ点数はどうなっているの?」
「それがなぁ……もう隠されっちまった」
「あー、そういえばそうだったね」
毎年、体育祭の後半の半ばくらいから、屋上の柵にかけられた点数ボードが隠されてしまうのだ。どうやら、今年は俺たちが騎馬戦に向かう前に隠されてしまったらしい。佐田も点数を確認していなかったようだ。
「でも、十分逆転可能だと思うぞ! お互い頑張ろうぜ!」
「おう!」
拳を軽くぶつけ合う。佐田は運動神経がいいから、きっと男子の部では大活躍をしてくれるはずだ。少しでも点数を稼ぐために、俺も頑張らなければ。
一気に八クラス分以上の生徒が集まったので、集合場所はとても混雑していた。人の波を掻き分けて、どうにか自分のクラスが固まっているところに入り込む。
一見したところ、騎馬を組む人ごとに並んでいるようだ。確か、俺と一緒に騎馬を組む人は……。
「あ、ほまれさん! こっちです!」
オロオロしていると、後ろから声をかけられた。
俺と同じくらい、いや、それよりもちょっと高いくらいの背。長い黒髪が真っ先に目を引く。スレンダーな体つきではあるが、足にしっかりと筋肉がついていることから、彼女が陸上部であることが窺える。
彼女が、今回同じチームで騎馬を組むことになった越智だ。二年生で初めて同じクラスになったので、名前は聞いたことがあったけれど、今まで全然関わりがなく、話したこともなかった。
よく見ると、彼女は凛々しい顔立ちをしている。確か、誰に対しても基本敬語という結構珍しいタイプなんだよな。それに迷っている俺をわざわざ探しに来てくれるという行動……なんだか頼りになりそうな人だ。偏見だけど。
越智についていくと、檜山と飯山が話してるのがすぐに視界に入る。近づくと、彼女たちもこちらに気づいたようだ。
「天野~遅いよー」
「ごめんごめん……」
越智と俺はしゃがみ込んで、四人で輪を形成する。早速、俺はかねてから気になっていた疑問をぶつけた。
「ところでさ……誰が上の人になるの?」
騎馬戦では、三人が土台となる騎馬を作り、その上に武将役の帽子を被った人が一人乗る。相手の騎馬の帽子を取るのは上の人だし、また取られるのも上の人。一番重要なポジションである。
今までこの四人で集まったことは一回もなかったし、話し合いもしなかったからまだ何も決まっていない。いったいどういう役割分担になるんだ?
そう思って皆の顔を見渡すと、全員俺の方をじっと見ていた。何がなんだかわからずに戸惑っていると、三人は揃ってキョトンとした顔になった。
まさかとは思うけど……。
「俺?」
「「「そうじゃないの?」」ですか?」
やっぱりな! 三人とも俺を上にするつもりだったから何も言わなかったのか⁉
「なぜ俺が上なんだ……?」
「うーん……天野が上というより、あたしたちが下の方が都合がいいから?」
と檜山。それに越智が同意する。
「そうですね。わたしたちが下の方が、機動力は確保できると思います」
確かに、檜山はテニス部で運動ができる方だし、越智は陸上部だから言うまでもない。あとは飯山だが……。
ふいっと視線を向けると、飯山はそれだけで俺の考えていることを察したらしい。
「酷いなぁ~ほまれちゃん、これでも五十メートルは七秒前半だよ?」
「マジかよ」
俺のクラスは運動できる奴が多いとは思っていたけど、皆想像以上にハイスペックだな! このチームじゃ、俺が一番足が遅いし、足手まといじゃないか……。
「というわけで、ほまれさん、上、お願いできますか?」
「……わかった。やるよ」
越智の問いに、俺はほとんど事後承諾のような形で頷いた。というか、これしか俺のやることは残されていなかった。
人生で初めての武将役だ。緊張するなぁ……。
『それでは、プログラム十九番、二年生による騎馬戦です』
「わっ」
アナウンスと同時に、頭に何かが被さり、俺の視界が暗くなる。
慌てて頭に乗っかっている物を取って見ると、赤色のキャップのついた帽子だった。
「騎馬戦用の帽子、よろしくね、ほまれちゃん」
「お、おう……」
飯山が被せてきたものだった。続いて赤い手袋も手渡される。いつの間にか係の人から受け取っていたらしい。
試合中は、この帽子を取られないようにするのだ。
放送がかかったので、座っていた生徒たちが一斉に立ち上がって、ゾロゾロとグラウンドの方へ移動していく。俺は帽子を深く被りなおすと、三人から離れないように入場する。
騎馬戦はトーナメント形式で実施される。一回戦の組み合わせは事前にクジで決められている。フィールドはグラウンド半分。一度に二試合ずつ行われる。戦う順番は、男子一回戦、女子一回戦、男子二回戦……というふうに、男女交互だ。
勝ち残り式トーナメントなので、一回戦で負けたクラスは一律で五位、二回戦で負けたクラスは一律で三位、という扱いになる。負ければ得点に差がつかないが、勝てば大きく差をつけられるのだ。
男女ともにC組の一回戦の相手はE組だった。隣の隣のクラスだけど、授業を一緒に行うわけでもないし、俺と特に仲の良い人がいるわけでもない。俺にとっては関わりの薄いクラスだった。
俺たちは後方に待機して、男子が騎馬を組むのを後ろから眺める。
準備が整ったところで、スタートの合図の笛が響き渡った。
「「「「「ウオオォォオオォォアアァァアアァァ‼‼」」」」」
突然の怒号に、体が飛び跳ねそうになった。
なななな、何なんだ⁉ 何かが爆発したのか⁉
一瞬そんな考えが脳裏をよぎる。声がしたのは前方のC組の男子の騎馬。開始と同時に一斉に叫んだのだ。
でも、いったい何のためにこんなことを……?
「……猫だまし的戦法ですね」
隣に座っていた越智がポツリと呟く。
「どど、どういうこと?」
「鬨(とき)の声をあげて、相手をビビらせるんです。わたしたちもビックリしますけど、相手の不意を衝くのには効果的でしょうね」
彼女が指差した方向を見ると、確かにE組の騎馬の中で、崩れているものがある。俺と同様に、声にビビってしまい、崩れたのだろう。もちろん、一度崩れてしまったらその試合中は復活できない。確かに効果のある作戦だった。
士気の十分なC組は、出鼻を挫かれたE組の騎馬を屠っていき、そのままの勢いで勝利を収めた。これで、男子は一回戦突破だ。
男子一回戦の第四試合が終わり、女子の番が回って来る。
俺たちは立ち上がると、早速騎馬を作り始めた。
「ほまれちゃん、乗っていいよ」
「はーい」
裸足になり、手袋をはめた俺は、それぞれが手のひらを組んで作った足場に足を乗せ、檜山と飯山の肩の間に腰掛ける。
「いきますよ! せーのっ!」
そして、越智の掛け声で立ち上がる。
「うっ……意外と来る……」
「天野、重っ!」
同時に後ろの二人が、表現の違いこそあれ、同じようなことを呟いた。
俺が上に乗ることになった時、一つだけ懸念していたことがあった。それは、俺の体重だ。
正確な数字は教えてもらっていないけど、みやびは俺が重いらしいということを仄めかしていた。だから、この三人に支えられるかどうか、心配だったのだ。
案の定、この心配は的中してしまったみたいだけど。
「天野、あんた何キロあるの?」
「……重くて悪かったな」
俺も気にしているんだから、もう少しオブラートな表現で包んでくれよ檜山。
「でも、耐えきれないほどじゃないね……」
「すでになんかヤバいけど⁉」
足を乗っけている手がめっちゃ震えているんですけど! 戦いの前に消耗しているが大丈夫なのか? やっぱり今からでも代わった方が……。
『それでは女子一回戦第一・第二試合、開始!』
ちょうどそのタイミングで笛が鳴り、勝負が始まった。ああもう、騎馬を崩したら失格だから交代できないじゃん! なんとか二人には持ちこたえてもらわなくては……。
「それじゃ、行くよ!」
俺たちの騎馬は、迫り来る敵を討つべく、ゆっくりと進撃を始めた。