朝食をとると、俺たちはついにゲレンデへと降り立つ。まだ営業を始めてからすぐだというのに、すでにかなりの人で賑わっていた。
いよいよスキーが始まる。俺もゴーグルをつけて、スキー板を足につけ、ストックを持って準備万端だ。他の四人も同じようにスキー板を装備して……。
「あれ、越智はスキーじゃないの?」
「はい、わたしはスノーボードの方が得意なので」
唯一、越智だけは二本ではなく一本の板に足をはめていた。どうりで越智だけなんか荷物が小さいなと思ったんだ。出かけるときはいつも荷物をコンパクトにまとめてくるから、てっきりそのせいかと思っていたが、もともと持ってきていたものが違ったらしい。
「それでは、早速滑りますか。その前に、ほまれさんにはスキーのやり方を教えたいところですが……」
「それならワタシが教えるデスよ!」
「わたしも付き合うよ〜」
「私も一応見ておくわ。いおりは先に滑っていいわよ」
「いいんですか?」
「ええ、あまり大人数で教えてもかえって効率が悪くなるだけよ」
「確かにそうですね、わたしだけスノーボードですし。それではお言葉に甘えて、お先に滑ってきます」
そう言って越智は片足で雪を蹴ってリフトの方へ進んでいく。その後ろから飯山が声をかける。
「いおりちゃんは、どのコースを滑りにいくの?」
「そうですね……ここには何度か来ているので、とりあえず上級者コースを滑ってきます」
何度かここに来ているということは、このスキー場にかなり馴染みがあるのだろう。それに上級者コースということは、スノーボードはかなりの腕前のようだ。
「さて、それでは教えるデスよ!」
フンス! とサーシャが鼻を鳴らす。
「サーシャちゃんはスキーはどのくらいやってるの?」
「小さい頃からやってるデスよ! 毎年スキー場で滑りまくってるデス」
ということは、サーシャは上級者ということだろうか? これは期待できそうだ。
「お願いします」
「まずは歩いてみるデス!」
よーし、歩くぞ! そう思って俺は足を踏み出そうとする。
しかし、長いスキー板が引っかかって足がまともに上がらない。あれ? と思っている間に俺はバランスを崩してズシャッとひっくり返った。
「大丈夫デス?」
「大丈夫……」
「続きやるデス。立ち上がるデスよほまれ!」
「……どうやって立ち上がるの?」
「え、立ち上がれないデスか?」
「え?」
「え?」
……もしかしてサーシャ、教えるのが超下手くそ⁉︎ もともと運動神経がいいためになんとなくでできてしまう天才型だから、俺みたいに初歩の初歩の初歩でつまづいているのがわからない、みたいな感じなのだろうか?
その様子を見たみなとが、はぁとため息をついた。
「サーシャ、ここは私たちに任せて、滑ってきなさい」
「え、でも……」
「たぶん、サーシャちゃんはできすぎちゃうから、スキー未経験のほまれちゃんに求め過ぎちゃうんだよ。その最初の部分はわたしたちが教えるから、ほまれちゃんがちょっと慣れてからサーシャちゃんが教えたらいいんじゃないかな」
「……わかったデス。じゃあ上級者コースを滑ってくるデスよ〜」
サーシャはちょっと不満そうだったが、リフトの方に向かっていった。
「さて、立ち上がり方だけどね……」
サーシャを見送ると、飯山が近づいてきて立ち上がり方を教えてくれる。そのとおりに動くと、なんとか立ち上がれた。
「ありがとう、飯山」
「いいよいいよ〜。じゃあ、まずは歩き方からやろっか」
「お願いします!」
俺は飯山の指導のもと、歩き方、安全な転び方、そして起き上がり方を教わる。ときどきみなとにも手伝ってもらいながら練習をしていくと、すぐにできるようになった。
「それじゃあ、実際に滑っていこっか!」
「え、もう⁉︎」
「大丈夫、初心者コースだから! 滑り方もちゃんと教えるし、斜面も緩いから!」
「そ、そうなんだ……」
俺は二人と一緒に移動していく。ときどき転びそうになりながらもなんとかリフトに乗る。
「こ、これ怖いな……落ちたりしないよな……」
「大丈夫よ、私に掴まってなさい」
俺は言われたとおりみなとに掴まる。リフトがときどき揺れるたびに、落ちてしまわないかドキドキした。
「さ、降りるよ〜」
リフトは上端に到着する。二人に両手をとってもらい、俺はなんとか降りることができた。
「それじゃ、斜面を滑りながら学んでいこう!」
俺は二人から続きを教えてもらう。何回か転んだりしたが、元の場所まで滑り降りる頃には、ボーゲンやターン、パラレルができるようになり、なんとか形になった。
「ほまれ、結構筋がいいわね」
「そう?」
「そうだよ〜! こんなに早くできるようになるなんてスゴいよ!」
俺は二人に褒められて顔がニヤけてしまう。俺は運動神経が特段悪いわけではないとは思っているが、スキーの上達は早いようだ。
すると、俺たちが滑ってきた方向とは別の方向から雪煙が迫ってくるのが見えた。確か、あっちのコースは上級者コースだったな。雪煙の発生源には一人のスノーボーダー。ほぼスピードを落とさず華麗に滑ってくる。素人目にも、その人が相当上手であることがわかる。
そんなことを思っていると、その人は真っ直ぐこちらに向かってきた。そして、俺たちの目の前で速度を落として停止する。一瞬ビビったが、その正体はすぐにわかった。
「ふぅ……」
ゴーグルを上げると、そこには越智の顔。
「いおりちゃん、スゴいね〜!」
「カッコよかったわよ」
「ありがとうございます」
飯山が拍手をして、みなとも褒める。それを受けて、檜山はちょっと照れくさそうにしていた。
すると、ここで遠くから何かの声が聞こえてきた。さっき越智が滑ってきた方向から聞こえる。時間が経つにつれ、それはどんどん大きくなってきた。
「〜〜〜ま〜〜〜れ〜〜〜‼︎」
目を向けると、爆速で滑り降りてくるスキーヤーが一人。聞き覚えのある声で、見覚えのある金髪をたなびかせてこちらに突っ込んでくる。
次の瞬間、彼女は思いっきりブレーキをかける。ズザザザザとスゴい雪煙を立てながら減速し、俺たちの目の前で停まった。
「ビックリした……サーシャか」
「どうデス? ワタシのスキー?」
「なんか……派手だね」
確かに腕前がスゴいのはわかった。ザ・パワー系みたいな滑りだった。
「どうデスか、滑れるようになったデスか?」
「まあ、そこそこだね」
「それはよかったデスね!」
「では、皆さんで一緒に滑りに行きますか」
というわけで俺たちはもう一度リフトでスタート地点まで移動する。
「皆はどこに滑るの?」
「わたしは中級コースかな〜」
「ワタシも今度は中級デス」
「わたしもそちらに行きます」
飯山と越智、そしてサーシャは中級コースを滑るようだ。
「みなとはどうするの?」
「私はもう一度初心者コースを滑るわ。ほまれももう一度滑るでしょう?」
「え、うん。よくわかったね」
「まあね。心配だから一応ほまれを見ておくわ」
「ありがとう」
みなとはスキー経験者と聞いているので、本当なら中級以上のコースを滑りたいだろう。俺に付き合ってくれてありがたい限りだ。
こうして、俺とみなとの二人と、それ以外の三人で分かれて滑ることになった。よし、今まで習ったことを活かして滑っていくぞ……!
俺はそう意気込んでゲレンデを滑降し始める。最初はゆっくりと、徐々に速度を上げていく。
ときどきターンをしたり、速度をちょっと落としたりちょっと上げたりしながら、これまで教えてもらったことを復習する。
よし、ちゃんと滑れている! これならいけそうだ。
そう思った瞬間、俺の視界の端に何かが飛び出してきたのが見えた。
「な、し、鹿⁉︎」
アンドロイドの動体視力で、俺は自分の目の前に飛び出してきたのが鹿だとわかった。確かに山の中だから、鹿くらい飛び出してきても不思議ではない。しかし、ゲレンデはフェンスか何かで囲まれていて、動物が入らないようにしているんじゃないのか⁉︎ どこかが破れていたとか、あるいは飛び越えてきたとか……。
いやいや、こんなことを考えている場合ではない。急いで避けないとぶつかってしまう!
俺は慌てて減速し、急カーブして方向転換をする。
幸いにも鹿にはぶつからなかった。しかし、俺は急な方向転換でバランスを崩し、転ばないようにするのでせいいっぱいで、自分の進路を気にかける余裕はまったくなかった。
「危ない!」
「う、うわあぁあああ!」
みなとが叫んだ時にはもう遅い。俺はコース脇の木に正面衝突してひっくり返り、ドサドサと木から落ちてきた雪で埋もれてしまったのだった。