すっかり暗くなり、街灯が地面を照らす中、俺はやや早足で校門を出る。
時刻は午後六時半。冬至は過ぎたものの、依然として太陽が沈むのは早かった。
俺は先ほどまで男子バスケ部の放課後練習に参加していた。そのため、いつもより学校を出るのが遅くなってしまったのだ。
これから家に帰るところで、俺はかなり急いでいる。今朝滑ってしりもちをついた歩道橋を、今度は滑らないよう、それでも早足で上り下りする。
こうして急いでいるのには理由がある。もちろん、家に帰ったら早急に夜ご飯の支度をしなければならない、というのもあるが、一番の原因はそれではない。
マジで電池が切れそうなのだ!
俺の電池残量は一パーセントだった。こんなことになったのは、一時間目の持久走のせいだ。多少充電が減るとは思っていたが、まさかここまで消耗するとは思わなかった。
一時間目が終わった時点で、すでに電池残量は一割を切ってしまっていたため、その後はなるべく動かないように心がけた。しかし、今日はあいにく部活の放課後練習の日で、いつもよりも動かざるをえなかったのだ。しかも、持久走でバッテリーに過度な負荷を与えた結果なのか、寒さでバッテリーの性能が落ちていたのか、あるいはその両方か、いつもより充電が減るペースがかなり速かった。
当然、学校に充電ケーブルを持ってきているはずもなく、俺はこんなにも電池残量がギリギリになるまで学校で活動することになったのだ。
最優先事項は、電池を切らさないこと。電池切れで道中でぶっ倒れたら何もできないからだ。それに、何もしなくても電力を消費していくので、なるべく早く帰宅することも大事だ。
そのため、俺はできるだけ早足で、一番短いルートを、できるだけ楽な方法で移動しなければならなかった。
駅の構内に入り、エスカレーターでのんびり下りていると、電車がそろそろ出発するというアナウンスが聞こえた。俺は慌ててエスカレーターから降りると、改札を通過して電車に飛び乗って席に座る。
着席した途端に電車のドアが閉まり、俺は二重の意味で安堵のため息をついた。
大丈夫だ、まだ電池は切れていない。走るだけでも電力を消費してしまうのでドキドキだ。
いつ電池が切れるかわからない。まるで残り時間の見えない時限爆弾を括り付けられている気分だった。
待て待て、ドキドキしたら余計に電力を使うかもしれないじゃないか! そもそも思考するのにもエネルギーが発生する。一番いいのは何も考えず、心を無にすることだ。そう、俺はロボット。何も考えないロボットなのだ。
まるでAIみたいだな、と一瞬思う。しかし、AIなんて一番電力を食うのだから論外だ。たぶん、起動したらすぐに電池切れになるだろう。それにこんなことを考えている場合ではない。俺はすぐに頭を空っぽにする。
半自動状態で俺は電車を乗り換え、やっと自宅の最寄り駅に到着する。
今日は特に冷え込みが激しく、気温はゼロ度台だ。こんな寒い外にいること自体も電池が減りやすくなる原因になるので、俺はさらに急ぐ。
そして、俺はようやく自分の家がある通りに入る。すぐそこには青い屋根の自宅が見える。
ここまで来たらもう大丈夫だろう。
そう安心した次の瞬間、電池残量がゼロになった。
「え 」
俺が何か考える間もなく、強制的にシャットダウンが始まる。
地面に倒れる音がした直後、俺の意識は真っ暗になった。
※
「はっ!」
目を覚ますと、俺はすでに家の中に入っていた。廊下の途中で長座位をしている。
「あ、起きたデスか?」
目の前には、サーシャの顔。彼女はこちらを覗き込んでいた。
「サーシャ……」
「もう、ビックリしたデス! 道の途中で倒れていたので、また誰かに襲われたのかと思ったデスよ!」
どうやら、サーシャが俺を発見してくれたようだ。きっと、家まで運んでくれたのも彼女だろう。
「ごめん……電池が切れちゃってさ」
「そうだと思ったデス」
へそには充電ケーブルが繋げられていて、それが廊下のコンセントまで伸びている。繋いでくれたばかりなのか、電池残量は二パーセント程度だった。
時刻は午後七時半。意識が途切れてからおよそ三十分が経過したくらいだ。本来なら七時くらいに家に着いて、夕飯の支度をする予定だったが……今からでも遅くはないだろうか。
「ごめん、あと三十分くらいしたらご飯にするね」
「いいデスよ、動かなくて! ワタシとみやびはもうご飯食べたデスから、ほまれは動かないで充電するデス。わかったデスか?」
「……わかった」
俺はサーシャに止められて、充電に専念することにする。朝からいろいろと迷惑をかけっぱなしで、なんだか申し訳ない。
とりあえず、これからは持久走の日は満充電の状態で臨むことにしよう……。
それにしても、体が冷たい。俺は試しに自分の太ももに触ってみるが、まるで氷に触れているみたいだった。気温ゼロ度台の中、外で三十分も倒れていたら、体が冷えてしまうのも無理はない。人間ならば意識を失っている間も生きていれば体温はそれなりに保たれるとは思うが、アンドロイドが電源を失った状態で倒れていたら、エネルギー消費が完全にゼロになってしまう。理論上は、放っておいたら外気温と同じ温度まで体温も下がってしまうはずだ。
「うっ……」
ここで、俺は体をブルっと震わせる。生理的……この場合は、無意識下で実行されているプログラムによる反応、と言うのが正しいだろうか。とにかく、ゾクゾクとした特有の感覚が迫ってきていた。
トイレに行きたい! 一時間目の持久走で、異常な高温になった体を冷やすのに水道水をがぶ飲みしたツケが回ってきたようだ。飲める限界近くの量まで水を飲んだからかもしれない。とにかく、俺はとんでもない尿意に襲われていた。
しかし、このまま充電ケーブルが繋がっていては、ことを済ませることはできない。仕方なく、俺はへそからケーブルを外すと、向かいのトイレに入った。そして、鍵をかけるとスカートとパンツを下ろして便座に腰掛ける。
「はぁ……」
早く出して、充電に戻らなければ……。
そんなことを考えながら俺は冷却水の排出を待つが、なかなか出ない。いつもなら何も考えなくても、勝手に出るはずだが……。
「ふんっ……!」
俺はお腹に力を入れてみる。しかし、それでも出ない。俺の体の中には、間違いなく一時間目に補給した水がそのまま残っているはずだ。補給してから今まで一度もトイレに行っていないのだから。
何かがおかしい。数秒経って、俺はようやくその考えに至った。
俺が人間だったら、まだわかる。出そうと思っても出るのに少し時間がかかる、ということもあるだろう。俺だって何回か経験はある。
だが俺はアンドロイドだ。この体になってから、今まで出したいと思ってトイレに座ったら、すぐに排出していた。もちろん、俺が我慢すればその限りではないが、今回はそんなことは考えていない。
つまり、体がどこかおかしくなっているんじゃないか?
もしどこかが壊れているのだとしたら、まず考えられるのは排出する機構だろう。
俺は自分の下半身を見下ろす。……デカい胸が邪魔で見えない。姿勢をずらせば見ることはできるが……というか、俺が見て故障しているかどうかわかるものなのか?
その時、トイレのドアがドンドンと叩かれる。ビックリして固まっていると、扉越しにみやびの声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん? トイレ? 早くして〜」
「わ、わかったわかった! ちょっと待って!」
ここで排出を中止することもできるが、すでに体は放出する気満々になってしまっている。何らかの異常が起きているのは確かだろうが、頑張ったら出るかもしれない。
みやびも待っているから、あと一度だけ頑張ってみて、それでダメなら諦めよう。そして、トイレからみやびが出てきたら、相談するか……。そう考えて、俺はなんとか排出しようと思いっきり踏ん張った。
「ふんんんっっっ!」
思いっきりお腹に力を込め、ブルブルと体を震わせた次の瞬間、ジャリガリ、とお腹の中から小さな何かが擦れるような音が聞こえた。
その直後、ピュー! と極小の甲高い音がすると、突然、俺の股間に猛烈な痛みが迸った。