プリントシール機。
個室の中に入って写真を撮り、それを加工してシールとしてプリントアウトするのを楽しむ機械だ。
必ずと言っていいほどゲーセンには存在しているアミューズメントだが、それがあるコーナーは男子には近寄りがたい雰囲気を纏っている。ゲーセンによっては、痴漢防止のために、『女子限定』だったり、『カップル限定』だったりする。
もちろん、俺も今までこんなところに入ったことはなかった。
だが、俺の見た目は今、女の子だ。つまり、このコーナーには、何も気にすることなく入れるのだ。
こんな滅多にない機会、逃すものか!
「よし、入ろうみなと!」
俺は先陣を切って、コーナーの中へ足を踏み入れる。
通路の両側に林立する機械。その外側には女性の横顔が描かれていたり、花柄の模様が描かれていたりしている。いろんな種類があるみたいだが、正直に言って、それぞれの機械がいったいどのように違うのかまったくわからない。
「みなと、どれに入ればいいの?」
「ん~……まあ、適当でいいんじゃないかしら」
みなともわからないのかよ……。
俺はとりあえず、一番近くにあった無難そうなものに入った。みなとも後ろからついてくる。
ところで……入ったはいいけど、操作が何もわかんねぇ!
「みなと~やってくれ~」
「お安い御用よ」
彼女はコインを入れると、慣れた手つきでさっさと操作していく。友達と何回かやったことがあるのだろう。
「なんか、証明写真の機械とどことなく似ているね」
「逆に、証明写真の機械ってこんな感じなのかしら?」
「入ったことないの?」
「ええ。いつも写真屋で撮ってもらっているから」
俺は証明写真の機械でしかそういう写真は撮らないな……。この体になって、生徒証の写真を新しくするときもそれで撮った。逆に、写真屋を利用したことがない。
「……証明写真のやつとは雰囲気は似ているかな。でも、こっちの方が広いし明るいし椅子はないし……。こっちは楽しむための部屋、みたいな感じかな」
「へぇ。ほら、写真撮るわよ」
「え、ええ? どういうポーズをすれば……」
俺の話、めちゃくちゃあっさり流されたんだけど! しかも、そうこうしているうちにカメラの下のライトがチカチカと! いったいどういうポーズをすればいいんだ⁉
「別に堅苦しくなる必要はないわよ。もっとリラックスして、ほら、イエ~イ」
「い、いぇ~い」
パシャ、という音とともに、写真が撮影される。
写真を撮り終えると、みなとはすぐ目の前に設置されている画面に向かった。俺も横から覗き込む。
画面に映った俺の顔は、半笑いというか、無表情な人が無理して笑顔を作ったみたいな顔になっていた。突然撮るよ、と言われてすぐに表情を作るのは相当難しい。一方、みなとはめちゃくちゃ笑顔だった。しかもウィンクもしている。可愛い。
「ほまれ……あなた、なんて顔をしているのよ……引きつっているわ」
「だって、こんなときどんな顔をすればいいかわからなかったんだもん」
「笑えばいいと思うわ。……じゃあ、もう一度撮り直しましょう。こっちに来て」
「う、うん」
そう言うと、みなとは俺の右隣に立つ。そして、左手でハートの半分を形作った。
こ、これは俺の右手でハートを完成させよ、ということか……⁉ 察した俺は戸惑いつつも、みなとの手に合わせてハートを作った。
「右目ウィンクで笑顔で」
「うん」
カシャリ、とまた写真が撮られた。確認すると、今度はちゃんと笑顔で撮れている。
「やっぱり、ほまれは加工しなくても可愛いわね」
「どうも」
その後も、ポーズを変えて何枚か写真を撮った。
そして、みなとが画面の前に立つと、備え付けられていたタッチペンを掴む。
「さて、加工するわよ……!」
シュババババ、という効果音が付きそうな勢いで、みなとは撮った写真を超高速で加工していく。
加工にはまったく興味がない……と言えは嘘になる。でも、みなとが夢中になっているなら、わざわざ邪魔をするのも気が引ける。それに、こういうのはそういうのに慣れた人間がやった方が、いいものができるはずだ。
しばらくすると、みなとが加工を終えたようで、その後に写真がプリントアウトされた。
「これ、ほまれの分よ」
「ありがと……ってなんじゃこりゃ⁉」
なんか、写真の中の俺、猫耳になっているんですけど……。あと、目がめっちゃぱっちりしているし、ただでさえ白い肌が病的なほど白くなっている。にゃーん、とか効果音も書き足されているし。
そして、二人でハートのマークを作った写真には、『LOVE』とデカい文字で加工が入っていて、キラキラにデフォルメされていた。
「あ、あとこれね」
「ぶふぉっ⁉」
俺は思わず吹いた。
みなとが追加で手渡してきたのは、最初に撮った写真を加工したものだった。確か、半笑いの微妙な表情の俺が写っていたはずだが、ドアップにされていて、しかも原形を留めていないほどに加工されている。例えるなら作画崩壊したアニメキャラ。俺は笑いをこらえるのに必死だった。
「な、なにこの顔……ぷぷ」
「ほまれの顔よ」
家に帰ってみやびに見せたら、いったいどんな反応を返すだろうか……。想像すると、楽しみになってくる。
こういうのは、今の写真加工アプリだったら無料で手軽にできるはずだ。それでも、狭い室内で一緒に写真を撮ってワイワイ楽しく加工した後にすぐにプリントアウトできる、というところがこのアミューズメントの魅力なのだろう。実際、めっちゃ楽しかった。
「それじゃあ、外に出ましょうか」
「そうだね」
俺たちは、プリントシール機コーナー、そして、ゲームセンターも後にする。
結構遊んだせいで、俺の財布はだいぶ軽くなった。
それに引き換え、時間は充分潰せたようで、現在時刻は十二時を少し回ったところだ。
「これからどうする?」
「そうだなぁ……。でも、これ以上はお金もないし」
俺がそう言った瞬間、どこからかお腹がぐぅ~、と鳴る音がした。もちろん、アンドロイドである俺のお腹が空くはずがない。
横を見ると、みなとが自分のお腹を押さえていた。
「……お腹、空いたの?」
「……そ、そうみたいね」
時間が時間だから、そりゃお腹空くよな。
「じゃあ、どこかにご飯を食べに行く?」
「そうしたいところだけど、ほまれ、あなた何も食べられないでしょう? アンドロイドだし」
「そうなんだよな……」
俺としては、みなとについて行っても構わない。ただ、俺はどんな店に入って絶対に水しか飲めない。いかなる料理も食べられないのだ。
店側からすれば水しか頼まないめちゃくちゃ迷惑な客に見えるはずだ。俺としても居心地が悪いし、みなとも居心地悪く感じるだろう。
一応、俺が料理を頼んでみなとに食べてもらう、という手もあるけど……。
「あ」
「どうしたの、ほまれ?」
「電池残量が十パーセントを切ったっぽい」
しかしこのタイミングで、俺の電池残量は十パーセントになったことをスマホが知らせてくる。最近充電をサボっているのが裏目に出てしまった。
実を言えば、十パーセントならあと一日くらいは活動できる。しかし、みやびからは『電池の寿命を長持ちさせるためにも、五十パーセントくらいで充電しておいてね』と言われている。それを破っているのだから、充電しないとマズい。
「そう……じゃあここでお別れね」
「そうだね。今日はありがとう、楽しかったよ」
「私も楽しかったわよ。今日のデート」
そういやこれはデートだったな! 二人きりで服を買ったりゲーセン行ったりしているし!
「それじゃあ、私はここに残るわ。なんでも、大食いチャレンジャーを募集しているラーメン屋があるみたいだから、そこに行ってくるわ」
「お、おう……頑張って」
大食いのみなとなら大丈夫だとは思うけど、無理して腹を壊さないようにな……。
そう言うと、みなとは昼飯を求めて去っていった。
別れた後、駅から電車に乗る。
よく考えれば、俺の充電が少ない状態だって、人間にとっては腹を減っている状態に相当するはずだ。ただ、空腹感はまったく感じない。それはいいことなのかもしれないが、感覚で充電が減っているのがわからないのが、怖いところでもある。
家に帰ったらみやびにさっさと充電ケーブルを出してもらおう。
俺は電車を降りると、一直線に家に帰る。
「ただいまー」
「おかえり~お兄ちゃん」
みやびがリビングからタタタと軽快な足音を響かせて俺の目の前に現れる。いつもよりテンションが高い気がするし、なんだかワクワクしている表情をしている。俺の帰りを待ちわびていたのだろうか?
「お兄ちゃん、買ってきた服見せて~」
「ああ、いいよ。あと、充電ケーブルを持ってきてくれない? 電池が切れそうなんだ」
「うーん、わかったー」
しかし、みやびは空返事をすると俺の袋をゴソゴソと漁りだす。そして、信じられないものを見るような目で俺の方を向いた。
「お兄ちゃん、なんでメイド服なんて入っているの……?」
「えっ⁉」
みやびが、袋の中からメイド服を取り出していた。間違いない、これはみなとが俺に着せようとしていたメイド服だ!
いったいどのタイミングで袋に入れられた? 洋服を買った時? 違う。あの時の俺はかなり警戒していたから、みなとが入れようとしてしたら絶対に気づく。とすれば、俺が袋を手放した時に限られる。小休止のときか、またはゲーセンで遊んでいる最中か。いずれにせよ、俺が気を緩めたその隙を狙って、彼女は袋にメイド服を仕込んだのだ!
みやびが俺を横目で見てくる。
「お兄ちゃん、メイド服とか興味あったんだ~」
「ち、ちが……ちくしょう! 謀ったなみなとー!」