「いやー、ゲーム楽しかったなー」
「ね! たのしかった〜」
夕食を食べ終え、俺たちは再び部屋に戻った。
結論から言えば、乱闘ゲームでの俺のハンデは妥当だった。AIは確かに強かったが、いくつかのボタンを押すのに時間がかかるのが、うまい具合にその強さを打ち消してくれたのだ。あの後何戦か行ったが、俺は一回だけ一位になり、あとは中位になったり下位になったり、回によって様々だった。
「お風呂は何時にするのかしら?」
「そうだなー、さっきスイッチを入れてきたけど、三十分くらいかかると思う」
俺は体内時計をチェックする。現在時刻は十九時半だ。
俺は自分の荷物からスマホを取り出して、メッセージアプリを立ち上げる。すると、トーク一覧の一番上にみやびからメッセージが来ている旨が表示されていた。タップして詳細を確認する。
『試験終わって家に帰ったよ。余裕だった(ピース)』
「……よかった」
俺は思わずそう漏らしてしまった。メッセージの送信時刻は十七時半。特に心配する必要はなかったようだ。
ここで気になるのはなぎさちゃんだ。俺はクッションにもたれてスマホをいじるみなとに近づく。
「ねえみなと」
「何?」
「なぎさちゃんは、大丈夫かな」
「どうかしらね……さっき五分五分だってメッセージが来たけれど」
そう言って、みなとはなぎさちゃんとのトーク画面を見せてくれる。確かに、文章からは自信なさげな様子が伝わってくる。
「どうしたデスか?」
「みやびの受験が終わったみたいでさ。なぎさちゃんはどうかなーって」
「みやびちゃん……ってほまれちゃんの妹だよね? どこ受験したの?」
「ウチだよ」
「え、そうだったの⁉︎」
飯山が驚きの声をあげる。そうか、飯山はみやびと面識はあるけど、受験に関してはまったく知らないんだっけ。
「確か、みなっちゃんの妹もここを受験したんだよね?」
「ええ。そうね」
「意外と兄弟姉妹で受験する人って多いんですよね。わたしもそうですし」
「越智には兄弟姉妹がいるの?」
「はい、兄が一人。もう卒業していますがここの高校出身です」
越智は兄弟姉妹の下のパターンだった。それにしても、越智に兄弟がいるなんて知らなかった。また意外な事実が一つ判明したのだった。
しばらく時間が経ち、午後八時になると、檜山が号令をかける。
「よし、それじゃ風呂行くか。荷物持って。皆行くよー」
俺たちは風呂用具を持つと檜山についていく。一階に下りるとそのまま奥の方へ進んだ。
「ここが脱衣所ね」
そう案内された部屋は、まるで温泉施設の脱衣所のようだった。2×3の小さなロッカーが壁際にあり、反対側には洗濯機と洗面台がある。マジで本当に個人宅かよ……。
ここで俺はふと不安になって尋ねる。
「檜山、お風呂に六人も一斉に入れるの?」
「入れるよ。中見る?」
そう言って、檜山は風呂場に繋がるドアを開けた。俺はその中を覗き込む。
「うわ、すっげ……」
風呂場にはシャワーが三つ並んで設置されている。そして湯船も広い。六人なら余裕で一斉に浸かれるだろう。
「でも、シャワーは三つしかないわね」
すると、俺の後ろからみなとの声がする。振り返ってみると、すでに服をすべて脱いでいた。俺の背中にのしかかって中を覗いている。俺は慌てて顔を前に戻した。
「あー確かに。だったら時間をずらして三人ずつ入るか」
「そうね、それがいいわね」
「じゃあ……みなっちゃんと、天野と……それからもう脱いでいるサーシャ、先に入って体洗って」
「わかったデス!」
そう言って、サーシャとみなとはさっさと風呂場に入っていく。
「天野もさっさと入って。あたしたちはちょっと待ってるから」
「わ、わかった」
俺は急いで服を脱ぐとロッカーに詰め込み、体を洗うタオルを持って風呂場に入る。
先に入った二人は早速体を洗い始めていた。ご丁寧に真ん中を開けてくれていたので、俺はそこに座ると早速体を洗い始める。
もしかしたら二人とも俺の体を触ってくるかも……と少し身構えていたが、結論から言えばそれは杞憂だった。どうやらスキーに行った時、温泉施設でガツンと言ったのが効いたらしい。俺は特に何もされることなく体を洗い終えると、湯船に浸かった。
「もういい〜?」
「大丈夫デス!」
「入っていいわよ」
残る二人も湯船に入ると、ドアの向こうから飯山の声が聞こえる。二人がそう返事をすると、ガチャリとドアが開いて三人が入ってきた。
「おお〜、本当に広いね〜」
「なおさんのお家って、もしかして元旅館か何かですか?」
「いやいや違うって」
そんなことを話しながら三人は体を洗い始めた。
と、ここで俺は自分の体温がかなり上昇してきたのを検知した。そろそろ出なければ、オーバーヒートして動けなくなってしまう……。
「じゃあ、俺は先に出るよ」
サバーっと音を立てながら立ち上がると、俺は浴槽から出る。そしてペタペタと脱衣所のドアへと向かった。
そして、あと一歩でドアというところで事件は起きた。
何の前触れもなく、俺が踏み出した右足がツルンと滑る。
「お、わぁ!」
慌てて体勢を立て直そうとするがもう遅い。俺は倒れてしまう。
この時、俺は少しでも体に入るダメージを小さくしようと、反射的に前に右手を突き出していた。
そして、狙いどおりに右手をつく。しかし、その右手もツルッと滑ってしまった。
その結果、右手に変な方向から体重がかかってしまう。それが悲劇を招いた。
次の瞬間、バキッという音がして、右腕が途中から取れた。捻るように手をついて力が変な方向にかかったせいで、右腕のロックが解除されたのだ。
内部のメカがあらわになり、びよーんと配線が伸びる。そして、外れた右手はつるーんと床を滑っていった。
しかし、悲劇はここでは終わらない。
「ど、どうした天野!」
次の瞬間、一番ドアに近い側で体を洗っていた檜山が立ち上がってこちらを向く。その手にはお湯が出しっぱなしのシャワー。
そのシャワーから出るお湯が、俺の腕の接合部に思いっきりかかった。
「ミ゛aあああåå∂∆´¶§2!!???」
腕からバチバチと火花が散り、電子頭脳の感覚処理部分に過大な電流が流れて、俺は叫び声をあげる。思いっきりショートしてしまったようだ。
「どどどどうしよ」
「なおさん、まずはシャワーを止めて!」
「あ、ああ」
檜山の隣に座っていた越智が身を乗り出して、シャワーの栓を閉める。
「ほまれちゃん、大丈夫⁉︎」
「ひなた! ストップデス! 感電するかもデス!」
近寄ろうとした飯山に、風呂から上がったサーシャがストップをかけた。
「でも、ほまれちゃんが……!」
「落ち着くデス……バスタオルを取るデス」
サーシャは俺の近くまで近寄ると、つま先立ちをして脱衣所のドアを開ける。そして、ドアの近くに置いてあったバスタオルをなんとか掴み取ると、俺の体にバッとかけた。
「ほまれ、自分で体の水分、拭き取れるデスか?」
「う、うん……」
俺は動く左手を使ってゆっくりと起き上がると、バスタオルを使って体の水分を拭き取る。特に右手の接合部分は念入りに拭く。それに伴って、ビリビリした感覚は徐々におさまっていった。
「ほまれ、大丈夫……?」
心配そうにみなとが遠くから尋ねる。
「うん、ひとまずは大丈夫かな。ちょっと、外出てるね」
俺は右手を回収すると、風呂場を出たのだった。