翌日、日曜日の午前九時半。俺とみなとは近所のボウリング場の前にいた。
俺のポケットの中には、昨日家に届いたボウリングの二ゲーム無料券が二枚入っている。昨日みやびとサーシャに相談した結果了承を得られたので、みなととのボウリングデートに使うことにしたのだ。期限もあと一ヶ月と、父さんや母さんが旅行から帰ってくる前だったしね。
みなとと二人きりでデートをするのは、クリスマスのイルミネーションを見に行った時以来、およそ三週間ぶりといったところだろうか。その間にいろんなことがあったので、なんだかそれ以上に時間が経過しているように思える。ちなみに、ボウリング場へデートしに行くのは今日が初めてだ。
俺は、建物の屋上に聳え立つ巨大なボウリングのピンを見上げながらみなとに尋ねる。
「みなとはボウリングしたことある?」
「あるわよ。……といっても、かなり昔に家族で行ったきりだけどね。ほまれは?」
「俺もあるけど、最後に行ったのは三年前くらいかな」
中学生の時、部活の打ち上げでボウリングをしにいった覚えがある。しかし、それきりボウリング場に足を運んだ記憶はなかった。
俺たちは建物の中に入り、受付へ向かう。チケットを出して処理してもらっている背後で、投げられたボールが床にぶつかる重い音、そしてピンを弾き飛ばす時特有の甲高い音が聞こえてきた。ボウリング場といえばこれだよこれ! 俺は一気にボウリング場特有の雰囲気に飲み込まれた。
受付を済ませた後、俺たちはシューズを借りる場所へ向かう。ボウリングガチ勢は自分のシューズを持っているそうだが、俺たちは二人とも違うので、大人しくシューズを借りることにした。
俺が靴のサイズを選んでボタンを押すと、みなとが少々意外そうな声を出した。
「ほまれって、私より足のサイズが小さいのね」
「ああ、うん。体のサイズが小さくなったからね」
初めてこの体になった時は、靴のサイズも合わなくなって苦労したものだ。外出用の靴は、研究所で貰った靴やみやびが昔使っていた靴を借りていたっけ。上履きも最初は合わなかったけど、すぐに変えてもらったんだったな……。今となっては懐かしい。
俺たちは靴を持って、指定されたレーンへ向かう。俺たちが使うのは端っこのレーンで、左隣は壁、右隣は誰もいない。周りを見ると、レーンはあまり埋まっていないようだった。
画面を見ると、すでに『ほまれ』『みなと』と二人分のスコアボードが表示されている。順番は俺からだった。
靴を履き替えると、次はボール選びだ。ボウリングガチ勢は自分のボールを持っているそうだが、俺たちは二人とも違うので、大人しくボウリング場のボールを使うことにする。
ボール置き場にはいろいろな重さのボールが並べられていた。一番軽いもので六ポンド、重たいもので十六ポンドだった。『ポンド』なんてボウリング場でしか見ない単位だから、いまいちどのくらいの重さなのかよくわからないんだよなぁ……。
俺はいったい何ポンドを使っていたんだっけ? 俺はしばらくウロウロしていろんなボールを持ってみる。もちろん、ただ持てるだけではダメだ。ゲームではそれをコントロールよく投げなければいけないからだ。
「みなとは何ポンドにするの?」
「私はこれにするわ」
彼女はもう選び終わっていたようだ。見ると、十ポンドのボールを手に持っている。
「どれがいいかなぁ……」
「一般的には、自分の体重の一割くらいの重さがいいと言われているわね。……まあ、ほまれは力持ちだし、いろいろ試してみたらいいんじゃないかしら? 別に途中でボールを変えてはいけないというルールはないのだし」
「確かに」
とりあえずこれ以上考えてもよくわからない、という結論に達した俺は、みなとと同じ十ポンドのボールを手にして、自分のレーンに戻ることにした。ちなみに、俺に内蔵されている重量測定機能によると、このボールの重さは四キロ五百三十グラムだった。
というか、今の話のとおりだとすると、みなとの体重はおよそ百ポンドっていうことになるよな……。
「ごめん、お待たせ」
レーンに戻ると、みなとが座って待っていた。そうか、俺から投げるんだった。
俺はボールを構えて、まっすぐボウリングピンを見据える。
ふー、と息を吐くと、スサササと足を運び、そして放球。
ゴロゴロと転がり、右から二番目の三角マークの上を通過したボールは、そのまま一番ピンと三番ピンの間に吸い込まれるような軌道を描いた。
ピンが倒れる音がする。次の瞬間、レーンの上に立っているピンは一つも残っていなかった。
「よしっ!」
「スゴいわ、ほまれ!」
俺はみなととハイタッチ。早速ストライクをとれた。幸先がよい。
その後もゲームを続けていく。さすがにずっとストライク、というわけではなく、ガーターになったり半分も倒せなかったりと、かなりの波があった。みなとも似たような感じで、スコアはお互いに拮抗していてかなりいい勝負になっている。最終的には二人とも百ちょいくらいになるんじゃないだろうか?
みなとが投げている間、俺は席に座りながらふと考える。
俺の体はアンドロイドだ。そして、常人よりもはるかに強いパワーを出すことができるし、そういう運動が得意な体だ。ここで気になるのは、俺はいったいどのくらいの重い球まで普通に投げられるのだろうか、ということだ。
今は十ポンドを投げているが、もしそれより重い球を今と同じようなスピードで投げられるのならば、ボールの運動量は質量に比例するから増大する。その方がピンを倒すには有利じゃないか?
思い立ったら早速実践だ。俺は十ポンドのボールを回収すると、元の場所に戻す。そして、一番重い十六ポンドの球を持ってきた。重さは七キロと二百五十グラムだった。
「あら、ボール変えてきたの?」
「うん。一番重いやつ」
「ちょっと貸して……うわ、重いわね」
「これを俺のパワーで投げられたら、ピンが倒しやすくなるんじゃないかって思って」
俺はボールを構えて、ボールを投げる体制になる。
そして、さっきと同じようにボールを投げる。重いボールの分、手が持っていかれそうになるが、耐える。
勢いよく放たれたボールは、十ポンドの時よりも速くゴロゴロと転がると、一番ピンにクリーンヒットした。すると、さっきよりも力強い音を立てて、ピンが弾き飛ばされる。
「おお、スゴいじゃない!」
「やった!」
一番と三番の間じゃないから、あまり倒れないんじゃないかと思ったが、予想を覆してのストライクだった。
これなら多少コントロールがぶれてもストライクが取れるかもしれない。調子に乗った俺は、次もこの作戦でピンを倒しにいくことにした。
みなとの番が終わり、いよいよ俺の番が回ってくる。
出力全開! 思いっきり投げるぞ!
俺は先ほどよりもさらに勢いをつけて、投球モーションを始める。手の先に重い球を持っているため、遠心力で引っ張られそうになるが、力で無理やりねじ伏せる。
「とりゃ!」
そして、投球。次の瞬間、まったく予想だにしないことが起こった。
バキッ! という音がした。同時にボールが放り投げられる。
そのボールには俺の右手首から先も一緒についていた。
「え?」
「あ」
ボールは俺の手をつけたまま、勢いそのままにすっ飛んでいく。そして、穴にはまった手を回転軸にしてゴロゴロと転がっていき、ピンをすべて倒した。
俺は自分の右手を見る。手首から先が綺麗になくなっていた。手首の金属の接続部分が露出している。
「うわわわわどうしようどうしよう」
「ちょ、ほまれ、落ち着きなさい!」
みなとが俺の正面に立つと、自分の胸の前に俺の右手を持ってくる。他の人から見えないようにしてくれているのだと気づくのに数秒かかった。
「みなと、俺の手が……!」
「いったん落ち着いて! とりあえず上着で隠しましょう。それに、手はすぐに戻ってくると思うわ」
「え、どどうして? ボールが裏側に行ったら取りにいけなくなっちゃうって……」
「ううん、あれだけの速度で球が転がっても取れなかったってことは、相当しっかりはまっているはず。だから、少し待てばそのまま戻ってくるはずよ」
そう言って、みなとはボールが戻ってくる機械の出口を見る。次の瞬間、ゴンゴンゴンというボールが戻ってくる時特有の音がして、俺の十六ポンドのボールが現れた。俺の手がはまった状態で。
「よ、よかったぁ〜」
「ほら、ほまれ、早く回収して元どおりにしちゃいなさい」
「わかった」
俺はみなとがボールを押さえている間に、左手で右手を引っこ抜く。そして、右腕と右手を接続し始める。どうやら、手首のパーツが綺麗に外れただけらしく、壊れたわけではないようだ。そのため、すぐに元どおりにできた。
脳内で正常に接続されたシステムメッセージを確認して、俺はやっと安心して、座席に腰掛けた。
これからは普通の重さの球で普通に投げることにしよう……。
そう思いながら右手をグーパーしていた時だった。
「あれ、ほまれさんじゃないですか」
「みなとちゃんもいる〜」
「越智、それに飯山⁉︎」
振り向くと、そこにいたのは越智と飯山だった。