三月に入ってから最初の日曜日。俺とみやび、そしてサーシャは朝から一緒に出かけていた。
俺たちは最寄り駅まで歩くと、都心方面の電車に乗る。
みやびはどうも落ち着かないようでソワソワしている。俺も心の中では不安で仕方がない。そして、サーシャはみやびよりも明らかにソワソワしていた。
「緊張するデスね……!」
「なんでサーシャが緊張するの……」
「だって、みやびの進路を決める一大イベントデスよ! 緊張しないはずがないデス!」
この日、俺たちの学校では入試の合格発表があった。発表時刻は午前九時ちょうど。学校の敷地内で合格者の番号が掲示されるので、それを見るために、俺たちは休日にもかかわらず学校へ向かっていた。
「そういえば、今年からネットでも発表されるんじゃなかったっけ?」
「そうだよ」
「それでもよかったんじゃない?」
「わかってないなー」
チッチッチッ、とみやびは人差し指を振る。
「あのね、高校の合格発表なんて人生で一度しかないんだよ? それだったら、現地に行って直接確かめるしかないでしょうが」
「……まあ、確かに」
みやびの言うとおり、その方が思い出には残りやすいだろうな。
俺たちは途中駅で乗り換えて、学校の最寄り駅に到着する。休日なので生徒はいない。その代わり、俺たちと同じく合格発表を見にきたのか、中学生くらいの子供とその保護者らしき大人のペアが一緒に歩いているのが何組か見られた。
駅の改札を出て学校に着くと、時間ギリギリだったせいか、すでにたくさんの人が集まって人混みを形成していた。どうやら、合格発表の掲示板からかなり離れたところまで立ち入りが制限されているようだ。人混みの隙間から、白い布に覆われた掲示板が遠くに見えた。
周りを見ると、受験生の表情は様々だ。余裕そうな表情を浮かべている人もいれば、今にも泣き出しそうな、不安そうな表情を浮かべている人もいる。すべては、あと三分後の合格発表で決まる。受験生は気が気でないだろう。
「みやび、自信はある?」
「まあ、たぶん大丈夫じゃない? なんとかなるよ」
かなり適当な返事が返ってきた。まあ、みやびに限って落ちることはないだろうが……。
「ちなみに、受験番号は何番なんだ?」
「60213」
「60213ね……覚えた」
一応、みやびの受験番号を確認しておく。これで準備は万端だ。いつ発表されても大丈夫!
「あ、みやび〜!」
「……なぎさ!」
すると、後ろからみやびの名前を呼ぶ声。すると、みやびに誰かが抱きついてきた。なぎさちゃんだ。
「探したよー、一人じゃ不安で……」
「あはは……大丈夫だよ、なぎさ。勉強頑張ってきたんでしょ?」
「そうだけど……あ、ほまれさん、サーシャさん、こんにちは」
「こんにちはデス!」
「こんにちは、なぎさちゃん。明けましておめでとうございます」
「あ、明けましておめでとうございます!」
今更ながら新年の挨拶を済ませる。すると、後ろからなぎさちゃんの名前を呼ぶ声が近づいてきた。
「なぎさ……! 急に走り出さないでよ……!」
「ごめん、おねーちゃん」
「みなとだ」
「みなともいたデスね!」
現れたのはみなと。どうやらなぎさちゃんの付き添いで来たようだ。
「みなとさん、こんにちは」
「こんにちは、みやびちゃん……もう、なぎさ、みやびちゃんに抱きつかないの!」
みなとはみやびに抱きついているなぎさちゃんを引き剥がしにかかる。それにやーだー! と抵抗するなぎさちゃん。どうしても離れたくないようだ。
「まあまあ、そんな無理に離さなくても……」
「みやびちゃんの邪魔だし、子供っぽくて恥ずかしいじゃない……」
みなとがため息をついた。うちのみやびがなぎさちゃんの精神安定剤になっているのなら、それはそれでいいんじゃないか? みやびもそんなに迷惑そうにはしてないし。
すると、集団の前の方で警備員の人が声を張り上げた。
「ただいまより、合格発表を始めます! 前の人を押さずに、歩いて掲示板まで移動してください! 合格は逃げませんから、走らないでください!」
次の瞬間、立ち入り制限が解除されたようで、集団が動き出す。
「お、シートが外されたデスね!」
背伸びをして前を見ていたサーシャが、掲示板の白い布が取り払われたことを知らせる。俺も背伸びをして掲示板を見た。
俺の高性能なカメラアイは、掲示板からはかなり距離があるこの位置からでも、はっきりと合格者の番号を識別できた。みやびの受験番号は60213だったよな……。俺はその番号を探していく。
「お、あった」
「みやびの受験番号デスか?」
「うん」
そして見つけてしまった。60213という番号を。見間違いではないし、番号の並び順的にもあっているはずだ。
「もー! なんで先に見つけちゃうのー!」
すると、みやびがバシバシと俺の背中を叩いてきた。
「楽しみがなくなっちゃったじゃん!」
「ご、ごめん……」
みやびがご機嫌斜めになってしまった。ふーんだ、と膨れっ面をしている。
「まあまあ、実際に見てみないとわからないデスよ? ほまれの見間違えという可能性もあるデス」
「それはそれでやだ。私が作ったものがポンコツだって言っているようなものじゃん」
サーシャは苦笑している。この妹、面倒くさい!
一方、なぎさちゃんは不安そうだ。ちょっと顔が青い。
「なぎさちゃん、大丈夫?」
「さすがにキンチョーしてます……」
ついに俺たちは掲示板の前に辿り着いた。周りには自分の番号を見つけて大喜びしている人、逆に番号がなくて泣いている人など様々だ。
みやびは自分の番号を探す。そして、すぐに見つけたようだ。
「お、あった」
「よかったな! みやび!」
「やったーいえーい」
俺は自分の番号を指差すみやびの写真を撮る。合格したのにやけにテンションが低い。やはり俺が先に見つけてしまったせいだろうか……。
一方のなぎさちゃんは、掲示板を見つめたまま微動だにしない。おそらく自分の番号を探しているのだろうが、いっさい表情を変えずに目だけ動かしているので、はたから見るとちょっと怖かった。
すると次の瞬間、なぎさちゃんが叫ぶ。
「あ、あった!」
指差した先には一つの番号。それがなぎさちゃんの受験番号なのだろう。
「やったー! あったよおねーちゃん!」
「おめでとう、なぎさ」
なぎさちゃんはみなとに抱きつく。それからみやびにも突進していった。
「みやびー! あったよー!」
「わふっ」
なぎさちゃんがみやびに思いっきり抱きついた。それを受け止めきれず、みやびは背中から生垣に突っ込んでしまう。
「これで高校でも一緒だねっ!」
「うん、高校でもよろしく……」
「もう、はしゃぎすぎよ!」
みなとがなぎさちゃんを引き離す。みやびとは対照的になぎさちゃんのテンションは爆上がりだった。
「二人とも、合格おめでとうデス!」
「ありがとうございます、サーシャさん!」
「ありがとう、サーシャ」
サーシャからも祝福の言葉が贈られる。それを受けて、二人とも笑顔を見せた。
そして、俺たちは入学手続きの書類を受け取って帰宅した。
こうして、みやびもなぎさちゃんも無事に俺たちの高校に合格し、進学することになったのだった。