数時間後、俺は電車に乗っていた。窓の外はすっかり暗くなり、都心から離れていっているせいか、窓の外から見える明かりはどんどん少なくなっている。
俺は今日のイベントの顛末を思い出す。すべてのグループが出演した後、会場にいる人の投票によって順位が決められるのだが、俺たちは見事二位に選ばれた。正直、かなり予想外でビックリしている。今でも実感が湧かない。そして、この結果が発表された時、俺たちより店長さんの方が嬉しそうにしていた。
ちなみに、二位に選ばれたことで、当初渡されるギャラにプラスして賞金ももらえることになった。もともとギャラとしてかなりの金額が貰えたのだが、さらに稼げてしまった。ラッキー! ホント、頑張ってよかった!
イベントが終了した後、俺と飯山はそのまま帰るのではなく、衣装を置きにいったんバイト先に立ち寄った。そのため、こうして家に帰る頃にはすっかり暗くなってしまったのだ。
飯山は最寄り駅でとっくに下車している。俺はその後も三十分ほど電車に乗り、やっとのことで自宅の最寄り駅に着いた。そこから静かな住宅街を歩いていく。
日曜日ということもあってか、いつもなら家に帰る学生や社会人の姿をちらほら見かけるのだが、今日に限っては人通りがない。俺は少々不気味さを感じながら、寒い道を早足で歩く。
もうサーシャとみやびは帰っているだろう。今日の大会がどうだったか感想を聞きたいところだ。その後は夕食を作ってあげなくちゃ。今日は何のメニューにしようかな……。
少し歩いて自宅前の通りに入る。青い屋根の自宅はもうすぐそこに見えていた。
前方には黒い高級そうな車が路駐している。街灯で反射しているからわかったものの、よそ見をしていたらぶつかってしまいそうだ。俺は車のすぐ横を歩いて抜いていく。
すると、背後から車のエンジンの音が聞こえてきた。振り返ると、黒塗りの車がこちらに向かってきていた。さっき抜かした路駐の車とはまた別だ。俺は道の端に避けながら、なんだか黒塗りの車が多いなぁと思う。
黒塗りの車はかなりのスピードで俺を追い越していく。そして、そのまま走り去っていくかと思いきや、減速して俺の五メートルほど前で急停車した。
いったいどうしたのだろう? エンジンが壊れたのだろうか?
……いや、なんだか嫌な予感がする。
結論から言うと、その予想は当たっていた。
バン! と、運転席以外のドアが一斉に開け放たれる。そこから降りてきたのは黒づくめの男たちだった。黒い上着、黒い服、そして目出し帽を被った体格のいい大柄な男が四人。明らかに不審な格好だ。
ヤバい! と思って足を止めたと同時に、奴らは一斉にこちらに走ってきた。
「え、あ、わ」
俺は慌てて踵を返して男たちから逃げ始める。しかし、振り返った途端、そこには停車している黒塗りの車から降りてきている、同じような大柄な男たちの姿があった。俺の進路を塞ぐように、奴らはパッと広がった。
逃げ道を塞がれ、俺はパニックになる。何者かの集団に、俺は取り囲まれてしまった。
そして、前からも後ろからも敵が走ってくる! 俺はどうしようもなくて、家の方へと走って男たちの間を強引に突破しようとする。
「あ、わ、ぎゃっ!」
しかし、それがうまくいくはずもなく、俺は男のうちの一人に足を引っ掛けられて無様に転ばされた。すぐに男たちが、倒れた俺の手足を掴もうと手を伸ばしてくる。俺は必死に手足をバタバタさせて抵抗する。
ここでやっと、俺は助けを呼ぶ叫び声をあげなければ! という思考に至った。
「誰か助けkqpjdf%`!#¥=$!!!」
次の瞬間、俺の頭にガーン! とものすごい衝撃が走った。何か硬いもので思いっきり殴られたらしい。視界が揺れる。頭が揺れる。中の電子頭脳も揺れる。
即座に俺の口がダクトテープで塞がれた。ムームー言っている間に、ガサガサという音とともに視界が真っ暗になる。どうやら袋を被せられたみたいだ。そして、袋の口をキュッと閉められると同時に、手首にガチャリと何かが掛けられた。同じように足首にも何かが掛けられる。
俺は手足を広げようとするが、ガチャガチャと金属音が鳴り響くのみで満足に動かせない。どうやら、手枷足枷をはめられてしまったようだ。
「んーっ! んんんーっ!」
すると、今度は俺の体が乱暴に持ち上げられる。複数人の手によって、俺は地面にうつ伏せに倒れた格好のまま移動させられる。太ももとかお腹とか胸とかいろんなところを触られて正直不快だったが、手足を封じられてしまったため大した抵抗ができない。
すぐに、俺はどこかに下ろされる。うつ伏せではなくお尻から入って、背中に体重がかかるような格好、つまり座面に座るような格好になった。先ほどのアスファルトの地面とは明らかに違い、尻や背中からは柔らかい感覚が伝わる。
そして、両側に人が座る気配。座面が小さく揺れる。そして、ドン、ドン、ドンと次々にドアが閉まる音。ここで、俺はようやく自分がどこにいるのかを察した。エンジンの音がしたと思ったら、背もたれに体が押しつけられる。
間違いなく、ここは車の中だ。おそらく、俺を襲ってきた奴らが乗ってた黒塗りの車、元から路駐していた方か、それとも後からやってきた方のどちらかだ。
黒塗りの車が停車してからここまでわずか三十二秒。恐ろしいほど手際よく、俺はわけのわからぬまま誘拐されてしまったのだった。