俺たちが餅つきの会場に入ろうとした時、ちょうど後ろにみなとが来ていた。
「おはよう」
「おはよう……どうしてここに?」
「決まっているじゃない。餅と豚汁と甘酒を貰うためよ」
そりゃそうか。俺たちだってそのためにここに来たんだし、食いしん坊のみなとがそれ以外の理由で来るわけがない。
「ほまれは一人かしら?」
「ううん、みやびとサーシャと来ているよ」
そんなことを話していると、俺の前を歩くその二人もみなとに気づいたようだった。
「あ、みなとじゃないデスか! おはようございマス〜」
「おはようサーシャ」
「みなとさん、おはようございます! というか、明けましておめでとうございますですね。今年もよろしくお願いします」
「明けましておめでとう、今年もよろしくね、みやびちゃん」
そうか、サーシャは学校で会っているけど、みやびとは今年初めて顔を合わせるのか。
そういえば、俺もなぎさちゃんとは顔を合わせてないな……。まあ、中学生と高校生だし、それになぎさちゃんは受験生で忙しいから会う機会がないのは当然かもしれないが。
「今日はみなとさん一人ですか?」
「ええ。そうよ」
「なぎさは……勉強中ですか?」
「そうね。塾の特別講習に行っているわよ」
「そっかぁ……勉強頑張っているんだなぁ」
おいおい、君も受験生ですよねみやびさん? なんでそんな他人事のように言うんですかね?
よく考えたら世の中の中学三年生は高校受験までもう一ヶ月もないのだから、普通はラストスパートとして一日何時間も勉強に打ち込んでいるはずだ。俺もその一人だった。それなのに、まったく勉強しているそぶりを見せず、こうして地域の行事に平然と参加しているみやびはかなり異端だ。いくら頭がいいとわかっているとはいえ、本当に大丈夫なのかちょっと心配になるな……。
「みやびは勉強しなくて大丈夫なのか?」
「うん。というかお兄ちゃんが見ていないだけで、私ちゃんと勉強しているからね」
「おおう、そうか……」
本人もこう言っているし、みやびを信じることにしよう。
合流したみなとと一緒に、俺たちは餅つきの列へ向かう。
外から校庭を眺めた時、餅つきの列がいくつかに分かれているのが見えたが、どうやら臼と杵の大きさ別に分かれているらしい。大きさが小さい方には小さな子供が、大きい方には大人が多く並んでいる。どちらに並んだからといって最終的にもらえる餅に差異はないらしい。俺たちは全員大きい方に並んだ。
列が進んでいき、俺たちの番が近くなっていく。どうやら最低でも一人十回ずつはつかなければいけないようだ。やっている様子を見ると、杵は見た目の割にそこまで重くはなさそうだ。
「次の人!」
杵を持っている人に呼ばれて、まずはみなとが挑戦する。彼女は杵を受け取ると、掛け声と共にペタンペタンと餅をついていく。みなとはテニス部なので、腕を振る力はそこそこある。そのため、餅つきに手間取っているようには見えなかった。杵を持っていた人から「いいよ、いいよ! その調子!」と言われている。
そしてきっかり十回ついた後、駆け足でテントの方へと向かっていった。よっぽど豚汁と甘酒が欲しかったんだろうな……。
「次はワタシデスね!」
ワクワク状態のサーシャに杵が回る。
ちなみに次は俺の番だ。と、ここで俺はふと気になって、後ろに並んでいるみやびに話しかける。
「みやびはこっちに並んで大丈夫なのか? 小さい方に並ばなくていいの?」
「もう、大丈夫だよ! 毎日筋トレしているの知ってるでしょ! 昔みたいにいつまでも力がないとは思わないでよね!」
みやびは自慢げに力こぶを作る。そんなに筋肉があるようには見えないが……。
「というか、私としてはお兄ちゃんがこっちに並んでいて大丈夫なのか尋ねられるような気がするよ」
「なんで?」
「だって、お兄ちゃんの見た目、私よりひ弱そうだもん」
確かに、俺はみやびより身長が低いし、手も足も筋肉があるようには見えない。俺が怪力アンドロイドだと知らない人から見れば、四人の中で一番弱そうなのは間違いなく俺だろう。
「はい、次の人!」
そんなことを考えていると、サーシャがつき終わったようで、俺の番になる。
すると、杵を受け取るときに担当の人から話しかけられた。
「ねぇちゃん、大丈夫か? 杵しっかり持ってな!」
「は、はい」
みやびの言うとおり、やっぱり心配されとるー! やっぱり、見た目が悪いのか……。
しかし、ここで俺の中に反骨心が湧いてくる。舐められっぱなしではいられない! ここで俺が実はスゴいことを見せつけてやろう。
「てりゃ!」
俺は思いっきり杵を振りかぶると、勢いよく餅に叩きつけた。
バチーン! とものすごい音が鳴り、餅が杵と臼の間でサンドイッチされる。杵を見ている人も、餅をこねる人もビックリしている。
「ねぇちゃん力つえぇなぁ! こりゃたまげた!」
「はは……どうも……」
ちょっとやりすぎたかも、と思いながら、俺は杵を再び持ち上げようとする。しかし、離れない。
おかしいぞと思って、俺はさらに力を強めていく。すると、なんと餅が接着剤のようなはたらきをして、重たい臼ごと持ち上がってしまった。
「わ、わ、わ……!」
「おおっと、こりゃ大変だ! まず杵を下ろしてくれぇ!」
慌てて餅をこねる人と、杵を持っていた人の二人がかりで、臼を下ろしにかかる。そして、餅をこねる人は、杵と餅をひっぺがしにかかった。
どうやら力を込めすぎたようだ。次からは少し加減しよう……。
なんとか餅をひっぺがした後は、さすがに力を加減して餅を合計十回ついた。
つき終わった後は、まっすぐテントに向かう。最初に受付のようなところでトレーと箸を受け取って、横に流れていくと、紙コップに入った甘酒と発泡スチロールの容器に入った山盛りの豚汁が乗っけられる。
思わず飲みそうになるが必死に我慢して、俺は周りを見渡す。すると、席がたくさん並んでいるテントのところで、サーシャが食べているのが見えた。
「みなと、サーシャ!」
「終わったデスか!」
おいしそうに甘酒を飲んでいたサーシャがこちらに手を振り返してくる。俺は彼女の隣に座った。
「みなとは?」
「豚汁のおかわりに行ったデスよ。もう三回目デス」
「食べ過ぎだろ!」
すると、このタイミングでみなとが戻ってきた。
「あら、ほまれ来ていたのね」
「うん。あれ、豚汁は?」
「他の人の分がなくなるからダメだと言われたわ……一回はおかわりできたのに」
みなとは不満げだった。ほっとくと鍋ごと食いつくしそうだな……。
「まあまあ、みなとこれ食べてよ。俺食べられないからさ」
「……いいの?」
「もちろん。もともと誰かにあげようと思っていたからさ」
「じゃあ、ありがたくいただくわ」
というわけで、俺はみなとに豚汁をあげたのだった。
「あ、じゃあ甘酒もらってもいいデスか?」
「うん、いいよ」
そして、サーシャには甘酒をあげる。すると、このタイミングでみやびがやってきた。どうやら問題なく餅をつき終えたらしい。
「ふぅ〜、お待たせ〜。いい運動になったよ〜」
「そっか、それはよかったな」
みやびは俺の向かい側に座り、もらってきた豚汁と甘酒を食べ始めた。
しばらく座って待っていると、場内アナウンスが流れる。
『ただいまより餅を配布いたします。二列にお並びになりお待ちください』
そのアナウンスを聞いた瞬間、みなとは立ち上がるとさっさと行ってしまった。お腹が空いていたのかな……。
「ワタシたちも行くデス!」
それに続いて、サーシャとみやびが立ち上がる。そこで、俺は二人に待ったをかけた。
「ちょっと待って! いや、歩きながらでいいんだけど、二人に話したいことがあるんだ……」
俺はポケットから封筒、さらにその中からチケットを取り出しながら話を切り出した。
みなとがこの場におらず、逆に二人がいるこのタイミングをずっと待っていたのだ。逆に言えば、このタイミングでしかできない話だった。
「……なんだけど、いいかな?」
「うん、いいよ。行ってきなよ、お兄ちゃん」
「ほまれとみやびのものなので、ワタシがどうこういう権利はないデス。ただ、次はワタシも誘ってくれデス」
「うん、わかった。二人ともありがとう」
無事に二人から了承が取れた。俺たちが餅を貰いに行って、そして戻ると、すでにみなとが席に着いて餅を食べているところだった。
「これが餅デスか!」
サーシャも席に着いて、餅を早速口に入れる。しかし、うまく噛みきれないらしく、みょーんと口から餅を伸ばして悪戦苦闘している。
そんな彼女を横に、俺はみなとに提案する。
「みなと」
「何?」
「急で悪いんだけどさ……明日って空いてる?」
「……空いてるわよ」
「じゃあさ、一緒にボウリング、行かない?」
俺が彼女に差し出したのは、今朝郵便ポストに届いていた、ボウリングが二ゲーム無料になるチケット二枚だった。