「お待たせ〜」
「飯山、新年あけましておめでとう、今年もよろしく」
「あけましておめでとう〜、こちらこそよろしくね〜」
新年早々、俺は自宅の最寄り駅で飯山を待っていた。彼女は時間どおりにやってきて、俺を見つけるとこちらに駆け寄ってきた。
「わざわざこっちまで来てくれてありがとう」
「ううん、こっちこそ、ほまれちゃんが場所をとってくれて助かったよ〜」
俺たちは駅を出ると歩き始める。目的地は駅を出てすぐそこにある市民体育館だった。
中に入って受付を済ませると、俺たちは通路を歩き、一つの部屋に入った。
部屋はまあまあ広く、床は板張りだった。部屋の一方の壁は全面が鏡になっていて、別の壁には物入れがある。
「本格的だね〜」
「ヨガ教室とかできそうだな。あとはアイドルがパフォーマンスの練習をする場所みたいだ」
「それなら、今日のわたしたちにピッタリかもね!」
飯山は荷物を下ろすと、着ていた上着を脱ぐ。すると、その下からはTシャツにハーフパンツという、とても動きやすい服装が現れた。俺も上着を脱ぐと同じような格好になる。俺は脱いだ二人の上着を部屋の端に寄せる。
その間に、飯山は荷物からCDプレイヤーを取り出した。それを鏡の前、俺たちの正面に置くと、電源を繋ぐ。
「それじゃ、さっそく始めよっか〜」
「お願いします!」
こんな年始に自宅近くの市民体育館のスペースを借りたのは、今度のイベントに向けた練習を飯山と一緒にするためだった。そのイベントまではあと一週間も残されていない。
幸いにも、新年だからか予約が全然埋まっておらず、今日は体育館が閉まるまでこのスペースを確保できた。これでみっちり教えてもらえる。
「まずは、映像を見てもらおっかな」
そう言って、飯山はスマホを取り出して操作する。そして、動画を再生するとすぐに鏡に立てかけた。
映像の中には、飯山ともう一人の子が映っている。ここと同じようなどこかの練習スペースで撮ったようで、二人とも動きやすい格好をしていた。すると、音楽が流れ始め、それに合わせて二人が歌いながら踊り始める。
「おお……」
飯山もうまいが、もう一人の子が圧倒的にうまい。ダンスがキレキレだ。さすが地下アイドル。
この動画は明らかに現在より前に撮影されたものだが、すでにパフォーマンスはほぼ完成しているように見える。それだけに、地下アイドルの子が出られなくなってしまったのはかなりの痛手だ。
というか、俺は今日から数日でこのレベルに達しなければいけないんだよな……。本当にできるかな? かなり不安だ。
しばらく見ていると、曲が間奏に入る。二人は歌わなくていいからか、その分かなり派手な振り付けのダンスを始める。
「えっ……!」
すると、地下アイドルの子がバク宙をした。そして、華麗に着地。そんなに運動神経よかったのか、知らなかった……。
いやいや、この子の代わりを俺が務めるのだから、最終的に俺はバク宙もできるようにならなければならない、ってことだよな⁉︎ できる気がしないんだけど……。
そんなことを思っていると、ラスサビを歌って曲が終了する。
「こんな感じかな〜」
「……なんか、スゴくレベルが高いね。俺、本当に数日でここまでできるかな……」
「大丈夫大丈夫! 今見せたやつは難しい版の振り付けで、簡単な方の振り付けも考えてあるから、間に合いそうになかったらそっちにしよ?」
「わ、わかった……」
とりあえず、初めは難しめの振り付けを指導してくれるみたいだった。
「それじゃあまずは振り付けを教えていくよ!」
「はい!」
俺は飯山の指導のもと、振り付けをパートごとに学んでいく。音楽を流して繰り返し繰り返し練習して、ある程度できたら次のパートへ。数パートできたら通してやってみる。この繰り返しだった。
「ふぅ……ちょっと休憩〜」
いつの間にか正午を回っていた。俺は全然体温も上がっていないし消耗をしている感覚はないが、俺の練習に付き合ってくれた飯山はかなり疲れてしまったようだ。なんだか申し訳ない気持ちになる。
飯山はエネルギー補給用のゼリーをちゅ〜と吸う。
「ほまれちゃん、やっぱり覚えるのが早いね〜」
「いやいや、飯山の教え方がうまいからだよ」
「そんなことないよ〜」
飯山は否定しているが、実際、この前皆でスキーをしに行ったとき、彼女のスキーの教え方はとてもうまかった。もしかしたら人に教えることに適性があるのかもしれない。
「この調子なら、今日中に一回くらい通しができるかもね」
「……頑張るよ」
「そういえば、歌の方はどう?」
「ああ、みやび……妹に調節してもらったよ」
依頼を受けた後、俺はみやびに頼んで発声に関するプログラムを修正してもらった。その結果、カラオケではあれだけゴテゴテだった俺の歌声はだいぶマシになった。
それを示すために、歌のサビだけを歌ってみる。
「……どう?」
「おお〜! ばっちりだよ、ほまれちゃん!」
「ホントに?」
「ホントだよ! カラオケの時より、明らかに上手になってる!」
「それはよかった」
普通の人は、踊りながら歌うと、息切れなどで歌声が乱れてしまうことがある。しかし、俺の場合、踊っていようが踊っていまいが、同じように歌うことができる。だから普通に歌った時の歌声だけが問題だったのだ。まあ、飯山が大丈夫というのなら、歌はたぶん大丈夫だろう。
「よし、じゃあ再開しよっか!」
「うん!」
休憩を終えて、俺たちは練習を再開する。
そして、ついに一番の山場がやってきた。
「それじゃ、次はバク宙のとこだね〜」
「……できるかなぁ」
「ま、やれるだけやってみようよ!」
「……わかった。ちょっと準備するから待ってて」
俺は物入れを開ける。そして、その中にあったマットを引っ張り出した。
「こんなものあったんだ!」
「うん。ここを借りる時、備品リストに載ってたから」
学校の体育の授業で使われるようなマットだ。ないよりはあった方がいいだろう。
「じゃあ、バク宙やってみよっか」
「うん……そういえば飯山はバク宙できるの?」
「できるよ〜」
「できるんだ⁉︎」
「昔体操教室に通っていたからね〜」
そう言って、飯山はマットの端に行くと、軽く柔軟運動をする。そして、勢いをつけてバク転をすると、連続でバク宙を披露した。
「す、スゴいな……!」
「久しぶりにやったから、ちょっと怖かったよ〜」
飯山ってテニスのサーブが異様に速かったり、腕相撲が異常に強かったり、バク宙できたり、何気に運動神経いいよな……。
おっと、感心している場合ではない。今から俺はこれを練習して、同じことをできるようにしなければならないのだ。まったくできる気はしないが。
「とりあえず、やってみよっか!」
「え……そんな突然できないよ……」
「大丈夫! まずはゆっくりやってみよう、わたしがアシストするから」
飯山はマットの途中で待ち構える。
「こっちに背中を向けて、バンザイしてジャンプして」
「こう?」
「そうそう! じゃあ次はジャンプしてそのまま後ろに体重を乗せて〜」
「え、倒れちゃうけど……」
「支えるから大丈夫!」
俺は少し不安になるも、飯山の手が俺の背中に当てられる。俺は飯山を信じることにした。
「てい!」
「わ、わわわ、きゃ!」
しかし、いくら飯山とはいえ、俺の体重は支えられなかった。俺は飯山の上に重なるように倒れてしまう。
「ご、ごめん! 大丈夫……?」
「うん、平気平気〜。手、捻らなくてよかったぁ〜」
飯山に怪我がなかったことが不幸中の幸いだった。しかし、俺の体重を支えられない以上、このスタイルで飯山がバク宙の指導をするのは厳しいだろう。
「飯山、もう一度バク宙を見せてくれない?」
「うん、いいよ〜」
飯山はマットの端に立つ。俺は横から飯山を眺められるような位置に移動すると、AIを起動した。そして、飯山がバク宙する様子をじっくりと観察する。
「よ……っと!」
「ありがとう、じゃあやってみるね」
「えっ、でもほまれちゃんできないんじゃ……」
「AIを使って動きをトレースしてみるよ。この方が、たぶん早くできるようになると思う」
俺はマットの端に立つ。そしてAIを起動すると、バク宙をするように命じて体のコントロール権限を渡した。
俺と飯山は身長や体格がほとんど同じだ。だから、うまいことトレースできれば、同じようにバク宙ができるはずだ。
そして、『俺』は動き出す。膝を曲げて反動をつけ、勢いよく地面を蹴って体を後方に反らす。完璧だ。そう思ったが、ここで予想外の事態が起きた。
足がマットから離れようとした瞬間、マットがズルッとズレた。おそらく、飯山より俺がはるかに重いから、俺の足がマットをずらす力が、摩擦力を上回ってしまったのだろう。
マットが少しズレた影響は、学習したての『俺』のバク宙の動きには大きく反映された。
あっ、と思った時にはもう遅い。回転が足りず、俺は真っ逆さまに頭からマットに落下した。
「がgggg#$%/?!@~¥」
ガツン頭に衝撃が走り、視界に一瞬真っ白になる。バグったような声が喉から出た。
そして、俺はそのまま無様に倒れ込んだ。AIが終了し、俺は自分の意思で体を動かせるようになる。
「ほまれちゃん、大丈夫⁉︎ 今スゴい音したけど⁉︎」
慌てて駆け寄ってくる飯山。幸いにも思考は正常だし、体の制御系に異常は見られない。俺はなんともないことを示すべく、立ち上がった。
「ddddだだ大丈夫bbbb」
「なんか大丈夫じゃない声だよ⁉︎」
「eeeeえ? hhhhホントだdddd」
ナニコレ⁉︎ 思考自体は正常なのに、声を出すとエコーがかかったような、バグったような声になってしまう。エラーが検知できないような箇所が壊れてしまったらしい……。
「ほまれちゃん、今日はおしまいにしよっか。まずは早くそれを直さないと!」
「uuuuうん、ssssそそそうだddddねnnnn」
というわけで、今日の練習は打ち切り。俺は再度みやびのお世話になるのだった。