思わぬ二人の登場に、俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。
ボールを投げ終えこちらにやってきたみなとも、二人に気づく。
「あら、いおりにひなたじゃない。偶然ね」
「そうですね」
「やっほ〜」
二人は空いていた俺たちの右隣のレーンを使うようだった。
学校の近くではあるけど、まさかこんなところで二人に会うとは、完全に予想外だった。
「二人もボウリングしにきたんだね」
「そうです。ここは今月末に閉店してしまうそうなので、最後にボウリングをしようと思って来ました」
「え、閉店しちゃうの?」
「はい」
マジか、それは知らなかった……。
「それにしても、かなり珍しい組み合わせね」
「そうかなぁ?」
みなとの発言に、飯山が首を傾げる。
確かに、この二人だけが一緒にいるところは見たことがない。俺やみなと、檜山と集団で一緒にいることはあったが……二人だけというのは初めて見た。
「二人だけでいるというのは初めて見たわ」
俺と同じことをみなとも思っていたようだ。
すると、越智は顎に手を当てて考える。
「……確かにそうかもしれませんね」
「どっちから誘ったの?」
「わたしからです。ボウリングをする予定だという話をしていたら、流れでひなたさんもやりたいとなったので」
「いおりちゃん、ボウリングガチ勢なんだって!」
「ガチ勢……というほどではないと思いますが、他の人よりボウリングに行く回数は多いと思います」
そうなのか⁉︎ 確かに彼女が持っているボールは、この施設にあるどのボールとも違うデザインだ。それに、シューズも俺たちや飯山が履いているものとは違う。いわゆる、マイボール、マイシューズというやつだろうか。
「それで、いおりちゃんに教えてもらおっかな〜って」
「へぇ、私も教えてもらおうかしら。今から新しくゲームを始めるし」
俺たちはちょうど一ゲーム目が終わったところだ。仕切り直して始めるにはちょうどいいタイミングである。
「どれだけ自分のスコアが伸びるか、試してみたいわね」
「ほまれちゃんはどうするの?」
「俺は……ちょっとやりたいことがあるから、いったん自力でやってみるよ」
自力というか、自力ではないというか……。とにかく、越智のボウリング講座にはとても興味があるが、それより先にやりたいことが一つあるのだ。
「わかりました。では、早速始めますか」
隣のレーンで、飯山と越智がゲームを始める。こちらはあと一ゲーム分残っているので、まずはそのまま二つのレーンで、同時にゲームを進めることにする。
操作盤をいじって、二ゲーム目にスコアボードを変えていると、早速隣のレーンで越智が投げるようだった。
彼女はボールを両手で抱えるように持って構えている。片手で構える俺たちとは違う投げ方だ。
そして、越智はステップを踏んで、ボールを腰の横に回すようにして上げて勢いをつけると、放球した。
ボールはレーンに対してかなりの角度で侵入する。このままだとガターに突っ込んでしまいそうだ。
そう思って見守っていると、ボールの軌道がレーンの真ん中あたりからぐにゃりと勢いよく曲がった。
「お」
「え」
「スゴ〜!」
そして、ボールは見事にピンをすべて薙ぎ倒した。ストライクだ。
ものすごくキレキレのカーブだった。ボウリングであんなカーブを出すことってできるんだな。
「今の投げ方なに⁉︎ はじめてみたよ〜!」
「両手投げです。わたしの場合はこの方がよく倒れるので」
「スゴく曲がったわね」
「この投げ方だと簡単に回転がつけられるんです」
早速、みなとと飯山は、越智に両手投げのやり方を教えてもらっている。一方の俺は、十六ポンドのボールを戻して、十ポンドのボールを持ってくる。これで、今から試すことの準備は万端だ。
「ところで、ほまれのやりたいことって何かしら?」
「えっとね、もしAIが投げたらどのくらいスコアが伸びるかなーって思って」
単純に気になる。俺の予想としては、パーフェクトまではいかなくとも、ストライクがかなり出せるのではないかと思っているのだが……実際にやってみないとわからない。
「面白そうですね。わたしも負けていられませんね」
「勝負だね〜!」
それを聞いた越智が乗っかってきた。
俺はAIを起動して、体の操作を任せる。すると、『俺』はせっかく持って来た球を戻しにいった。
「どこ行くのよ」
「球を変えます」
そう言いながら『俺』が選んだのは、左利き用のボールだった。
俺が持って来たボールに、左利きの飯山が目ざとく気づく。
「あれ、ほまれちゃん左利きのボールでいいの?」
「はい」
なるほど、さっき重い球で無茶をして投げて、右手が外れてしまった影響だな……。また右手で投げて手がすっぽ抜けたら危険だから、今回は左手で投げることにしたのか。
もちろん、俺は右利きだが、AIなら左投げでも問題はないだろう。
俺は無言で構えると、勢いよくボールを投げる。
ボールはまっすぐに綺麗な軌道を描くと、そのままピンをすべて薙ぎ倒した。
「さすがね」
「スゴいよ、ほまれちゃん!」
『俺』はそれに特に反応することなく、席に戻ると早々にスリープモードに入った。もうちょっと協調性をだな……。
俺がスリープモードで座っている間に、みなとと飯山は越智からボールの投げ方をレクチャーしてもらっている。
「こう?」
「もうちょっと上です」
「……こう?」
「そんな感じです」
「こうかしら」
「いい感じです、みなとさん」
二人は何度もボールの投げ方やタイミングを練習する。まだ投げるフリで実際に投げてはいないが、かなり様になっている。
「では投げてみましょうか」
「は〜い」
「わかったわ」
二人はほぼ同時に投げる。すると、どちらもボールがぐいーんと途中で急カーブを描いた。
「おお、スゴい!」
「かなり曲がるわね」
残念ながらストライクにはならなかったが、二人はその曲がり具合に驚いている。
「いい調子です。あとはコントロールにも注意していきましょう」
二人が練習している一方で、『俺』と越智はスコアの勝負を繰り広げる。
とりあえず両方とも五回までは投げたが、今のところは全部ストライクだ。
「なかなかいい勝負ですね……」
「…………」
かなり神経を使うのか、越智の額には汗が浮かんでいる。一方の俺は無表情。そりゃAIなのだから疲れるはずがない。
「いおりのベストスコアっていくつなのかしら?」
「二百三十五です」
「にひゃ……プロじゃん!」
「そんな、まだまだですよ」
二百三十五って、ストライクやスペアでほとんどのフレームを埋めないと達成できないスコアだぞ⁉︎ ここまで取れるのならガチ勢と呼ぶに相応しいだろう。
次に投げるのは、みなと、そして飯山だ。すると、ここで飯山がストライクを取る。
「やった〜! ぜんぶ倒れた!」
「スゴいです! やりましたね!」
「私も負けてられないわね」
次にみなとが投げる。いい感じのコースに入ったが、七番ピンを残して惜しくもストライクにはならなかった。
「ああ、惜しいわ!」
「あと少しですね。今の感じで投げればストライクは取れると思いますよ」
二人はこの短時間でかなり上達していた。
それからさらにゲームが進み、八回目。ここで越智が初めてストライクを逃した。二本のピンが残っているのを見て、残念そうに膝をつく。
「ああっ! やってしまいました……!」
「ドンマイ、いおりちゃん……」
一方の『俺』は、またストライク。これで八回連続だ。二回連続のストライクはダブル、三回連続はターキーと呼ぶのは知っているが、八回連続は何と呼ぶんだろうか……?
「ほまれさんはこれでエイトスですね……ここまで来たら、パーフェクトを目指してほしいところです」
エイトスというのか。なるほど、勉強になった。
俺も越智と同じ気持ちで、パーフェクトを取りたいところだ。AIよ、頑張ってくれ!
「…………」
その後もストライクを取り続け、ついに十二回目。残るストライクはあと一つになった。
この頃になると、俺たちだけではなく周りの人も『俺』がパーフェクトに王手をかけていることに気づいたようで、ちょっとした人だかりができていた。普通の人間ならこの状況に心をかき乱されるだろう。実際俺もかなり緊張していた。
しかし、今俺の体を操っているのはAIだ。AIはそんな周りの状況なんか気にしない。今までどおり、一本でも多くピンを倒すようにボールを投げるだけだ。
投球。
俺の左手からまっすぐ放たれた十ポンドのボールは、ゴロゴロとまっすぐ転がっていく。
ボールがピンに当たる。
そして、ボールが通り過ぎたところには、ピンは一つも残っていなかった。
画面に『パーフェクト』と表示される。周りからは拍手喝采が送られる。
『俺』は見事、パーフェクトゲームを達成したのだった。