翌日。いよいよ明日、体が元に戻る。この体で過ごす時間がそろそろ終わりに近づいてきて、なんだか嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちになる。
そんな今日、俺はみなとの家に向かっていた。
もちろん、みなとには明日体が元に戻ることを伝えてある。しかし、それを伝えた時、みなとは元の体に戻る前にどうしても一度家に来てほしい、と言ってきた。そのため、体が戻る前日というギリギリのタイミングで彼女の家に訪問することになったのだ。
それにしても、いったい何の用事だろうか? みなとが家に来るように誘ってきた時の熱意は尋常ではなかった。それこそ、なにがなんでも来てほしい、という態度だった。それなのに、何の用なのか教えてくれなかった。正直、かなり不安だ。
俺はみなとの家の最寄り駅で電車を降りる。そして、彼女の家があるマンションに辿り着くと、オートロックで彼女の家の番号を入力した。
すると、すぐにみなとの家と繋がる。俺が何かを言い出す前に、向こうからみなとの声が聞こえた。
『開けるわね』
直後、通話が切れてオートロックが解除される。俺は中に入るとエレベーターで九階まで上る。そして、みなとの家に到着した。
玄関のドアは閉められたままだ。鍵もかかっているようで、俺はインターホンを鳴らす。すると、ドアの向こうからバタバタと廊下をこちらへ走る音が聞こえた。そして、勢いよくドアが開く。
「こんにちはー、ほまれさん」
「こんにちは、なぎさちゃん」
出てきたのはなぎさちゃんだった。てっきりみなとが出るものだと思っていたので、予想外だった。
「とりあえず、上がってください」
「みなとは?」
「今トイレに行ってます」
とりあえずここで待ってください、と俺はみなとの部屋に通される。しばらく待っていると、みなとが入ってきた。
「いらっしゃい、ほまれ。出迎えられなくてごめんなさい」
「いいよいいよ」
俺は今日ここに呼ばれた理由を予想してみる。直前まで話してくれない、ということは何かのドッキリだろうか? それが一番可能性が高い。もしくは、直前まで秘密にしなければならないような深刻な事情を打ち明けようとしているのかもしれない。もしそうだったら、それなりの心構えが必要になる。
「……で、今日は何をするの? まだ何も聞かされていないんだけど」
すると、みなとはあからさまにモジモジしだす。顔を赤らめて恥ずかしそうにしている。
「……ええ、そうね。あまり公にはしたくないことだから」
俺はピンと来てしまった。この反応はもしや……!
「さては、俺にエッチなことをしようと企んでいるってこと⁉︎」
「……違うわよ!」
みなとはすぐに否定するが、その後、一瞬黙ると言葉を続ける。
「……もしほまれがしたいなら、それでもいいわよ」
「え」
思わぬ返答に、今度はこっちが赤面する番だった。実際に顔が赤くなることはないが、顔の温度が上昇していく。俺は慌てて否定した。
「じょじょじょ冗談だよ……! 第一、なぎさちゃんもいるのにそんなことできるわけないじゃないか……!」
「そ、そうよね」
俺たちの間に変な空気が流れる。それを変えようとしたのか、みなとが別の話題を振る。
「そ、そういえばほまれの体はいつ戻るのかしら?」
「明日だよ」
「そうなのね……改めて、おめでとう。本当によかったわ」
「ありがとう」
ここで、俺は本来の話題に軌道修正を図る。
「それで、俺を呼び出したのはどうしてなんだ? 体が戻る前になんとしても会いたいって言ってたけど……」
「そうね。実は、体が戻る前にほまれにやってほしいことがあるのよ」
「やってほしいこと?」
「ええ。これは私のわがままなのだけれど……聞いてくれるかしら?」
「もちろん」
俺は即答する。可愛い彼女の頼みなんて、断るわけがないじゃないか! ましてや、あと一日でアンドロイドの体から元に戻ってしまう猶予のない状況なのだ。叶えてあげたいと思うのは当然だ。
みなとは俺のその答えに安心したようだった。
そして、深刻そうな表情で喋り始める。
「実は……私、ほまれに隠していたことがあるの」
「え、何⁉︎」
みなとが俺に秘密にしていたこと……? 俺は、みなとのことをかなりよく知っている方だと思うが、そんな俺にも知らないことがあったようだ。その表情から察するに、かなり重い話なのだろう。
まったく予想できない俺は、固唾を飲んでみなとの次の言葉を待つ。
「その……ほまれがどう反応するかわからなかったから、秘密にしていたのだけれど……今日呼び出したのは、それに関連することをしてもらいたいからなのよ。だから、ここで言っておかなくちゃいけないと思って。今後のためにも」
「わかった……。で、その隠しごとっていうのは?」
みなとは決意した表情を浮かべると、俺に告げた。
「実は、私、コスプレが趣味なのよ」
彼女はそのまま立ち上がると、クローゼットを開いた。
その中には大量の衣装。パッと見ただけでも、セーラー服やメイド服、ジャージにスクール水着など、いろんな衣装がハンガーにかかっていた。
そんなみなとに、俺は一言。
「うん、知ってた」
「ええ、知ってたの⁉︎」
みなとは、まさにガーンという擬音が似合う表情を浮かべる。
「うん……正確には、なんとなくコスプレが好きなのかなって思ってただけだけど」
「ど、どうしてそう思ったの?」
「だって、前に買い物に行った時、メイド服を持ってきて俺に着せてきて、強引に押し付けてきたじゃん。普通の人の家にはメイド服なんてないから、みなとにはコスプレ趣味があるのかなって」
「ば、バレていたのね……」
みなとはちょっと恥ずかしそうに俯いた。
「あの時は、ほまれにメイド服を着せてみたら似合うんじゃないかって、ついつい暴走しちゃったのよ……」
「だと思った。でも、こんなに衣装を持ってるとは思わなかったよ」
俺はクローゼットの中を改めて見る。思ったよりガチ勢だった、というのがこれを見て浮かんできた感想だった。
そして、今までの話から、みなとが俺にやってほしいわがままというのも、なんとなく察しがついていた。
「で、つまり、みなとのお願いっていうのは、俺にコスプレしてほしいってことだよね?」
「……そのとおりよ」
やはり予想どおりだったか。
もちろん、みなとのお願いは了承するつもりだ。さっきわがままを聞くと言ってしまったし、そもそも断るつもりは毛頭ない。
しかし、俺だけがコスプレするのもなんだか不平等だ。おそらくみなとは俺を着せ替え人形にするつもりだろう。それでは前回のようにうんざりしちゃうだろうし、つまらない。
「わかった。やろう、コスプレ」
「ありがとう、ほまれ……!」
みなとの顔がぱあっと明るくなる。その顔に向けて、俺は人差し指を立てた。
「ただし、一つ条件がある」
「な、何かしら……?」
「みなとも一緒にコスプレすること。それなら付き合うよ」
「わかったわ」
意外にも、みなとは即答してこれを了承した。てっきりネガティブな反応をするかと思ったが、むしろ嬉しそうだ。
「……本当にいいの?」
「ええ、もちろん。誰かと合わせてコスプレしてみたかったのよ。今までずっと一人だったから……」
それだったら、俺の条件は願ってもないものだろう。
「とにかく、さっさと始めましょうか。ほまれ、服を脱いで」
「わかった」
みなとの部屋で、二人だけのコスプレ大会が始まった。