俺たちは近くにあった、カラオケ店に入った。
「ワタシ、カラオケ初めてデス!」
「ロシアにもカラオケってあるの?」
「あるデスよ! でも、日本のカラオケには一度行ってみたいと思っていたデス!」
受付を終えて、俺たちは広い部屋に通される。長いソファーが中央の大きなテーブルを囲むように配置されていて、マラカスやタンバリンも備え付けられている豪華なパーティールームだった。
「ここがカラオケ……!」
サーシャはちょっと感激しているようだった。
「そういえばみなととカラオケに来るのって初めてかもな……」
「……そうね、ほまれとはまだ一度も行ったことがなかったわね」
「へぇ〜、意外だね〜」
「私もカラオケは初めてですよ」
「そうなの⁉︎」
あまりにも慣れた感じで受付の人と話をしていたから、てっきり経験者なのかと思った……。
荷物を置いて、俺たちは適当にソファーに座る。
「ドリンクバーを付けたので、何か飲みたい人は受付の横へ取りにいってくださいね。あと、夕食で何か頼みたい人はここにメニューがあるので、自分のスマホからQRコードを読み取って頼んでください」
越智がメニューとデンモクをテーブルの上に置いた。早速みなとがメニューを手に取ってじっくり眺め始めていた。すると、サーシャがデンモクを指差して聞いてくる。
「これは何デス?」
「これはデンモクっていって、ここから曲を選ぶんだ」
俺は実際に操作しているところをサーシャに見せた。
「これ、日本の歌以外も入っているデスか?」
「入ってるよ」
「ロシアの歌も入っているデスか?」
「それは……どうだろう」
韓国語と英語の歌ならたくさん入っているけど……。そもそも洋楽を歌わないのでよく知らない。
「サーシャちゃん、ロシアの歌、歌ってみてよ! ロシア語を話してるところ、聞いてみたいな〜」
「お安い御用デス!」
サーシャはしばらくデンモクに向き合う。すると、お目当ての曲を見つけたようで、勢いよくマイクを手に取った。
「それでは、歌うデスよ!」
ちょうどそのタイミングで、モニターの画面が切り替わり、曲が流れ始める。それに合わせて、サーシャはロシア語で歌い出した。
正直、何を言っているのかまったくわからない。しかし、サーシャがとても流暢なロシア語で歌っているのはよくわかった。普段普通に日本語で話しているため忘れそうになるが、改めてサーシャがロシア人であることを実感する。
翻訳機能を使えば歌詞の意味はわかるのだろうけど、今はそれを使わずに、そのままの歌を聴いていたい気分だった。
歌い終わると、自然と拍手が湧く。
「おぉ〜!」
「お見事でした」
「ところで、このカラオケには採点機能はないデスか? 得点が出てこないデスが……」
「採点モードにするときは、歌う前に選ばなくてはいけないんですよ」
「そ、そうだったデスか⁉︎」
「……採点を入れてから、もう一度歌いますか?」
「いえ、次順番が来たらそうするデス」
そう言って、サーシャはマイクをテーブルの上に置いた。
さて、トップバッターはサーシャになったが、次は誰が歌うのか。
「……では、僭越ながらわたしが」
次にマイクを手に取ったのは、サーシャの向かい側に座っていた越智だった。このままだと、どうやら時計回りに順番に歌っていくことになりそうだ。
「盛りあげるデスよ〜!」
サーシャはマラカスとタンバリンをそれぞれの手で持ってシャカシャカ鳴らす。
しかし、モニターが切り替わると、そこには荒々しい白波の立つ海と、断崖絶壁の背景。この時点で、俺は越智がどんな曲を歌おうとしているのか、だいたい察しがついた。
次の瞬間、イントロが流れ始める。演歌だった。
「し、渋いの歌うんだな……」
「意外だね〜」
「これくらいしか歌えるものがないので……」
カラオケで演歌を歌うJKなんてなかなか珍しいと思うのだが……。サーシャはマラカスやタンバリンがこの曲の雰囲気に合わないことを察して、目を点にして固まってしまっている。
しかし、それにしても越智の歌はうまい。めちゃくちゃこぶしが効いていて、採点画面に大量のこぶしのマークが出ている。どうやったらそんなにこぶしが出るんだよ……。
「ふぅ……終わりです」
越智は歌い終わってアウトロに入った瞬間、即座に演奏中止を押す。
「今のは何デスか⁉︎」
「演歌です。簡単に言えば、古めの日本の歌ですよ」
越智がサーシャに説明していると、モニターに採点結果が表示される。
「九十点……!」
「スゴいわね」
「スゴいんですか?」
「スゴいよ! この採点システム、けっこう厳しめで九十点をとるのは難しいんだよ〜。しかも、この曲の場合は平均点が低いからなおさらだよ!」
越智は初めてカラオケに来たからか、あまり実感が湧いていないみたいだった。しかし、越智は歌が上手だというのは間違いなく、この場での共通認識になった。
「失礼しま〜す、ご注文の品で〜す」
ここで店員さんが料理を持ってきて、テーブルの上に置く。ポテトフライやチャーハン、スパゲッティなどが並べられる。
「みなとが頼んだの?」
「ええ。皆で食べていいわよ。残ったら私が食べるから」
「ありがとデス! いただきマス!」
お腹が空いていたのか、早速サーシャはスパゲッティを自分の取り皿に分けるとズルズルと食べ始めた。
「じゃあ、次はわたしだね〜」
越智からマイクを受け取ると、飯山はデンモクに曲を素早く入れる。
「飯山ひなた、うたいま〜す!」
「よっ、ナンバーワンメイド!」
俺が盛り上げると、曲が流れ始める。飯山が入れたのは、最近流行っているポップな可愛らしい曲だ。俺でも知っている。
「ひなたさん上手ですね」
「デスね!」
サーシャはそう言いながらシャカシャカとテンポよくタンバリンを鳴らしていた。
モニターには音程バーが表示されているのだが、飯山の歌声はそれを綺麗になぞっていく。そこにときどきしゃくりやビブラートが入る。これは高得点が期待できそうだ!
飯山は歌いきると、マイクをテーブルに置いた。
「スゴく上手だったよ!」
「えへへ、この曲はいっぱい聴いているからね〜」
そして採点結果がモニターに出る。点数は驚異の九十五点越え。とんでもない結果になっていた。
「す、スゴいデスね……」
「ひなた、あなたテレビのカラオケ対決番組に出られるわよ」
「そんなぁ、おおげさだよぉ〜」
飯山は苦笑して手を振っているが、普通にそういう番組に出ていてもおかしくないクオリティだと思った。
「じゃあ、次はほまれちゃんの番だよ」
「ああ、うん」
この体で歌うのは初めてだ。前の肉体とは、話す時の声の高さが一オクターブくらい違う。当然、音域も歌う時のキーもまったく違うだろう。
しかし、俺はアンドロイドだ。俺の声は人工音声だから、音域はとても広いんじゃないか? この時の俺は、どんな曲でも歌えるような気がしていた。
「じゃあ、歌うね」
俺はマイクを取り、女性ボーカルの有名な歌を入れる。以前の体なら一オクターブ下げないと歌えなかったが、今なら原キーで歌える気がする!
そんな期待の中、曲が始まったので歌い始める。そして、歌い終わった後、皆が感想を漏らす。
「ほまれちゃん、上手だったよ〜」
「はい、とても音程が正確でした」
「上手デス。上手なんデスが……」
「なんか、まるで音声合成ソフトが歌っているようだったわね」
「だよねー! 俺もそう思った!」
モニターに結果が表示される。分析結果を見ると、音程正確率は驚異の百パーセントを叩き出していた。しかし、抑揚の点数が恐ろしく低い。もし俺の歌声とボカロの歌声を録音して他の人に聞かせたら、聞き分けができないんじゃないか、と思ってしまうほどだ。
「じゃあ、最後にみなと……」
俺は最後にみなとにマイクを手渡そうとする。しかし、みなとはその前で手を振った。
「私はいいわ」
「え、なんでだよ」
「みなとちゃんの歌声、聴いてみたいなぁ〜」
「せっかくですし、ぜひ歌ってください」
「そうデス!」
「……そこまで言うのなら」
みなとは渋々といった様子でマイクを手に取り、曲を選んだ。有名なラブソングだった。
イントロが流れ始めると、みなとは俺たちを見回して言う。
「……皆、笑わないでよね」
「笑わないけど……」
なんで? と俺が尋ねる前に曲が始まり、みなとが歌い出す。その瞬間、俺たちはどうして彼女がそう言ったのか、完全に理解した。
みなとは、音痴だった。
曲を覚えていないから適当に歌っている、というわけではない。確かに覚えているのだが、全部キーが三つくらいずれているのだ。音程バーを見てときどき修正しようと努力しているのがわかるが、それでもやりすぎたり足りなかったりでやはりずれている。
彼女が歌い終わると、部屋の中はお通夜みたいな雰囲気になった。
「……だから歌いたくなかったのよ」
「……ごめん」
モニターに採点結果が表示される。その点数はなんと五十点台。いつもテストで八十点以上を取っているみなとが、こんな点数を取っているのを見るのは初めてだった。
「ま、まあまあ、次の人にまわそうよ〜。はい、サーシャちゃん!」
「よ、よ〜し、歌うデスよ〜!」
今度はサーシャが日本のアニソンを歌い出す。しかし、隣でずずーんと落ち込んでいるみなとが、どうしても可哀想に思えてくる。ただ、どうやってみなとを慰めればいいのか……。何を言っても彼女を傷つけてしまいそうな気がする。
「次はいおりデスね!」
サーシャが歌い終わり、八十六点という点数を見た後、彼女は越智にマイクを手渡す。
「あ、その前に……」
越智はデンモクを操作する。何をしているのかと疑問に思っていると、画面の左上に小さく『採点システムがOFFになりました』と表示された。
「わたしたちは余った時間を楽しく過ごすためにカラオケをするのであって、点数で一喜一憂するためにここに来たわけではないのです。だから、こんなものは必要ありません。そうでしょう?」
「そうだね、いおりちゃんの言うとおりだよ」
「そうだそうだ、楽しければいいんだ!」
「それもカラオケの立派な楽しみ方デス」
「皆……」
その言葉に顔をあげたみなとの瞳が潤んでいるように見えた。
「さて、次の曲は皆で歌いませんか?」
「いいね〜! 歌うと気持ちいいよ〜!」
「みなとさんも、マイクをどうぞ」
「……ええ」
少し元気を取り戻したようで、みなとは立ち上がると、越智からマイクを受け取る。
俺たちはバスが来るまで皆でワイワイ合唱して、カラオケで時間を潰すのだった。