騎馬戦、女子一回戦第一試合・C組vsE組。
試合開始直後、俺たちは騎馬を横一列に並べて、ジリジリと前に進んでいく。一番オーソドックスな陣形だ。ひとまずは様子見をする。相手も同じことを考えているようで、一列の壁を成して、こちら側にゆっくりと迫ってくる。
たぶん、上から見たら赤色の帽子の列と、緑色の帽子の列が、平行を保ったままその間隔を狭めてきているように見えるだろう。
俺たちの騎馬は列の端を担っている。ちなみに、フィールドの白線の外に騎馬の足が出ると負けなので、進むときはかなり注意しなければならない。
警戒しながら進んでいると、C組の中央に動きがあった。
示し合わせたように、中央の三つの騎馬が集まって、『∧』を形成する。そして、その凹んだところに騎馬がさらに一つ収まる。
いったい何を、と思っていると、その四つはスピードを上げて、E組の列に勢いよく突っ込んだ。四対一の、部分的な優勢であっという間に一つ騎馬を崩すと、そのまま向こう側に突き抜けた。
「……すげぇ」
予想もしない展開に、外野が一時騒然となる。その間も戦局はゆっくりだが動いていく。
E組の騎馬が一つ崩れたことで、C組は数的優位を確保した。だが、E組の列でC組の四騎と残りが分断されている。つまり、その四騎は孤立している状況にある。それに気づいたのか、相手はほぼ全騎が反転して、孤立した四騎を追い詰めにかかった。ここで四騎を討ち取ってしまえば、逆にE組が数的優位になるのだ。
そこまで俺の考えが及んだ時、突然越智が言った。
「これはチャンスですね。一気に仕掛けましょう」
「えっ、ちょまっ……!」
越智に何かを言う暇もなく、騎馬が急に加速する。バランスを崩しかけるが、なんとか耐えて前傾姿勢を保った。檜山も飯山もまだ大丈夫そうだ。
「敵が背中を向けた今がチャンスだよ! ほまれちゃん!」
「ヒット&ランでさっさと掠め取るよ!」
敵は四騎を殲滅しようと、一気に反転して攻撃を仕掛けている。このままでは、四騎はE組の騎馬に囲まれて勝ち目がなくなる。
しかし、C組の戦力はその四騎だけではない。忘れてはいけない、こちら側にもまだ何騎も残っているのだ。四騎を攻めるということは、すなわちこちら側に背を向けるということ。敵の背中がガラ空きなのはこちらにとっては大チャンスだ。
四騎を囲むE組の騎馬を、俺たちが叩く。四騎が囮になることで、その四騎を囲いにかかるE組の騎馬を、さらに俺たちが囲む。俺たちがやろうとしているのはそういうことだった。
基本的に、騎馬戦は相手を囲み、多方面から攻撃を仕掛けて勝つ競技。ということは、敵を内側からも外側からも追い詰めるこの陣形は理想的だと言える。あの四騎は最初からこれを狙っていたのか!
味方の騎馬も、続々とE組の騎馬を囲いにかかる。ここで、ようやく自分たちがマズい状況にあることを察したのか、E組の騎馬が動揺し始めた。
俺たちは四騎の方へ向かう騎馬の一つに狙いを定め、スススとなるべく音を立てずに相手に気づかれないように近づいていく。だが、あとちょっとでこの手が届くというところで、何の脈絡もなく相手が突然振り返った。
「あっ、あなたは天野ほまれね!」
あまりにも聞き覚えのある声に、ギクッとなった。
こちらをやる気……殺る気満々な瞳で射抜いてくるのは、室内遊戯部の山内だった。俺の体がアンドロイドになったからといって、なんか俺が世界一のAIを搭載しているかのように言ってくる勘違い女子だ。あまりにも勘違いが多すぎてツッコミするのが疲れるんだよなぁ……。俺の絡みたくない生徒ランキング、堂々の二位である。
それにしても、コイツE組だったのかよ! しかも、騎馬戦で帽子を取ろうとした相手が偶然コイツの騎馬でしかも一番上とか……どんな確率だよ!
山内はビシッと俺を指差すと、威勢のいい声で宣戦布告をしてきた。
「いざ、勝負! 世界最高のAIだからって、勝てるとは思わないでよね!」
「だから俺はAIなんて積んでないし騎馬戦に関係ないでしょそれはー!」
言葉と同時に激しい一対一の攻防が始まる。山内が頭上に伸ばしてくる手を俺は振り払う。直後に別の角度から手を伸ばしてくる。俺が振り払う。その繰り返しだ。
「あちょちょちょ〜〜!」
後から後から延々と続く山内の攻撃に、俺は防戦一方になってしまう。体が後ろに傾いてしまい、檜山と飯山の負担が増していく。
「ちょっ、天野! 頑張ってよ!」
「ほまれちゃん……!」
「くっ……」
二人が悲鳴を上げながらも、持ち堪える。そして、俺が体勢を立て直せるように、手を後ろに下げて前傾姿勢になれるように調節してくれる。
こんなにも二人が頑張ってくれているんだ。ここで俺が頑張らなくてどうするんだ!
「いったん後ろに!」
「了解です!」
指示を飛ばして一時退却。
「させるか!」
だがそう簡単に山内は諦めはしない。部室に連れ去られた時もそうだった。彼女は自分の欲望のためには強引な行動も厭わないタイプの人間だ。だから、この反応は予想どおりだった。俺が引いた分だけ、こちら側に攻めて来て、手を伸ばしてくる。
俺は目に全意識を集中させて、山内の動きを見る。
次にどこに手が来るのか、どのタイミングで手が来るのか。動きを予測する……!
刹那、山内の動きが止まった、ように見えた。
いや、違う。よく見るとゆっくり動いている。周りが遅くなったのではなく、思考速度が加速したのだと、俺は直感的に理解した。そして、俺にはこのチャンスを利用しないという選択肢は存在しなかった。
改めて山内に意識を集中させる。向かってくる腕が何重にもブレて見える。ゆっくり迫ってくる手の対処は容易い。
「ほっ!」
俺は体を捻ってギリギリのところで腕を避ける。次の瞬間、再び時間の流れが元に戻った、ように錯覚した。思考が元の速さに戻ったのだ。
「おおっと!」
振り払われることはあっても、まさか避けられるとは思っていなかったのだろう。一気に体勢が崩れて前のめりになり、山内の頭が下がる。俺の目の前に、緑色の帽子が差し出される格好になった。
これを見逃す理由がどこにあるだろうか。
「貰うぞ!」
「あっ!」
山内が自分の帽子に手をやるよりも、俺が彼女の帽子を叩き落とす方がほんのわずか早かった。
緑色の帽子は彼女の頭から離れると、その勢いで何度もくるくると回転しながら重力に引かれ、砂の上に着陸した。
俺たちの勝負を見守っていた審判がピッ! と笛を鳴らす。勝負あり。山内の騎馬を、俺たちはたおしたのだ。
「よし……!」
「ちくしょー、負けちゃったよ……」
残念そうに山内たちは騎馬を崩す。帽子を取られた騎馬はその場で崩し、可及的速やかに自陣に戻る決まりだ。
去り際に、山内は俺を見上げて言ってきた。
「やっぱり、進化し続けるAIは違うね!」
「だからAIは積んでないって!」
あー、『(ry』を言葉にできたら使いたいくらいだ。いちいち否定するのも面倒くさい。
次の瞬間、ピッピッピー! と笛が鳴った。辺りを見渡すと、いつの間にかフィールド内に緑の帽子の騎馬は見当たらなくなっていた。俺たちが山内の騎馬とやり合っている間に、E組の残りの騎馬は全滅してしまったようだ。
「勝ちましたね……!」
「よっしゃー!」
「やったー!」
下の三人も、次々と喜びの声をあげる。俺も上で小さくガッツポーズをした。
だが、ここで騎馬を崩してはならない。ルール上は、自陣に戻って、審判が騎馬の残数を確認し、騎馬を解くように指示するまでずっと組み続けなければならないのだ。
反転して自陣に退却しようとした時、背後から山内が声をかけてきた。
「天野ほまれ!」
「ん?」
「これで一勝一敗だね!」
「へ?」
一瞬何のことだかわからなかったが、どうやらこの前の将棋のことも含めて言っているらしい。
「また勝負しようね! 今度は負けないから!」
「お……おう……」
山内は清々しさを湛えた表情で親指を立てた。俺もつられて親指を立てる。
もうツッコミが面倒くさいから戦いたくない……。なんだかまた厄介なことが、近日中に起こりそうな予感がした。
結局、自陣に残った騎馬の数は俺たちを含め、二騎だけだった。もっと多いのかと思っていたが、そんなことはなかったようだ。
『C組vsE組は……C組の勝ちです!』
放送で、改めてC組の勝ちであるというジャッジが下される。
俺たちは、無事に二回戦に駒を進めることができたのだった。