前回のあらすじ!
俺はイベントの帰り道、自宅まであと数メートルのところで、何者かの集団に襲われ、誘拐されてしまった!
……こんな脳内ナレーションを流している場合ではない。俺は誘拐されてしまった。ニュースでは、幼い子供が誘拐されたり、怖い人に債務者が誘拐されたり、あるいは外国で観光客が誘拐されたり、いろいろな誘拐事件が流れてくる。だが、まさか自分がその被害者になるとは思ってもいなかった。
当然、誘拐されたら何をしろ! みたいなマニュアルを持っているわけではない。ただ、誘拐という手段に相手が出た以上、俺に何かをする、あるいは俺をダシに他者に何らかの要求をすることだけはわかる。最悪の場合、俺は破壊されてバラバラにされて海に投棄されるかも……。
嫌だ嫌だ! こんなところで絶対に終わりたくない!
「〜〜! 〜〜!」
俺はどうにか手枷足枷を外そうと、再度抵抗を試みる。しかし、いつの間にか体がどこかに固定されているようで、先ほど抵抗した時よりもさらに体が動かしづらくなっていた。
腹に衝撃。重たい一撃が入る。ゴホッと口から空気が押し出されるが、ダクトテープで塞がれているので、声が出ない。きっと隣に座っている人が、暴れる俺を制するために腹パンしてきたのだろう。
幸いにも、今のところは体の装置に異常はない。しかし、これを繰り返されて体が傷つけられては困る。それに、両隣に人がいて、さらに走行中の車に乗せられている状況では、助かる可能性はとても低い。俺は抵抗をやめて、大人しくする。
膨れ上がっていく不安をどうにか押さえつけながら、俺はひたすら考える。現状、俺にできるのは考えることだけだ。
どうしてこんなに不安なのか。それは俺が何も知らないからだ。
俺を誘拐した目的は何か?
誘拐犯グループは何者なのか?
俺たちはどこへ向かっているのか?
俺はまだ何一つ知らない。まずは、これまでに得られた情報を精査して、状況を整理していく必要がある。
まずは男たちの正体についてだ。俺は視界が袋で塞がれる直前、襲われた直後の光景を頭の中に呼び起こす。
奴らは一様に大柄な体格だった。全員光が反射しないような黒いコート、黒い靴、黒いズボンを履いていた。そして目出し帽。俺がまともに観測できたのは、目くらいしかなかった。
……そういえば、奴らを無意識に男だと決めつけてしまっていたが、おそらく男だろう。女というにはゴツすぎる。
うーん、全然情報がない。男たちの外見から有益な情報を得るのはほぼ不可能だ。他に何かヒントはないか……。
そうだ、車のナンバープレートはどうだった⁉︎ もしかしたら何かわかるかもしれない! 俺は自分の見た光景をコマ送りにして、じっくり観察する。
……ない。信じられずもう一度確認するが、ない。嘘かと思ってもう一度確認するが、やっぱりない。
黒塗りの車に、ナンバープレートは見えなかった。いや、正確にはある。だが、おそらく跳ね上げているのだ。暗いのと跳ね上げているので文字が全然確認できないのだ。
ちくしょう、コイツら、入念に対策していやがる! どうしようもない。
打つ手なしか、そう思った次の瞬間、周りからコソコソと誰かが話すような声が聞こえてきた。
小さいが男の声だ。おそらく俺の右隣の奴が喋っているのだろう。
しかし、話している内容はまったくわからない。少なくとも日本語ではないようだ。つまり、コイツらは外国人、あるいは外国語が話せる人物だ。なんとなく、言葉の響き的に中国語のような気がする。
俺は何かヒントになるかもしれない、と思い、すぐに翻訳機能をONにした。すると予想どおり、奴らは中国語で話をしているようだった。
「『……、作業を始める……』」
「『まだ…………しない方がいい……』」
「『…………どうなって…………』」
「『……、横浜…………港…………』」
今、横浜って言ったよな? 俺は思わず体が動きそうになって、慌てて抑える。ここで反応したら聞き耳を立てていることがバレてしまう。そうなったら、会話内容が聞こえていると思われてまた酷い目に遭うかもしれない。俺は必死にじっと耐える。
しかし、今のは重要な情報だ。横浜。人の名前かもしれないが、十中八九地名だ。日本に横浜という地名はいくつかある。しかし、その直後に聞こえた港という単語と組み合わせれば、九十九パーセント、答えは一つに定まる。
神奈川県横浜市。おそらく俺たちが向かっているのは、横浜港だ。家の立地的にも、そこを目指して車を走らせていると考えるのが最も妥当だ。
さらに、奴らが中国語を話していることもこの説を裏付けている。横浜に日本最大の中華街があることは有名だし、横浜港は日本における海運の一大拠点でもある。もし俺を海外に連れ出そうとしている、あるいは仲間内で匿おうとしているのならば、これ以上都合がいい場所はないだろう。
俺の体に振動が伝わってくる。ゴツンゴツン、と低い音が、ときどき周期的に聞こえてくる。これまで意識してこなかったが、少し考えると俺はこの正体に思い至った。
これは、高速道路のジョイント部分を、車が通過するときに発生する特有の振動じゃないか? つまり、この車は今高速道路を爆走していることになる。家から横浜に向かうときに利用する高速道路といえば一本しかない。まさか犯罪を犯しているのにわざわざ遠回りをするとは思えないので、それで確定だろう。
よし、意外と情報が集まったぞ……。まだ奴らの目的は判然としないが、よくないことをしようとしていることだけはわかる。とにかく、集めた情報をみやびに伝えないと!
俺は脳内電話を試みる。しかし、いくら待っても繋がらない。さっき頭を殴られた時に故障してしまったのか、と疑ってセルフチェックをしてみるが、正常という答えが返ってきた。俺はもう一度やってみるが、いくら待ってもやはりみやびが出ることはなかった。
とすると、どこかで電波が遮断されてしまっているのだろうか? いや、車の中でも電話は普通にできる。高速道路に乗っていたとしても、長大トンネルの中やよっぽどの山奥でない限りはできるだろう。
では問題は頭に被せられているこの袋じゃないか? ただの布の袋かと思っていたが、どうやら金属のシートで加工されているみたいだし、これが悪さをしているんじゃないか?
しかし、この状況で袋を外すなんてできない。第一、両脇には男が二人も乗っているのだ。変な真似をすればすぐにバレてしまう!
どうしたものか、と俺は頭を動かす。すると、ガチャリと脳内電話がどこかに繋がった音がした。
『もしもし、おに………ん? ……………たらへ………して!』
間違いない、みやびの声だ。電波が悪いのか頻繁にぶつぶつと途切れ、声もかなり小さいが、電話が繋がっている! このチャンスを逃すわけにはいかない!
『みやび! 助けてくれ! 俺は誘拐された!』
『……だって? もうい…………』
ザザザザとノイズが酷くなる。少しでもみやびが聞き取れる確率が高くなるように、俺は文章で伝えるのではなく、言葉を連呼することにした。
『誘拐された! 誘拐だ! 誘拐! 横浜に向かっている! 横浜港だ! 横浜港! 横浜港に行こうとしている!』
『…………わか…………すけ…………』
ついにノイズしか聞こえなくなった。すると、次の瞬間袋がグイッと掴まれる。そして、勢いよく下に引っ張られると、首のところがきつく結び直された。それと同時に、電話が完全に途切れて繋がらなくなる。
やはりこの袋が原因だったか……。しかも、前よりも厳重に締められる。もうみやびに脳内電話はできないだろう。
しかし、重要なことは伝えられたと思う。あとはみやびがそれを正確に聞き取って助けにきてくれるかどうかにかかっている。ボールは向こう側にあった。