春休み初日。学校の授業は昨日ですべて終わった。しかし、俺は今、学校にいる。
なぜなら、今日は部活動に参加しているからだ。
男子バスケットボール部に限らず、いくつかの部活動は春休み中に部活がある。そのため、終業式が終わった後も学校に登校する生徒がいるのだ。かくいう俺もその一人である。
体育館には、バスケットボールがバウンドするバンバンという音が何重にも響き渡る。部員たちはステージの下で熱心に練習に励んでいた。俺はステージの上からその様子を見守る。
俺の体が戻るまであと二日。その間、今日を除いて部活動はない。つまり、俺がこの体で部活に参加するのは、今日が最後となる。
そう考えると、なんだか惜しい気持ちになる。そんな感情を抱いていることに、俺は自分でも驚いていた。もちろん、この体のせいでこの一年間プレイヤーとして出られなかったので、元の体に戻って早く試合に出て勝負をしたい! とは思う。それだけしか考えていなかったはずだったのだが、いつの間にかマネージャー業務にも愛着が湧いてしまったようだ。
マネージャーは大変だ。活動記録をつけたり体育館を開け閉めしたり、顧問の先生とやり取りをしたりといった事務的な作業がメインだが、それに加えて、練習時のタイムキーパーをしたり、時には練習の補助も務めたり、部員の様子を把握して声をかけたりもする。この一年間、俺にはぼーっとしている暇はなかった。むしろ、選手よりもはるかに忙しかった。
「すみません、ボール行きました!」
「はいよー」
すると、ボールが勢いよくこちらに飛んできたので、それを拾いにいく。
ボールを拾うと、部員に返すために歩いていくが、俺はふと立ち止まってボールを見つめる。
この体でバスケットボールを触るのも、これが最後かもしれないな……。
そう思うと、最後くらいカッコつけたいという欲望が湧いてくる。
「先輩?」
「ちょっとごめん、一瞬ボール貸してくれる?」
「え? はい。まあいいですけど……」
俺は不思議そうな顔をする部員に断りを入れると、誰もいない反対側のゴールへシュートを放った。
ボールは綺麗な放物線を描くと、三十メートル離れたゴールへと見事に突き刺さった。
「うわ、スゴ……! さすが天野先輩!」
「はは、ごめん、余計なことしたね」
こんなシュートを打てるのも、今日これが最後だ。そう考えるとなんだか寂しくなるな。
「男バス、集合!」
「「「「「はい!」」」」」
正午を回ったところで、部長の佐田が集合をかける。部員たちが練習をやめて駆け足で集まってきて、佐田を中心に半円を形成した。俺はその少し外側で話を聞く。
「時間になったので、今日の練習はここまでにします!」
もう練習は終わりだ。体育館を使う部活は多数あるので、午前と午後で区切って順番に使うことになっているのだ。
練習が終わった後にはミーティングがある。ここは、今日の反省点や次回の練習の告知、その他連絡事項などを共有する場となっていた。
「それでは、今日の練習は以上……」
「ちょっと待ったぁ!」
俺は慌てて大声をあげて、この場を締めようとする佐田の言葉を遮った。
あ、危ねぇ、言い忘れるところだった。皆の注目がこちらに集中する。
「えっと、俺から一つ、重大な連絡事項があります」
そう言うと、部員たちは顔を見合わせてザワザワする。佐田が静かに、と注意した。
「……俺は、四月から元の人間の体に戻ります」
俺がそう告げると、部員たちはさっきより大きくざわめいた。
一方、佐田は意外そうに反応する。
「そうか、ほまれはこの場ではまだ言っていなかったのか」
「うん。俺の処遇の問題もあるから、ここで皆には伝えるべきだと思って」
俺の体が人間に戻ることで、今までマネージャーをしていたのが、選手にまた戻ることになるからだ。
「……つまり、ほまれは選手に復帰するから、マネージャーをまた探さなきゃいけないってことか?」
「最終的にはそうなるね」
すると、部員たちからは意外なことに、えー! と残念がるような声が聞こえた。
「えーってなんだ、えーって」
窘めるように佐田が発言すると、部員の一人が発言する。
「だって、こんな可愛いマネージャーがいなくなるんですよ! 天野先輩が元の体に戻ったら、オレらは何を支えに練習すればいいんですか!」
確かに部員たちからすれば、俺には一種の目の保養としての役割もあったのかもしれない。
「じゃあ可愛いマネージャー探してこい」
「そんな人、都合よくいないですよ〜」
「……真面目な話、ほまれが四月から元の体に戻るってことは、必然的にマネージャーがいなくなるってことだよな。だから早急に代わりを探す必要がある。この一年で皆も実感しているとは思うが、マネージャーっていうのはいるといないのとではかなりデカい」
うんうん、と周りの人も頷く。俺はいつの間にかそこまでの存在になっていたようだ。
「できれば春休み中にでも新しい人が欲しいところだな……」
だが、佐田を含め部員たちは何か誤解をしているようだ。俺は慌てて口を挟む。
「ちょっと待って、そんなに急いでマネージャーを探す必要はないよ」
「え、なんでだ? だってほまれは選手として復帰するんだろ?」
「それはそうだけど、元の体に戻っても俺はすぐに活動できないと思う。リハビリをしなくちゃいけないから。だから、復帰してしばらくはトレーニングをしながらマネージャーも続けるよ。その間に、新しい人を見つけてくれればいい」
「……それでいいのか?」
「うん」
「……悪いな、ほまれ」
実際、体が戻ってもすぐに練習に合流できるわけではないだろう。約一年も寝たきり状態だったのだから、筋力が相当弱っているはずだ。だから、当面は復帰を目指してトレーニングをしつつ、マネージャーをこなす形になると思う。
すると、一年生たちのコソコソ話が聞こえてくる。
「それにしても、天野先輩の元の姿って、どんな感じだったっけ?」
「そもそも俺ら、会ったことあったっけ?」
「うーん、四月の部活紹介の時にはいたと思うけど……その時はまだ誰が誰だったかわからないし……」
そうか! 二年生になってすぐ事故に遭ったから、今の一年生たちは俺の元の姿がわからないんだ!
それだけじゃない。一年近く元の姿を見せていないのだから、他の人からも、元の体で会ったら『誰?』と首を傾げられる可能性だってある。
今のうちに心の準備をしておこう……。
「よし、それでは今日の部活は終わり! ありがとうございました!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
こうして、この体で参加する最後の部活は終わったのだった。