銃口がこちらに向けられた次の瞬間、パン! と大きな破裂音が聞こえた。
刹那、左目からバリンと何かが割れる音がしたと思ったら、頭に強い衝撃を感じ、俺はひっくり返る。
頭の中でアラートが鳴る。口からバグった声が漏れる。この体はいまだにAIが動かしているが、どうやら今のでどこかがおかしくなったらしく、体が変な動きをし始める。
不幸中の幸いというべきか、俺の思考を支える部分は損傷していないようで、こうして普通に考えられている。
とにかく支配権を取り返さなければ! 俺はAIを切ろうとする。しかし、どうやってもエラーが出てしまう。
くそっ、最悪だ! 早くしないとコイツらが……!
俺は視界の端に映っている男らに注意を向ける。左目が完全に壊れてブラックアウトしているが、右目はまだ無事だ。約七割になった視界には、拳銃を持った男がこちらにゆっくり近づいてくるのが見えた。
「『おい、本当に撃ったじゃねぇか! どうするんだよ!』」
「『仕方ないだろう⁉︎ 何かしないと俺らまでレーザーで焼かれていたんだぞ!』」
「『ああクソ! この様子ではコイツは壊れているな!』」
「『パソコンも壊れてデータも取り出せない』」
「『どうするんだ! 船はまだ来ないし、俺たちもこのままでは警察に捕まる……!』」
「『それなら、いっそ完全に破壊する!』」
「『おい、早まるな! どうしてだ?』」
「『考えてみろ、俺たちはコイツに明らかに撮影されている。確実にメモリーに記録しているだろう。もし警察に回収されて、映像が分析されたら、俺たちは捕まっちまう!』」
「『なるほど、ならさっさとぶっ壊せ!』」
「『ああ、やるぞ!』」
そう言って、男は拳銃を手にこちらに近づく。そして、ゆっくりしゃがみ込むと俺の側頭部に銃口を近づけた。
これが発射されたら、今度こそ俺は終わる。そう覚悟した次の瞬間だった。
「урааааааааа!!」
「⁉︎」
聞き覚えのある声色で、勇ましい叫び声が聞こえてきた。そして、拳銃を手にした男の後ろで、大男が何者かによって声を出す間もなく倒れた。
「『誰だ⁉︎』」
突然の出来事に、思わず目の前の男は振り向いて銃口を後ろに向ける。しかし、その時にはもう、大男を倒した人物はものすごいスピードで迫ってきていた。
このまま、この男も何もできずに倒された……と思った。だが、男は予想外の反射神経を見せる。
パン! と銃撃音。一発でも入れようとする男の意地が表れた抵抗だった。
直後、男の横っ面に、長いスラっとした足が直撃した。
「げぽぉぅ⁉︎」
男は変な声を出して、すっ飛ぶ。そのまま固いコンクリートの床に頭を勢いよく打ち付け、動かなくなった。男の手からは拳銃がこぼれ、床をスライドしてデカい棚の下に潜って見えなくなった。
「はぁ……はぁ……」
俺の目の前にへたり込んだのは、サーシャだった。みやびと一緒に、俺を助けにきてくれたのだ。
しかし、サーシャも無事ではない。荒い息を吐いて、お腹を押さえている。先ほどの銃撃が、お腹にヒットしたのだ!
普通、お腹を撃たれたらタダでは済まない。場合によっては命を落とすこともある。
今すぐ起き上がってサーシャに『大丈夫?』と声をかけたいところだが、体がまったく動かない。この状況がどうしようもなくて、俺はものすごく歯痒い思いをしていた。
しかし、そんな俺の心配は杞憂だったようだ。
「よかったデス……防弾チョッキしていて……」
サーシャが手を外すと、その下から黒っぽい分厚いベストが見える。生身だったら血が出て真っ赤になりそうなところだが、俺が見る限りではなんともなっていない。俺はひとまず安心する。
サーシャはこちらに近づいてくる。そして、俺の顔を覗き込んだ。
「ほまれ、大丈夫デスか?」
サーシャは俺の反応を窺う。しかし、いまだに体の主導権を戻せないので俺は反応できない。
そうだ、みやびからAIから強制的に体を戻す呪文を教わっているじゃないか! ここでその存在をようやく思い出した俺は、その言葉を強く念じる。だが、それもエラーで突っぱねられてしまった。
それどころか、セキュリティの警告が脳内に鳴り響く。頭が熱くなり、意識がどんどんぼやけ、思考が遅くなる。
すると、コロンと目の前に何かが落ちた。見ると、粉々になったガラス片と、黒い銃弾だった。もしかして、男たちが撃ってきた弾は、俺の電子頭脳には到達していなかったのか……?
ということは、今起こっているこの現象は、男たちが俺の体とパソコンを接続したのが原因だったのか? ……情報を抜き取ろうとすると同時に、ウイルスを送り込んできたということだろうか? そのせいで、俺の……リクエストがずっと拒否……されていたのか……?
ちくしょう……思考が……まとまらない……! 頭が熱い…………バチバチ……………する…………!
「とりあえず、いろいろ外すデスよ……!」
サーシャは俺の顔をおさえると、口のダクトテープをベリベリッ! と勢いよく剥がした。また、へそに接続されっぱなしだったケーブルも引き抜く。
次に、自分の髪についている黒いヘアピンを手に取る。そして、俺の後ろ側に回り込むと、カチャカチャと何かをいじりだした。
次の瞬間、カチリと何かが外れる音がして、手の重みがふっとなくなった。続けて足首にも同じ現象が起こる。
俺は、ヘアピンで手枷足枷をピッキングして外してくれたのだと、かろうじて理解した。
しかし、俺の意識はそこで限界を迎えてしまった。
「ガ、人格演算シ テムを 制停 し ス、自己 衛シ ムを強 起動しmmmmmmm」
俺の口から壊れた言葉が発せられた直後、俺の目の前は電源が切られるように真っ暗になった。