みやびと別れ、ワタシは周囲に注意しながら素早く倉庫に近づく。すぐそばでは銃撃戦が繰り広げられていて、いつ流れ弾が飛んでくるのかわからないような状況だった。
まさか日本で、こんなことになるとは……。ロシアでの過酷な訓練が頭の中をよぎる。
ワタシはなんとか誰にも見つからずに倉庫の裏口へと辿り着く。幸いにも、見張りはいないようで、ワタシは慎重に鍵のかかっていないドアを開けて、中に侵入する。
倉庫の中は、当たり前に倉庫だった。天井近くまで聳え立つ棚がズラッと並んでいて、その中には大小様々な物品が陳列されている。そのせいであまり見通しはよくない。
「『〜〜〜〜!』」
倉庫に入るなり、どこかから人の声が喚く声が聞こえる。中国語のようだが、遠すぎて聞こえない。
たぶん、ほまれはその近くにいるんじゃないか、と思って、ワタシは慎重に声のする方向へ近づいていく。
棚の陰からそっと覗くと、男二人がこちらに背を向けて大声で騒いでいるのが見えた。その向こうには、手足を縛られ、口にテープを貼られたほまれの姿があった。その手前には、煙を上げて燃えているノートパソコンと、ほまれに向かって伸びているケーブルがあった。
次の瞬間、男が懐から何かを取り出した。照明の光で黒光りしているそれは、拳銃だった。
そして、男はほまれを撃った。
バンッ! と大きな音が聞こえる。ワタシは目を逸らさず、その様子を注視する。
男が撃った拳銃の弾は、どうやらほまれの左目にヒットしたようだ。左目が吹き飛んで、黒い中の機械が露出している。その中ではバチバチと火花が散っているのが見えた。
さらに男たちは何かを言いながら、銃を構えてほまれにゆっくり近づいていく。
ここまで近づくと、やっと意味のわかる言葉が聞こえてきた。ただ、あまりにも早口なので、ワタシの聞き取り能力ではところどころ理解できない部分があった。
「『おい……………………どうするんだよ!』」
「『仕方ないだろう⁉︎ …………』」
「『ああクソ! …………コイツは壊れているな!』」
「『…………』」
「『どうするんだ! ……………………このままでは警察に捕まる……!』」
「『それなら、いっそ壊すか』」
「『おい、どうしてだ?』」
「『考えてみろ、俺たちはコイツに明らかに撮影されている。……………………もし警察に回収されて、映像が分析されたら、俺たちは捕まっちまう!』」
「『なるほど、ならさっさとぶっ壊せ!』」
「『ああ、やるぞ!』」
男がそう発言し終わる前に、ワタシは動き出していた。男たちは確実にほまれを終わらせようとしている。ここでほまれが壊れてしまったら、その体は廃棄されて、二度とワタシの目の前に現れないかもしれない。そうなったら、機密技術を手軽に入手できる環境は二度とやってこないだろう。そうなってしまえば、ミッションは確実に失敗する。それだけはなんとしても避けなければならない!
「урааааааааа!!」
ワタシはまず、銃を持っていない近い方の大男に突っ込んでいく。そして、雄叫びを上げながら男のコメカミを思いきり殴った。
大男がこちらに振り向くよりも早く、ワタシの拳が男の顔にヒットする。入った! と思った次の瞬間、男は声にならない呻き声をあげて、床に倒れた。うまく脳震盪を起こせたようだ。
次に、ワタシは銃を持った男に視線を移す。ワタシの狙いどおり、銃を持った男は異変を感じて、ほまれを撃つ動作を中断してこちらを振り向く。ここからは時間の勝負。ワタシは急加速して男との間合いを詰める。撃たれる前に、倒してしまうのが理想だ。
「谁⁉︎」
しかし、男の反射神経はワタシの予想以上だった。ワタシが脚を振り抜こうとした瞬間、男がこちらに銃を向けて引き金を引いた。
腹に鈍い痛み。しかし、足を止めてはいけない! ワタシはそのまま脚を振り抜いた。
「げぽぉぅ⁉︎」
男は不思議な声を出しながら、床に倒れて滑っていき、動かなくなった。どうやらこちらにも脳震盪を起こせたようだ。銃も、男の手から離れて近くの棚の下へ滑り込んで見えなくなった。
「はぁ……はぁ……」
ワタシは撃たれたところに手を当てる。出血はしていない。
「よかったデス……防弾チョッキしていて……」
運よく、防弾チョッキで守られているところに銃弾が当たったようだ。しかし、防弾チョッキは完全に銃弾のダメージを防いでくれるわけではない。実際、撃たれたところがとても痛かった。きっと打撲痕みたいになっていると思う。それでも、今はうずくまっている場合ではない。
「ほまれ、大丈夫デスか?」
「…………」
ほまれは壊れてしまっているようで、こちらの問いかけに何も反応しない。いや、そもそもダクトテープで口を塞がれているから発声できないのかな? それに、手枷や足枷も外す必要がある。
「とりあえず、いろいろ外すデスよ……!」
ワタシはほまれの顔をおさえてベリベリとダクトテープを剥がす。また、おへそに繋ぎっぱなしのケーブルも引っこ抜く。
それから、ワタシは自分の髪についているヘアピンを取ると、真っ直ぐに伸ばしてほまれの後ろに回り込む。そして、ヘアピンを手枷の穴に差し込んでピッキングを始めた。
数秒いじると、カチャリと手枷が外れた。続けて足枷も同じように外す。ピッキングはスパイの基礎技能だ。ワタシの得意分野でもある。
しかし、次の瞬間、ほまれの口からノイズ混じりの声が漏れた。
「ガ、人格演算シ テムを 制停 し ス、自己 衛シ ムを強 起動しmmmmmmm」
「……ほまれ? 大丈夫デス? 今のうちに行くデスよ!」
ワタシはほまれの手を掴んで、立ち上がらせようとする。しかし、その直前、ほまれはビクンと体を震わせると、突然立ち上がった。
ほまれはワタシをじっと見つめている。感情が抜け落ちた表情で、まるで無機質のようだ。それに、左目が壊れて中身が見えていて余計に怖い。
「……ほまれ?」
そう問いかけて瞬きをした直後、ワタシの目の前にはほまれの脚が迫ってきていた。
「……ッッッ‼︎」
ワタシは間一髪、体を逸らしてほまれの回し蹴りを回避した。いったい何が起こっているのか、ワタシはまだ理解できていなかった。
「ほまれ、何するデッッッ‼︎」
ワタシが喋っている間もお構いなしに、ほまれはワタシに殴りかかってきた。これも、間一髪で避ける。あと一瞬でも反応が遅れていたら、大ダメージを負っていただろう。
たぶん、ほまれは自動で敵を迎撃する状態になっている。そして、なぜか知らないけど、ワタシを敵だと思っているようだ。以前、ほまれの体からこっそりデータを抜き出そうとした時、散々やられてしまったことを思い出して、ワタシは背筋がゾクッとした。
ワタシは瞬間的に距離をとる。ほまれは相変わらず何を考えているのかわからない顔で、首を傾げながらこちらを見ている。ぼーっと立っていて、一見すると隙だらけだが、ワタシにはこちらを突っ込ませるための罠にしか見えなかった。
「ggg……ターゲットkkk確認……排除ヲ開始ssssssマす」
次の瞬間、バグったほまれはこちらに走り始めた。
ワタシは即座に背を向けてほまれから全力で逃げ始める。三十六計逃げるに如かず!
そして、ワタシは胸元のピンマイクに向かって叫んだ。
「みやび、助けてくれデス!」