「申し訳なかった!」
腕が取れてから二十分後。俺たちは全員風呂から出ると、パジャマを着て部屋に戻っていた。
そして今、俺の目の前では、檜山が床に座って俺に深々と頭を下げていた。
「顔を上げてよ、檜山。別に怒ってないから」
「でもさ……あたしがシャワーを浴びせなければ……」
「それは事故だって。悪意があったわけじゃないでしょ?」
「そうだけど……」
「俺は檜山を許す! はい、これでこの件はおしまい! 解散解散!」
面倒くさくなった俺は、強引に話を打ち切った。このままダラダラやられてもギスギスするだけだし、せっかくの楽しいお泊まり会が台無しだ。
俺がそう宣言したからか、檜山はゆっくりと顔を上げた。横から越智が心配そうに聞いてくる。
「ほまれさん、腕の調子はどうですか……?」
「うん、まあぼちぼちかな」
俺は右手をグーパーして無事をアピールする。
風呂場から出た後、俺はすぐに右腕を元のとおりにはめ込んだ。幸い、部品の変形はなかったようで、見た目は普通の状態になった。
しかし、水がかかってショートした影響か、若干指が動かしづらい。外から見たらたぶんわからないだろうし、生活に影響は出ないだろうが……。手をついた時に滑って変な方向から力が加わったのもそうだが、ツイスターゲームでわざと腕を外したのも原因の一つかもしれない。何にせよ、みやびに連絡しておくか。
「そういえば、今日は布団で寝るデスよね?」
「そーだよ」
そろそろ布団を敷くか、と檜山は呟き立ち上がる。そして、押し入れを開けて布団を取り出していく。
「とりあえず、一列に並べて」
「わかりました」
檜山は布団をホイホイと渡していく。俺たちは荷物を端に寄せると、手際よく布団を敷いていった。
そして、布団が敷き終わると檜山が言う。
「じゃあ、誰がどこで寝るのか決めるか」
「わたしはほまれの隣がいいわ」
「ワタシもデス!」
真っ先に二人がそう宣言した。二人とも、こんなところでバチバチにやり合わなくていいから……。
「……俺は二人の間で寝るよ」
「じゃあ、わたしは入り口に一番近いところで〜」
「わたしはどこでもいいです」
「あたしはみなっちゃんの隣で」
結局、入り口側から順に、飯山、越智、檜山、みなと、俺、サーシャの順番で寝ることになった。
「じゃ、電気消すよー」
檜山がリモコンを操作して、部屋の照明を落とした。一気に部屋の中が暗くなる。
しかし、俺たちの夜はここで終わらない。お泊まり会の夜といえば……恋愛トークだ!
「そういえばなおちゃん、佐田くんとはどうなの?」
遠くから飯山のそんな声が聞こえて、火蓋が切って落とされた。
「……まあ、そこそこ」
「二人とも、よくデートしているよね〜」
「そうですね。この前、駅で二人で歩いているところを見ましたよ」
「えっ! いつ見られたんだ……? アイスの時か、カフェの時か、本屋の時か……」
「相当頻繁にデートしているじゃない」
とりあえず、檜山と佐田がうまくいっていることはよく理解できた。俺は思わず言葉を漏らしてしまう。
「よかったな檜山、半年以来の恋が成就して」
「うるせー……ん? 半年?」
檜山はしばらく黙ると、俺に聞き返してくる。
「天野、あたしあんたに最初に佐田のことが好きって言ったの、十月の修学旅行の直前だったよな?」
あ、マズい。俺はついうっかり口を滑らせたことに気づいた。
俺が初めて檜山が佐田のことが好きだと知ったのは八月。夏休みの旅行の一日目の夜に、恋バナを聞いて知ったのだ。しかし、檜山はその時俺が起きていたとは知らない。それゆえ、檜山からすれば、佐田のことを好きだと最初に俺が知ったのは、修学旅行の直前に自分から話して協力を求めた時ということになっているのだ。
もし俺が人間だったら、今頃冷や汗をダラダラ流していることだろう。俺は平静になるように努めて、口を開いた。
「……ソ、ソウダヨ」
「八月ってことは、夏休みの旅行の恋バナということよね」
「あの時、ほまれちゃんは寝ていたんじゃなかったっけ?」
みなとと飯山が推理を展開していく。ああ、余計なことを言わないでよ君たち! さもないと檜山が……!
「なるほど、そういうことか……」
檜山はとうとう真相に辿り着いてしまったようだ。彼女はゆらりと立ち上がると、俺の枕元までやってくる。その手には、枕が握られていた。
「あの時、起きて盗み聞きしていたんだなー!」
「ごめんって!」
「お仕置きだー!」
「ぐべ」
そして、檜山は俺に思いっきり枕を投げてきた。クリーンヒットした枕で一時的に視界が塞がる。
次の瞬間、胸に嫌な感覚。
「必殺、おっぱい揉み揉みの刑!」
「ぎゃああああああやめえええええ‼︎」
暗くなってからも大騒ぎしながら、夜が更けていく。
ちなみに、これまでいっさい発言していないサーシャは、すでに俺の横でぐっすりと眠っていた。
※
午前六時ちょうど。俺は自動的に目が覚める。
まだ朝日が昇っていないせいか、部屋の中は薄暗い。しばらく目を瞬かせていると、視界がはっきりした。
俺は体を起こそうとする。しかし、両腕が何かにホールドされているようで動かなかった。
まずは右側の状況から確認する。俺は手を動かすと同時に、首を右に傾けた。
「……あ」
すると、目の前にはみなとの顔があった。息がかかりそうなほど近くて、俺はビックリすると同時にドキドキしてしまう。
さらに、俺の右手に柔らかい感覚が伝わる。視線を下に動かすと、俺の手はみなとの胸をガッチリとホールドしてしまっていた。
「んっ……」
みなとが色っぽい声を出したので、俺は慌てて手を離す。そして、今度は左手を動かして、首も左に傾ける。
「……ふぇ」
目の前にはサーシャの顔があり、俺は変な声を出してしまった。こちらもみなとに負けず劣らず近い。綺麗な顔が迫っていて、ドキドキしているせいか頭が熱くなる。
さらに、俺の左手はサーシャの胸に当たっていた。さっきと同じ状況じゃねーか!
「……やぁん」
サーシャが小さく呟いてゴソゴソと体を動かす。俺はバッと手を離すと、再び天井を向いた。
美少女二人に両側からがっちり腕をホールドされて添い寝されているこの状況、よく考えたら最高なのでは……?
「これが、天国かぁ……」
他の人が起きるまで、俺はしばしこの状態を享受するのだった。