俺たちは檜山を先頭に、彼女の家に入る。
外見だけでも豪華なことはわかるが、中に入って最初に目につく玄関からもそれが伝わってくる。まず、広さが段違いなのだ。
靴をしまうと、俺たちは廊下を進む。その途中でリビングがチラッと見えたが、それもとんでもなく広い。天井を見ると、飯山の言うとおりシーリングファンが回っていた。
階段で二階に上がると、そのうちの一室に案内される。
「とりあえず荷物はここに置いて」
「ここは?」
「客間。今日はここに泊まるよ」
俺は荷物を部屋の隅に置いて辺りを見回す。夏休みの旅行で一日目に泊まった旅館の部屋くらいの広さだ。ただ、旅館よりこちらの方が圧倒的に生活感があった。壁際にはデスクやテレビがあり、本棚には小説や漫画の他、DVDやゲームソフトなどいろいろ収納されている。本当にここが個人宅の一室なのか疑いたくなる。
「話には聞いていたけど、なおの家って本当に豪邸なのね……」
「金持ちデスね!」
「いやいや、ウチはそんな金持ちじゃないし豪邸でもないってば」
「わたしからしてみれば、十分豪邸の部類に入りますよ」
「そうだよ〜」
俺以外のメンバーも、檜山家が裕福でここが豪邸であることをひしひしと感じているようだった。
とりあえず、上着をしまうと手を洗って部屋に戻る。
全員が揃ったところで、俺は切り出した。
「で、まずは何をするの?」
すると、檜山が不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふ、実はあらかじめ皆で遊ぶゲームを選んでおいたんだ」
そう言って、檜山はクローゼットから大きな箱を引っ張り出した。そして、変な口調で表面に書いてある名前を読み上げる。
「てってれ〜ツイスターゲーム〜」
「おお〜ツイスターゲームかぁ」
飯山がそれに乗っかってパチパチと拍手を送る。
「ツイスターゲームデスか! 知ってるデスよ!」
サーシャも知っているようだ。一方、みなとと越智は知らないようで、首を傾げている。
「ツイスターゲーム?」
「初めて聞きました」
俺も初めて聞くゲームだ。いったいどんなゲームなのだろうか。
「それはどんなゲームなの?」
「こんなふうに四色の丸がそれぞれ六個ずつあるマットの上に、両手両足を乗せていくゲーム。ただし、手足を乗せるときは、どの色にどの部位を乗せるか指示があるから、それに従わなきゃいけないんだ。両手両足以外のところが着いたり、丸からはみ出したりしたらアウト!」
檜山は部屋の真ん中にマットを敷いて、四隅を重しで固定しながら説明を続ける。
「出す指示はこのルーレットで決めるよ。今回は……そうだな、三人くらいずつで一斉にやるか。まあ、ものは試しということで、まず知っている人からやってみよっか。あたしとひなとサーシャが最初にやって手本を見せるよ。二人ともいい?」
「おっけ〜」
「了解デス!」
二人はマットを挟んで反対側に移動する。そして、檜山が俺の目の前にルーレットを二つ置いた。それぞれ、赤・青・黄・緑と色の名前と、左手・右手・左足・右足と体の部位の名前が書かれている。
「まずはじゃんけんで順番を決めるか」
じゃんけんの結果、一番目は檜山、二番目がサーシャ、三番目が飯山になった。三人は、それぞれ異なる辺の真ん中にある丸を二つずつ踏んで立つ。これが初期状態のようだ。
「そんじゃ天野、ルーレットを一回ずつ回して」
「わかった」
俺はそれぞれルーレットを回す。
「何が出た?」
「左手と赤色」
「左手と赤色だから……こんな感じかな」
すると、檜山は前屈みになると、左手を赤丸の上に置く。四つん這いで突っ張っている状態から、右手を上げたような姿勢だ。
「じゃあルーレットを次の人に回して、同じように進めていって」
俺は隣にいたみなとにルーレットを渡す。みなとが勢いよくルーレットを回し、シャーという音が室内に響く。
「右足・赤色ね」
「ではこんな感じデスか……!」
すると、サーシャが思いっきり開脚して右足を赤丸の上に乗せる。体が硬い人がやると悲惨なことになりそうだが、サーシャは柔らかいらしく、特につらそうには見えなかった。
「では次はわたしですね」
続いて越智がルーレットを回す。
「黄色と左足です」
「お、楽ちんだ〜」
飯山はすいっと体を九十度回転させただけだった。二人に比べれば圧倒的に楽な移動で済んでいる。
「こんな感じで進めていって、最後まで残っていたら勝ちってこと! ルールわかった?」
「わかったわ」
「わかりました」
「わかった」
「……とりあえず天野、ルーレット回してくれない? この姿勢、結構きつい」
「ごめんごめん」
ルールはかなり単純だ。しかし、このゲームの真のえげつなさは、回を進めるごとにあらわになっていった。
俺の手元にルーレットが回ってくる。これからついに十周目だ。しかし、目の前のマットの上はとんでもない状況になっていた。
「ぐおおおお」
「う……ちょっとなお、もう少し頑張ってくれデス!」
「二人ともがんばれ〜」
マットの外では呑気に応援する飯山。彼女は六周目でバランスを崩してリタイアしていた。
一方、残っている二人はというと、とんでもない格好で耐えていた。
檜山はブリッジして、両手両足を大きく広げている。一方のサーシャはその下に半身を滑り込ませ、なんとか丸をタッチしている状況だ。
このツイスターゲームでは、ときどき人体の構造を無視したような指示が出る。その指示に無理やり従うことで、とんでもない姿勢になるのだ。さらに、忘れてはいけないのが、マットの上にいるのは一人ではないということだ。他の人も指示に従わなくちゃいけないので、股の下をくぐったり腕や足を交差させたりすることもある。
その結果、俺の目の前にはとんでもなくカオスな状況ができあがってしまったのだった。
「天野……! 早く回して……!」
「青色と右手」
「ちょ、それは無理……! あっ」
「Ай!」
次の瞬間、檜山がバランスを崩して仰向けに倒れた。それに巻き添えを喰らう形で、サーシャの肘も地面につく。
「……これはどっちの勝ちですか?」
「いてて……指示が遂行できなかったから、あたしの負けでサーシャの勝ち」
「勝ったデス! ……ワタシも倒れたのでなんか釈然としないデスが」
今のプレイを見てゲームのルールは理解できた。
「それじゃあ次はほまれちゃんたちの番だね」
というわけで、今度は俺・みなと・越智の三人で挑戦だ。じゃんけんの結果、一番目がみなと、二番目が越智、三番目が俺という順番になった。
「それじゃあ、始めるよ〜!」
まずは飯山がルーレットを回す。そこからの流れはさっきと同じだ。ルーレットを回して、出た指示に従って両手両足を置いていく。
しばらくすると、先ほどと同様に俺たちはかなり無理のある姿勢を取らざるをえなくなった。
俺はしりもちをつきかけたような、手を後ろについたポーズ。みなとは俺の正面で前のめりに四つん這い。越智は両手両足を全部同じ色に置いて、半身を起こしたようなポーズ。プルプルと震えている。
次はみなとの番だ。ルーレットを回した飯山が宣言する。
「みなとちゃんは……赤色の左手!」
「赤の左手……⁉︎」
みなとは一瞬困惑すると、勢いよく左手を赤色の丸に置く。
「わっ……!」
すると、みなとの顔がちょうど俺の脚の間にきた。このまま太ももで顔を挟めそうだな……。
外野もそう感じたようで、サーシャがぼやく。
「なんかいかがわしいデスね……」
「そうだな。みなっちゃんが天野の股間に突っ込んでいるように見える」
「ちょ、なお! ストレートに言い過ぎよ!」
みなとが顔を真っ赤にして檜山を窘める。やっぱりみなとも気にしているんだ……。
一方で、越智にはそんなツッコミをしている余裕はないようだ。プルプル震えながら苦しそうな声でサーシャに訴える。
「サーシャさん……早く、ルーレットを……」
「ごめんデス! えーと、赤の右手デス!」
「ええっ!」
越智は何度も俺たちの方に視線を送る。しかし、越智の今の体勢からその指示を遂行するのは、無理ゲーだった。
「ごめんなさい、ここでリタイアです」
越智はその場に崩れ落ちた。残るは俺とみなとだけだ。
「そんじゃ、次は天野の番ね……右手黄色!」
「右手黄色⁉︎」
無理な指示が来た。丸からその他の手足を出さずに、今の体勢から右手を黄色の丸に置けと⁉︎ どう考えても無理だ。
越智みたいにギブアップするか……。
そう諦めようとしたその瞬間、俺の頭に一つのアイデアが降ってきた。
待てよ、この方法ならいけるかもしれない……!
俺はまず、左手をいったん持ち上げて右腕の肘部分を掴む。そして思いきり右腕を捻った。
ガチン、と何かが外れるような音がした。よし、狙いどおりだ。
俺は左手を戻す。そして体を左に傾けると、その勢いで右手を大きく振った。
次の瞬間、遠心力で俺の右腕の肘関節から先が外れた。中から金属のパーツが現れ、配線がびよーんと伸びる。
そして、右腕が黄色の丸の上に落ちるように調整する。体からは外れているとはいえ、配線自体は繋がっているので、右手は動かせる。そのため、右手が黄色の丸の上についた瞬間、マットをギュッと掴み、そのまま腕が倒れないようにバランスをとった。
「え、ちょ、何をしてんの天野⁉︎」
「ふふふ、これでどうだ! ルールには反してないでしょ⁉︎」
「確かにルールには反していませんが……」
「ズルデスよ! さすがになしデス!」
「えー……」
確かにズルと言われても仕方がない。いいアイデアだと思ったんだけどな……。
しかし、思わぬところから援護射撃が来た。
「私は別にこのまま続けてもらっても構わないわ」
「……いいの、みなっちゃん?」
「ええ。この方が面白いじゃない」
みなとは平然とそう言いきった。それが、自分は余裕だけど、と煽っているように聞こえて、俺は燃える。
「よし、みなとには絶対に勝つぞ!」
「望むところよ!」
ちなみに、結局俺はみなとに負けた。