俺は服を脱ぎ始める。すると、目の前でみなとも服を脱ぎ始めた。俺は後ろを向いて、みなとの姿を視界から外す。
「ほまれ、最初はこれを着て」
「わかった」
そう言って、みなとは俺の隣にセーラー服を置いた。見たことない学校の制服だ。俺たちが今通っている高校は男女ともにブレザーなので、明らかにそれではない。また、俺たちの母校である中学校の女子の制服はセーラー服だったが、それとも違う。
「この服はどこの学校のやつ?」
「どこの学校のものでもないわよ。コスプレ用だから」
「そうなんだ……」
「というか、どうしてほまれは後ろを向いて着替えているのよ」
「え、だって……みなとが着替えているし……」
「そういうことね」
およそ一年間、俺は女子として扱われていた。そのため、体育の時間には女子更衣室で着替えていたし、旅行に行ったときには女子風呂に入っていた。それでも、女子の着替えを直視するのはいまだに気が引けていた。
いや、むしろこの方がいいのかもしれない。もし変に慣れてしまったら、体が元に戻った後もうっかり同じようにしてしまって、モラルのない行動だと非難されてしまうかもしれない。
俺はセーラー服を手に取って着る。
「サイズ、ピッタリだな……」
「もちろんよ。ほまれのサイズに合わせてあるわ」
みなとは得意気に言う。
「それに、今回着てもらう服は、すべて私サイズとほまれサイズの二種類あるわよ」
「用意周到だな!」
よっぽど俺にコスプレしてもらいたかったんだな……。
「みなとも着替えた?」
「ええ、着替え終わったわよ」
振り向くと、そこには俺と同じセーラー服を着たみなと。なんだか中学生時代の彼女を目にしているようで、懐かしく感じる。
「似合っているわね、ほまれ」
「みなとこそ、似合ってるよ」
「ありがとう。それじゃ、写真を撮るわよ」
そう言って、写真撮影タイムがスタートする。みなとが俺を撮ったり、逆にみなとが俺を撮ったり、二人で一緒に撮ったり、いろんなバリエーションで撮影する。また、いろんなポーズで撮影したため、思ったより時間がかかった。
「どんどんいくわよ。次はこれね」
写真撮影が終わると、間髪入れず次の服が手渡される。
それからは巫女やメイド服など、いろんなコスプレをして撮影を続ける。普段なら絶対に着ないような衣装を着られて、ちょっと楽しくなってきた。
「次はこれよ」
そして、次に手渡されたものを見て、俺は思わず声をあげる。
「す、スク水⁉︎」
「そうよ」
表面にはでっかく『ほまれ』と書かれた白い布が縫い付けられている。このためにわざわざ作ったのか……。
いや、俺が驚いたのはそこじゃなくて……。
「ねえ、みなと。これって下着を脱がなきゃいけないよね……?」
「当たり前でしょ?」
そう言ってこちらに振り返ったみなとは、すでにブラジャーに手をかけ、半分脱いでいた。俺は慌てて自分の目を覆って反対方向を向いた。
「ちょ、みなと向こう向いて! 見えそうだから!」
「わかったわよ……」
今まで散々見たくせに……と小さく呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。あの時は不可抗力なんですよ、みなとさん!
スク水を着るのは、去年の夏のプールの授業以来だ。体が戻ると聞いてから一生着る機会はないと思っていたのに、まさかもう一度着ることとなるとは……。
俺は下着まで脱いで裸になると、スクール水着を着る。心なしか、胸周りがちょっときつかった。
「着終わったかしら?」
「うん」
俺は振り返る。そこにはスク水姿のみなとがいた。
そういえば、スク水のみなとを見るのは初めてかもしれない。体育の授業はいつもD組と合同で、A組のみなとと一緒にやる機会はなかったからだ。それに、夏休みの旅行で海に行った時も、みなとはスク水ではなくビキニだった。中学生の時もスク水姿は見たことはない。
それにしても、やっぱり大きいな……。
「それにしても、やっぱり大きいわね……」
みなとが俺の胸をガン見しながら呟く。お互いに相手を見て同じことを思っていたようだ。
俺は少し恥ずかしくなって、みなとを急かす。
「と、とりあえずさっさと撮影しよう!」
「わかったわ」
というわけで、スク水姿での撮影を始めたのだった。
撮影が終わると、俺はみなとに尋ねる。
「次は何を着るの?」
「そうね……いったん服を整理しようかしら。結構散らかってしまったから」
そう言って、みなとは辺りを見回す。
今までクローゼットから服を取り出して着ては脱いで、しまわずに新しいものを取り出していたため、床には脱いだ衣装が散乱していた。
「とりあえず、下着を着てから片付けましょう」
「わかった」
俺はみなとの指示に従って、水着を脱いで下着を着ると、手分けして片付けを始める。自分たちが着たものを回収して畳んで一箇所にまとめていく。
事件が起こったのは、その作業の最中だった。
片付けもだいぶ終わり、俺は一番下に埋もれていた最初に着たセーラー服を発見すると、それを持ち上げる。次の瞬間、何か黒いものがその下から勢いよく飛び出し、高速で移動していくのが見えた。
不幸にも、動体視力抜群の俺の高性能カメラアイは、その黒いものが何なのか、ばっちり鮮明に捉えてしまった。
俺は思わず叫び声をあげる。
「ぎゃー! ゴキブリー!」
そして、勢いよく立ち上がると後ずさる。しかし、視線をそれから外すことはできなかった。
「えっ、ど、どこよ⁉︎」
「そ、そこ……!」
俺は部屋の中央にあるテーブルの下を指差す。
すると、今まで床を這いずり回っていたゴキブリが、羽を立てた。そのままブーンと飛び立つ。
そして、あろうことか、みなとの方へ一直線へ向かっていった。
「いやああぁぁああぁぁ‼︎」
みなとはダッシュでその場から逃げる。しかし、ゴキブリはみなとに恨みでもあるのか、彼女の後を追ってブーンと飛んでいく。みなとはテーブルをひっくり返し、せっかく畳んで一箇所にまとめた服を足で再び散らかす。
当然、俺も平静ではいられない。みなとがこっちに来たので、必然的に俺もゴキブリに追いかけられる格好になる。二人して下着姿でドタドタと部屋の中を駆け回った。
俺は少しでもゴキブリが部屋から出る確率を高めるため、部屋のドアを開ける。しかしそれに時間を取られたせいで、次の瞬間にはすぐ後ろにみなとが迫ってきていた。
逃げ道を失った俺は、視界の隅に扉が開けっぱなしになっているクローゼットが映っているのに気づいた。反射的に俺はその中に入る。間髪入れず、みなとも入ってきた。
「もういやっ!」
クローゼットに入りながら、みなとは勢いよく扉をスライドさせる。バン! という音とともにドアが閉まり、視界が真っ暗になった。
俺たちの荒い呼吸だけが、狭い空間に響く。ゴキブリの羽音は聞こえない。
「ど、どっかに行ったかしら……」
みなとが至近距離でそう呟いた次の瞬間、遠くから悲鳴が聞こえた。なぎさちゃんの声だ。
「うわーっ‼︎ ゴキブリっ! 死ね死ね死ね!」
バンバンバンとノートか何かで床を叩く激しい音が何度も繰り返される。その後、少しの間静かになる。俺たちは固唾を飲んで耳を澄ます。
「死んだか……うわっ、気持ちわるー! 早く捨てよ! バイバイ!」
そんな声が聞こえて、俺たちは安心する。どうやらゴキブリはなぎさちゃんの部屋まで移動した後、無事に退治されたようだ。
そして、みなとがクローゼットのドアを開けようとする。しかし、開かない。そもそも取っ手がないのだ。みなとは隙間に無理やり指を引っ掛けて開けようとするが、扉が少し揺れるだけで開く気配はなかった。
「みなと……?」
「どうしようほまれ、閉じ込められたわ……」