「それじゃあ、行ってくるね」
受験当日の朝七時。玄関で靴を履くみやびを俺とサーシャは見送る。
「いつもどおりにな」
「わかってるよ」
「何かあったらスマホに連絡するんだぞ」
「わかってるって」
「みやび、頑張るデスよ〜!」
「ありがとうサーシャ。それじゃ、行ってきます!」
そして、みやびの姿は閉まるドアの向こうに消えた。
みやびを見送った後、サーシャが俺に声をかける。
「ワタシたちも準備するデス」
「そうだね」
俺たちは自分たちの部屋に戻ると、お泊まり会の支度を始める。前日にほとんど準備を終えていたので、やることといえば荷物のチェックや忘れたものを荷物に詰めることくらいだった。
そして、時間になったので俺たちは荷物を持って出発する。
檜山の家は、学校の最寄りのJRの駅から一駅離れたところにある。しかし、事前の打ち合わせでは、いったん全員で学校の最寄りのJRの駅の改札前に集合することになっていた。
電車に乗っていると、窓の外で雪が降り始めたのが見えた。
「雪、降り始めたデスね」
「そうだね」
この時間なら、もうみやびは受験会場に着いているだろう。雪が降り始めるのが遅くてよかった。心配なのは帰りだが、天気予報では今日の雪は夕方には止むそうだから、きっと大丈夫だろう。
最近はよく雪が降る。二日前にも大雪が降って、かなり積もったところだ。ここ最近気温が低いことも相まって、道路によってはまだたくさんの雪が残っている。
そうこうしているうちに、俺たちは集合場所の駅に到着した。改札を出ると、すでに皆が揃っているのが見える。
「おはようデス!」
「おはよう」
そこには飯山、檜山、そしてみなとがいた。
「おはよ〜」
「おはようございます」
「おはよう」
三人も俺たちを見つけたようだ。
「ほまれ、来れたのね」
「うん。みやびが大丈夫だって言ってたから」
「そう。確かにみやびちゃんならメンタル強そうだし、頭もいいから落ちそうにないわね」
「なぎさちゃんはどう?」
「なぎさは……あんまり自信なさげだったわ。受かっていればいいのだけど……」
やはり姉としては心配なようだ。なぎさちゃんも受かればいいのだが……。
そんな話をしていると、集合時間ちょうどに檜山がやってきた。
「おはよー、皆早いなー」
しれっと今日の主役は最後に登場した。そして、改札を出てこちらに到着すると、間髪入れずにまた改札の方に足を向ける。
「よし、それじゃあ行くか!」
「お〜!」
「楽しみですね」
俺たちは先ほど出た改札から再び駅の中に入ると、電車に乗って一駅先で降りる。
ここは初めて降りる駅だった。周りに商業施設や学校が集まっているさっきの駅とは違い、この駅の周辺は住宅街が広がっている。俺の家の最寄り駅と同じような雰囲気だ。
「雪が止んでる今のうちに行っちゃうか」
足早に駅を出ると、俺たちは檜山を先頭に住宅街の中を歩いていく。あまり除雪がされていないのか、車道にはかなり雪が残っており、轍がくっきりと現れていた。
「檜山の家ってどんな感じなんだろう……」
「おっきいお家だよ!」
「飯山は行ったことあるの?」
「うん! 三階建てで、一階のリビングには天井からプロペラがついているんだよ」
「……シーリングファンのことか」
「そう、それ!」
確かに、五人も友達が泊まれるのだからかなり大きいだろう。もしかして、檜山家ってお金持ちなのか?
「着いた。あれがあたしん家」
檜山が指差した方向に視線を向けると、そこには確かに豪邸があった。
住宅街の中にある大きな一軒家だ。白い塀の向こうには広い庭があり、その向こうに三階建てのモダンな建物が見える。同じ一軒家住まいとはいえ、格の違いを感じる。
そのまま檜山の家に入りたいところだったが、その前に立ちはだかっているものがあった。
「車が停まっているな……」
「これじゃ入れないデス」
檜山の家の正門の前に、一台の黒い車がテールランプを点滅させて停まっている。道路の左端に門を塞ぐようにピッタリと停車しているので、俺たちは中に入りたくても入れない。
「一応、運転席に人は乗っているみたいね」
「んじゃ、ちょっと話してくるわ」
檜山が車に駆け寄っていく。そして、運転席側の窓をノックする。すると、ウィーンとウィンドウが開いた。
「すいません、この家の住人なんすけど、入れないので移動してもらっていいすか?」
檜山がそう切り出して会話を始める。そして二言三言何かを話した後、こちらに戻ってきた。
「なんかね、車が動かないんだってさ。それで申し訳ないけどレッカー車が来るまで待ってくれだって」
なるほど。つまり、車を動かすことはできないと。
「ここの他に出入り口はありませんか?」
「いや、ない」
「それは困ったわね」
「車が動かないと入れないデス」
「こんな寒い中、レッカー車が来るまで待つのはつらいよ〜」
空を見上げると、今にもまた雪が降り出しそうだ。暖かい家を目前にして、寒い外で足止めを喰らうのは精神的にも肉体的にもきつい。
「なんとか車を動かせればいいのですが……」
越智がそう言って黙り込む。その言葉で、みなとは何か思いついたようだった。
「そうよ、車を動かせばいいのよ」
「でも動かせないって言ってたし」
「それはエンジンで、ということでしょう? 外から押して動かせばいいのよ」
「でも、ワタシたちの力で動かせるとは思えな……あ」
「そうよ、こっちにはほまれがいるのよ。アンドロイドのほまれが」
「「「「あ〜」」」」
突如皆に注目される俺。確かに、俺の人間離れした力をもってすれば、不可能ではないかもしれない。
「それに、車をどかす距離だってそんな長くはないはずよ。私たちが入れるくらいのスペースを確保できればいいもの」
「確かにそうだな。門の鍵と入る場所を考えると、だいたい一メートルくらいずらせればいいかな」
檜山が門を見ながらそう言う。そして、今度は俺の方に向き直る。
「天野、行けそう?」
俺は門の前に停まっている車を見る。軽自動車だから、車の中では比較的軽い方だろう。本気を出せば多少動かせる可能性がある。
「……やってみるよ」
「わかった。皆も協力して」
そう言って、檜山は再び車の運転席の方に向かった。
俺たちは車の後方で待機する。すると、檜山と運転者の女性が車から降りてきた。どうやら檜山は車の安全を確認する役割に徹するようだ。
「押してOKだって!」
「わかった! よし、じゃあせーので押すよ。準備はいい?」
「いいですよ」
「いいわよ」
「いいデス」
「いいよ〜」
「いくよ! せーのっ!」
俺たちは一斉にバックドアやリアバンパーを押す。しかし、なかなか車は動かない。周りからは皆の苦しそうな声が漏れる。
俺もなりふり構っていられない! AIを起動して本気を出すしかない!
体の操作をAIに切り替える。次の瞬間、体の中から爆発的なエネルギーが湧き上がってくるのを感じた。
腕や足からギギギギと金属が擦れるような嫌な音が響き、ブルブルと震える。出力は百パーセント……いや百二十パーセントに到達しようとしていた。本来ならリミッターで制限されているのを、無理やり解除しているのだ。そのため、俺の体は軋んで崩壊への道を歩み始めている。
俺の体が限界を迎えるか、それより先に車が動くか。究極のバトルが始まっていた。
次の瞬間、車が微かに前に動く。俺はその一瞬のチャンスを逃さなかった。
「動いた!」
檜山の声が聞こえる。ゆっくりだが、確実に軽自動車は前へ動いていた。
「も、もう限界……」
最初に脱落したのは飯山だった。ついで、手のつく位置が悪かった越智も車から手を離す。
すると、押す力が弱まった車は再び止まってしまった。ここらで限界だ、と俺もAIから体のコントロールを切り替える。
しかし、振り返ってみれば、俺たちは車をかなりの距離動かすことに成功していた。目標は一メートルほどだったが、最終的には三メートルほど動かせた。当初は車に隠れて見えなかった檜山家の正門は、その全容を俺たちの前に曝け出していた。
すると、ここでレッカー車が到着する。運転者の女性は、俺たちにお礼を言って、レッカー車の作業員と話しにいった。
「よし、無事に解決したね」
檜山はそう言うと、門をガラガラと開けると俺たちに向き直る。
「では改めて、ようこそ! ゆっくりしていってくれよな!」