袋の口が締められ、電話が途切れた後も、俺は相変わらず脳内電話を発信し続けていた。しかし、みやびには繋がらない。
すると、俺の体に何かが触れた。偶然か? と最初は思ったが、感触からすぐに、誰かが意思を持って俺の体を触ってきていることがわかった。
視界を塞がれているため、誰がどんなふうに触ってきているのかわからない。可視光モードから赤外線や紫外線、電波に切り替えていくが、結局何も見えなかった。本当に気持ち悪い。
俺は体をよじって、抵抗しようとする。しかし、次の瞬間、腹部に重い衝撃。
「『暴れるな!』」
さらに、左頬にもガツンと衝撃が加わる。すぐにセルフチェックをした結果、どこにも異常は出なかったが、人間だったら間違いなく痛くてのたうち回っていただろう。骨の一本、二本が折れてしまっていてもおかしくはない。頑丈なアンドロイドで本当によかった。
しかし、殴られた後も、誰かの手は俺の体を触るのをやめない。俺は恐怖にゾッとする。これが痴漢というやつなのか?
そう思っていると、俺の指先に何か柔らかいものが触れた。何度も触れているうちに俺は確信する。これは俺を触ってきている人物のどこかの皮膚だ。
とにかく一刻も早く触るのをやめてほしい。ただそれだけが頭の中を渦巻く。ここで、俺は思い出した。俺の指先には、武器が仕込まれているということを。
そして、短慮なことに、俺はこの状況から逃れたいがために、それを即座に使ってしまった。
「哎哟‼︎」
バチバチン‼︎ と空気中に電気が無理やり流れる音がしたと思ったら、右隣でものすごく大きな声が聞こえた。どうやら俺のスタンガンは正常に機能し、男に効果があったらしい。すぐに、左側からも声が飛んでくる。
「『どうした⁉︎』」
「『今痛みが……電気……感電だ! 俺は感電した!』」
「『内部のケーブルを触ったんじゃないのか⁉︎』」
「『違う! そもそも服の上からしか触っていない‼︎ くそっ、スタンガンを隠し持ってやがる! おい、報復しろ!』」
「『報復?』」
「『やり返すんだよ!』」
俺の首の後ろ側に何かが押し当てられた。次の瞬間、バチバチと先ほどと同じような音が聞こえる。
スタンガンだ! 俺は咄嗟に身構える。しかし、少しピリピリするような感覚がしただけで、特に俺の身には何も起こらなかった。
そういえば、俺には電流のシャットアウト機能が備わっているんだっけ。以前雷に打たれた時に、みやびからそう言われた気がする。その時は、一部うまく作動せずに目が壊れてしまったが、今回はうまく作動したようでどこも壊れていなかった。それに、雷よりもスタンガンの方が威力が何桁も劣るというのもあるだろう。
「『くそっ、この野郎!』」
男は何度もスタンガンを発動させて、俺の首筋に電撃を加える。しかし、何回やっても俺へのダメージはゼロのままだった。
「『やめないか!』」
すると、前の方から声が飛んでくる。位置的に、運転席に座っている男の発言だろう。
「『しかし……』」
「『スタンガンで復讐したいのはわかる。しかし、それで本体が壊れてしまったら元も子もない!』」
「『……』」
「『それよりも、まずは原因究明に努めるべきだ。どうして感電したのか探り、場合によっては無力化する必要がある。手袋をして探れ』」
「「『わかりました』」」
ガサガサと両隣から音がする。そして、今度は何かゴムのようなもので体をペタペタと触られる。おそらくゴム手袋をしているのだろう。
前の方から声がする。
「『どこに触った時に感電した?』」
「『服……でしたが』」
「『本体が着ているような服では感電しないはずだ。もし感電するとしたら、どこか直接接触していたところだ。思い出せ。どこから痛みが迸った?』」
「『右腕です』」
「『よし、感電した時の腕の動きを再現しろ』」
「『…………あっ!』」
すると、右の男は何かに気づいたような声を出す。そして、俺の手を広げ、手のひらを触ってくる。
「『人差し指と小指の腹に電極みたいなものがある……反対側はどうだ?』」
「『これか、おそらくある』」
同様に反対側の手も触られる。人差し指と小指をしつこく触られ、俺はもう泣きそうだった。
「『ありました、班長。手の指です』」
「『よし、折れ』」
この車を運転している班長と呼ばれた人物は、迷いなくそう言った。
待て待て待て、折るってまさか……。
次の瞬間、俺の右手の人差し指が普通とは逆方向に曲げられた。グググと力を加えられる。
「んんん〜〜〜!」
必死に抵抗する間もなく、俺の指からバキと何かが折れるような音がした。次の瞬間、バチンと針を刺すような鋭い感覚が人差し指から送られ、それからすぐに何も感じなくなった。
それから小指、そしてもう片方の手も同じようにバキバキと折られる。小枝を折るような感覚で気軽にやってくれるが、こちらは電気信号を送ってくるケーブルが破断するたびに、ものすごく不快な感覚が送られてきて、体が跳ねる。
ものの数秒で、あっという間に俺の人差し指と小指は使い物にならなくなってしまった。
小指がなくなると、握力がなくなってものが掴めなくなるという話がある。これで、俺もものを掴めなくなってしまったのかもしれない。そう考えるとかなりの痛手だ。俺は思わずスタンガンを使ってしまったことを後悔する。脱出がはるかに難しくなってしまった。
システムが警告を送ってくる。人差し指と小指のケーブルは完全にちぎれ、感覚がなくなってしまった。
「『いいんですか、班長?』」
「『ああ。基幹部分が無事ならそれでいい。後は本国の連中がなんとかするだろう』」
ここで、俺はようやく奴らの正体、そして目的を理解した。
おそらく、奴らは中国のどこかの機関の手先だ。そして、その目的は俺を攫って本国の機関に送ること。そして、送られた俺は、間違いなく機密情報や基幹技術を盗み出すために解体される。
俺自身が目的であるから、俺を人質に誰かに危害を加えたり、身代金を要求するような真似はしないだろう。
しかし、奴らは俺を壊すことに躊躇しないようだ。それもそうで、俺のこのアンドロイドの体自体が目的なのであって、中に入っている俺はどうでもいいからだ。もしかしたら、俺は完全に抵抗ができなくなるまで破壊され、動けないような状態にされてから海外に送られるのかもしれない。さっきから俺をモノ扱いしているのがその証拠だ。
目的がわかったことで、奴らのこの先の動きもある程度予想できる。横浜港まで行った後は、船の荷物に紛れ込ませるか、あるいは密航して俺を中国に送り出すのだろう。そうなれば、もはや脱出するのは難しい。
国外に出てしまったらアウトだ。それまでに、どうにかして助けに来てくれ……! みやび……!