「ありがとうございました~」
店員の声と一礼をバックに、俺たちは店を出る。
一悶着どころか、二悶着も三悶着もあって、ようやく買い物が終了した。
俺の腕には、多くの服が入ったさっきの店の袋がかかっている。結局、みなとに選んでもらった服のいくつかを買うことになった。お値段はかなりしたし、みなとに着るように迫られたせいでちょっとトラウマになりかけたけど、彼女のセンスは本物なので、いい買い物ができたと思っている。
そのみなとはというと、俺の横で現在反省中だ。
「私、ちょっと張りきって夢中になりすぎちゃったわ……悪かったわ、強引に着せたりして……」
「……気にしてないよ」
さっきからみなとはずっとこの調子だ。ずっとイジイジしている。
隣でこうしていられると、なんだかこっちまで悪いことをしてしまったような気がしてくる。それに、いつまでもこんな風にされていては、せっかく二人で出かけているのにとても気まずくなってしまう。
ただ、この話を終わらせる前に、最後に一つだけ言わせてもらいたいことがある。
「でもさ、なんでみなとがメイド服を持ってるの⁉」
「ほまれが着たら、絶対似合うと思ったのよ」
「いや、そうじゃなくて……なんでみなとがそんなものを持ってるの?」
「私がメイド服を持っていたら、ダメ?」
「ダメじゃないけど……」
普通の女子高校生はそんなもの持っていないと思うぞ。みなとにはコスプレ趣味はない……と思うけどなぁ……。実はそうなのだろうか。
ただ、メイド服を着てみたい気持ちもなくはない。こんな体になっている今しか着られないだろうし、こんな服を持っている人は身近にはめったにいないし、そもそも自分で買ってみる機会もないし……。
いや、何惑わされているんだ俺! こんなの、メイドカフェでバイトをすることにならない限り着ないぞ俺は!
「とにかく、この話はおしまい! 今日は服を買えてよかったよ。ありがとう、みなと」
「……どういたしまして」
まあ、結果オーライだ。終わりよければすべてよし、だ。
さて、これで本来の目的は達成だ。俺の外出用の、ダサくない服はたくさん買えた。
俺たちは店を出ると、建物の中の広場に設置されているベンチに、並んで腰掛ける。
「それにしても、まだお昼前なのよね……これからどうする?」
「うーん……」
時刻はまだ十一時前。お昼にするにはまだ早い。かといって、ここで解散するのも勿体ない。お金もまだいくらか残っている。
どこか二人で楽しめるところがあればいいんだけど……。
そう思って周りを見渡すと、ちょうどいいところにちょうどいいものがあった。
「ねえ、みなと」
「どうしたの?」
「ゲーセンで時間潰そうよ」
みなとは少しの間、周りを見渡すと、ちょっと戸惑ったように頷いた。
「いいけど……ゲームセンターなんてどこにも見当たらないわよ?」
「え? あるじゃん。あっちの端っこに」
俺は自分の正面を指差す。みなとが隣で、俺の指がさす方向に視線を合わせて、目を細める。
「……確かにそれらしきものはあるわね」
「でしょ?」
みなとが感心したような、半ば呆れたような声で言う。
「ほまれ……あなた、どれだけ視力がいいのよ……普通の人には見えないわよ」
「そう?」
「そうよ。自覚していないのかもしれないけれど、その体になってから、視力が相当よくなっているわよ」
確かに、そう言われるとそんな気がしてくる。当然ながら、アンドロイドになって俺の目は人工物であるレンズだかカメラだかに置き換わった。今まで全然意識してこなかったけど、視力は人間の頃よりもよくなっているはずだ。
それにしても、俺の視力はいったいどのくらいになったのだろうか。以前、みなとは自分の視力は二.〇だ、と言っていた。それよりも見えているということは、もしかしたらアフリカの先住民族並みなのかもしれない。
「まあそれは置いといて……そうと決まれば行きましょう」
「うん!」
俺たちはゲーセンの中に入っていく。
入るとすぐに、凄まじい音と光の奔流。休日なのでたくさんの人がいるはずだが、そんな人の声が聞こえないほど、機械が騒がしい。ボーっとしていると流されてしまいそうだ。
思い返せば、ゲーセンに入るのはずいぶん久しぶりだ。何か月ぶりだろう。
「ゲーセンなんて来るの、久しぶりだわ……」
それはみなとも同じだったらしく、慣れない様子で辺りをキョロキョロ見回していた。
さて、遊ぶものはたくさんある。お金も余っている。いったい何で遊ぼうか。
「みなとは何かやりたいゲームはある?」
「そうね……とりあえずクレーンゲームかしら」
「わかった」
辺りを見渡すが、俺たちが今いる場所にはないようだ。そこでゲーセン内を少し歩くと、クレーンゲームばかりが集まっているコーナーを発見した。
一口にクレーンゲームと言っても、その商品はいろいろある。アニメキャラのグッズとか、お菓子とか、ぬいぐるみとか。
みなとが早速五百円玉を入れて、近くのクレーンゲームで遊び始める。
みなとの操作に従って、アームが横方向、縦方向に動いていき、いったん止まるとウィーンと下がっていく。
そして、山積みになったクマのぬいぐるみの、一番上の個体に、アームが当たった。
「「お」」
ピロピロピロと派手な音を立てながらアームが閉じ、クマのぬいぐるみが持ち上がっていく……かのように思えたが、ぬいぐるみはあっけなくアームから零れ落ちた。
「「あー……」」
クマさんは元の場所にすっぽり収まり、アームだけが商品の搬出口まで向かっていき、何も持っていないアームを開く。
どうやら狙っているのはそのぬいぐるみらしい。確かに、一番取りやすい位置にあるもんなぁ……。
その後も、みなとは四回挑戦するが、ぬいぐるみをなかなか掴めない。アームが弱いのだ。掴んでもすぐに落ちてしまう。
「ほまれ、お願い、あれ取って!」
「やってみるよ」
チャンスは残り一回。俺はみなとに代わってクレーンゲームの前に立つ。
アームが弱いから、掴むのではなく、どこかに引っ掛けるのがいいだろうな。
俺は感覚的に前後左右に動かしていく。
「ここだ!」
そして、直感的にアームの場所を決めると、アームを下ろすボタンを押した。
指令を受けたアームが下がっていく。かなりいい位置に落ちたものの、アームはクマのぬいぐるみの本体を掠めるだけだった。
「あぁ……」
みなとから落胆の声が漏れるが、俺は黙ってアームの様子を見守る。
クマのぬいぐるみを掠めたアームが閉じて、上昇する。すると、アームと一緒にクマのぬいぐるみも上がっていく。俺の狙いどおり、アームの腕がぬいぐるみのタグに引っかかったのだ。
そして、出口からクマのぬいぐるみが出てきた。俺はそれを取ると、みなとに手渡す。
「ほら、取れたよ」
「スゴいわね、ほまれ! ……でも、これはあなたが取ったものだから」
「でも、みなとが欲しかったんでしょ? いいって、あげるよ」
俺はぬいぐるみを返そうとするみなとの手を押しとどめた。
「そ、それならありがたく貰うわ」
みなとは顔をちょっと赤くしながら、自分のバッグの中にクマさんをしまった。
彼女はもうクレーンゲームには満足したらしく、次のゲームを探して歩き始める。俺はその後ろをついていく。
「次は何で遊ぶの?」
「あれはどうかしら」
みなとの指差す先を見ると、そこにはガンシューティングゲームが鎮座していた。画面には『Dead or Living Dead』というおどろおどろしい血文字が表示されている。
結構ハードなものいくなぁ!
彼女は目を輝かせながら、軽い足取りでゲームの方へ向かっていく。みなとってこういう系のもの、好きだっけ……?
見るからにホラー系なので、俺にとっては苦手なゲームかもしれない。
「やるわよ、ほまれ!」
「お、おう……」
ただ、彼女が目を輝かせているので、ここで嫌だ、とは言い出せない。俺も付き合うことにする。コインを入れると、ゲームがスタートして、ゲームの世界観と説明が画面に表示された。
超簡単に要約すると、ゾンビに支配される世界で、生き残った人間のグループどうしで対立が起こったらしく、ゾンビを殺しつつ相手も殺す、ということのようだ。負けるときは相手に殺されるかゾンビに殺されるか。だから、タイトルが『Dead or Living Dead』なのか……。設定が絶望感半端ないなオイ。
とにかく、ホラー要素のあるシューティングゲームのようだ。怖いのは苦手だけど、やるしかない。
操作方法は単純で、銃型のコントローラーを画面に向けて、敵に向けて引き金を引くだけらしい。
「それじゃあ行くわよ!」
「う、うん……」
ゲームが始まると、早速ゾンビが出てきた。
めちゃくちゃグロテスクな姿なんだけど! 心臓が止まったかのような思いがした。グロいのは苦手なのだ……。
「ひええぇぇええ!」
「ちょっ、ほまれ!」
俺は、とにかく出てきた敵を片っ端から斃していく。全弾を一発ずつ敵の頭にクリティカルヒットさせて、敵全員を一撃で葬り去る。だけど、その際に出る血しぶきがまたグロい。
地獄のような二分間をくぐり抜けると、ようやくゲームが終了した。
敵の攻撃が一度も当たることがなかったからか、『All Complete! Perfect』の文字が表示された。
「……ほまれ、あなた、射撃うまいわね。まるで射撃ロボットのように正確無比だったわよ」
「実際俺はアンドロイドだけど」
もしかしたら、今のシューティングゲームのときも、さっきのクレーンゲームのときも、俺の意識の外で、体の中の機械が緻密な計算をしていて、それが直感や体の動きに反映されていたのかもしれない。
「まあ、とにかく次に行きましょう」
「そうだね」
今のゲームでちょっとトラウマになったから、しばらくこういう系のゲームは控えておこう。
「みなとは他に遊びたいゲームはないの?」
「そうね……」
前を行くみなとがポツリと呟いた。
「遊びたいというか……。遊びに限らず、せっかくほまれが女の子になったんだから、女の子どうしでしかできないことをやりたいわね」
「なるほど」
「あ」
みなとがそう言った瞬間、彼女は立ち止まる。振り返ると、彼女は何かを思いついた顔をしていた。
「どうしたの?」
「ほまれ、ちょっとこっちに来て」
「え? ああ、うん」
俺はみなとに腕を掴まれて、ゲーセン内を移動していく。
数分歩き回ったのち、みなとはあるコーナーの前で立ち止まった。
「ここは……」
ゲーセンには必ず存在するが、俺を含め、男子はほとんど立ち入ったことがない場所が、一つだけある。
目の前に乱立しているのは、大きな箱のような部屋。入り口にはカーテンが下がっていて、異質な存在感を示している。
そして、みなとが俺の手を引いて言った。
「ほまれ、一緒に写真撮りましょう!」