あっという間に三学期も最終日になった。明日からは春休みに入る。一週間ちょっとしかないが、久しぶりのまとまった休みなので、クラスの雰囲気はかなり浮かれていた。
キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴る。それと同時に教室前方のドアが開いて、担任の斎藤先生が入ってきた。
「ほら、SHRを始めるから席に着けー」
その声で、生徒たちはいったん自分たちの席に着く。しかし、もう気分は春休みなのか、皆どこかそわそわしていた。
そして、二年生最後のSHRが始まる。話の内容は、春休みの課題、春休み中の過ごし方、そして、春休み明けの始業式の日の動きについてだった。
ちなみに、俺の学校では二年生が三年生に上がるとき、クラス替えや担任の先生の変更がない。そのため、春休みが明けて三年生になっても、また同じメンツで学んでいくことになる。
このクラス以外は。
「よし、それでは最後に、イヴァノヴァから挨拶だ。前に」
先生に呼ばれたサーシャは席を立つと、教壇に上がって話を始めた。
「皆さん、お世話になったデス……」
九月から約半年に渡った留学期間が終わり、サーシャは今学期末で転出することになっていた。そのため、学校で彼女に会うのは今日が最後となる。彼女の顔を見るのがこれで最後だという人も多いはずだ。
そして、俺の家でのホームステイも三月末で終わり、サーシャはロシアに帰ることになっていた。つまり、留学期間の終了という表向きの理由だけでなく、スパイ活動の終了という裏の理由でも日本から離れることになったのだ。
こうなったのは、俺の体が春休み中に元に戻る、というのが一番大きな原因だろう。もともと、俺のアンドロイドの体の機密技術を盗み出すために、サーシャはわざわざ身分を偽装してまで、留学という体裁で俺の家にホームステイしにきていた。これにより、俺と接触している時間を少しでも増やして、目的を達成しようとしていたのだ。
しかし、その俺が人間に戻ったら、その後俺にいくらひっついてもアンドロイドに関する情報は入手できなくなる。そのため、このタイミングで帰国するよう向こうの機関から指示が出たのだろう。
あるいは、みやびの策略が絡んでいるかもしれない。
サーシャがやってきてから一ヶ月ほどで、みやびは彼女の正体を見破り、二重スパイに仕立て上げた。つまり、みやびはサーシャに流す情報を自由にコントロールできる立場にあった。もしかしたら、向こう側がサーシャを撤退させるように、みやびが密かに裏で何かしていたのかもしれない……。
まあ、こんなことを考えてもしょうがない。二人に聞いても教えてはくれないだろう。
「……とても楽しかったデス! ありがとうございまシタ!」
サーシャのスピーチが終わり、クラス中が拍手に包まれる。俺も拍手を送った。
確かにサーシャは敵だったが、個人的にはそこまでサーシャに敵意を抱いているわけではない。確かに鬱陶しいと思う時もあったが、『俺自身』にはサーシャに危害を加えられた記憶はないし、むしろ何度も助けてもらったからだ。
いなくなって悲しいというべきか嬉しいというべきか、なんだか複雑な気持ちになっていると、斎藤先生が元の位置に戻って俺たちに問いかける。
「他に何か連絡事項がある人はいるか?」
……そうだ、こんな感慨に耽っている場合じゃない! 俺にはクラスの皆に伝えるべきことがあるじゃないか!
「なければこれでお……」
「ちょちょ……ちょっと待ってください先生!」
俺は椅子をガタガタ鳴らして立ち上がる。一斉にクラス中の視線が集まった。
「何だ、天野? 連絡事項か?」
「は、はい。そうです。重要なことを言い忘れていました」
俺は急いで教壇の上に立つ。そして、クラス全体を見回した。
思えば、四月にこの体になって登校した時にも、こうやって話したっけ。その時に話したこととは正反対のことを、俺は今から話す。
「えっと……実は、体が元に戻ることになりました」
次の瞬間、クラスがシーンと静まり返る。
何か変なことを言ったかと一瞬ドキッとしてしまうが、よく考えてみれば当然の反応だ。俺の体が元に戻ると突然言われても、どう反応すればいいのかわからないだろう。
「春休み中に手術をしてます。だから、四月からは元の……人間の体で通うことになります」
言葉を紡いでいくうちに、これまでの日々が頭の中を駆け巡ってきた。思わず気持ちが熱くなり、口が勝手に動いていく。
「思えば、四月に初めてこの体で登校した時、俺はとても不安でした。今までとは見た目も何もかもガラッと変わったから、どうなるか予想できませんでした。だけど、皆は暖かい拍手で受け入れてくれて……俺はそれが嬉しかったし、なにより安心しました。その後も、クラスの皆はこれまでどおり接してくれたし、特に女子にはとてもお世話になりました。区分上女子として過ごさなきゃならなかったので、体育の授業などで孤立しないよう接してくれて、本当にありがたかったです」
もし俺に涙を流す機能があったら、きっととっくに頬を濡らしているだろう。それくらい気持ちが昂っていて、俺はこの話のまとめ方がもはやよくわからなくなっていた。
「……とにかく、俺が言いたいのはこのクラスにはとてもお世話になったし、このクラスは最高だということです。皆、本当にありがとう。三年生から元の体に戻って、今度は男子として過ごすことになるけど、これからも仲良くしてくれると嬉しいです」
俺は頭を下げた。次の瞬間、どこからともなく聞こえてくる拍手。その波は大きくなり、クラス全体が拍手の音に満ちていった。
顔を上げると、先生が俺の肩をポンと叩く。
「そうか、元の体に戻るのか。よかったな、天野」
「はい……!」
俺は頷くと、自分の席に戻った。
「他に何か連絡したい人はいるか?」
シーンとするクラスを見て、今度こそ、と斎藤先生はSHRを締めた。
「それでは、二年C組は、これにていったん解散!」
キーンコーンカーンコーンとSHRの時間の終了を告げるチャイムの音が響く。
こうして、二年生最後の授業は終わったのだった。