俺とみなとは、偶然にもデート先で佐田と檜山に遭遇した。
「マジでほまれたちがいるなんて気づかなかった。何時頃ここに来たんだ?」
「んーと、午後二時くらいかな」
「あたしらは四時くらいだったね。みなっちゃんと天野がいるなんて、マジで偶然だねー」
「そうね、私も予想していなかったわ」
お互い驚きを隠せなかった。普通クリスマスのデートをするなら、都会のデートスポットに出かけるだろう。イルミネーションだって、都心の方には有名な場所はいくつもある。しかし、そのような場所は人混みがスゴい。だから、逆張りで人里離れたここを選んだのだ。その逆張りで被ったのだからビックリしてしまった。
「二人はデート?」
「逆にそれ以外の何に見えるのさ?」
俺が尋ねると檜山が佐田の腕にギュッと抱きつきながらこちらを見る。修学旅行からすでに二ヶ月ほど経っているが、まだ熱々なようだ。
「せっかくだし、一緒に行こうよ、二人とも」
「そうね」
「うん」
「いい? あおい?」
「ああ、俺は別に構わないぞ」
檜山の発案で、俺たちは四人で回ることになった。いわゆるダブルデートというやつだ。
俺たちは階段を下りきると、左手に大きなクリスマスツリーを望みながら、橋の方へ向かっていく。
前二人の女子組はクリスマスツリーや自分たちの写真を撮りまくって騒いでいる。その後ろ姿を見ながら、俺と佐田は並んで歩いていく。
「なあ、檜山とはうまくいってるのか?」
「ん、まあな」
「そっか、それはよかった。今日はどっちの提案でここに来たの?」
「俺だ。前にほまれが話していたのを聞いて、思い出したんだ。ここなら混雑しないだろうって」
「そうだったのか……」
そういえば一年くらい前に佐田にここの話をしたことがあったな……。ここで遭遇したのは完全な偶然ではなかったようだ。
「それにしても、二人で出かけているのを見たのは初めてだよ」
「あー……そうかもな。この前まではお互い忙しくて、あんまりデートとかできなかったんだよ。でも、その分冬休みにする予定だ」
「そうなんだ」
「ちなみに、ほまれたちがスキーに行く日にも先にデートが入っていたんだ。だから断らざるをえなかったんだ、ごめんな」
「ううん、なんとなく察してた」
「そうか」
それを聞いて佐田は苦笑いを浮かべた。やはり俺の予想はあっていたらしい。
というか、スキーの日って明々後日だぞ。どんだけデートするんだよ!
「何話してるの?」
すると、檜山がこちらをじろっと睨みつけながら、佐田の横まで下がってくる。そして、彼の腕を掴むと体を寄せた。……もしかして、檜山さん、あなた嫉妬してます?
「君たち熱々だね〜って話をしてた」
「そーだよ、あたしらは熱々なんだ。近づくと火傷するぜ? な、あおい」
「やめてくれよ、恥ずかしい」
「いいじゃん! 事実なんだから」
二人はいつものように掛け合いを始めた。
「……まーたいちゃいちゃしてるよ、二人とも」
「そうね」
俺だけでなく、みなとからも二人はいちゃいちゃしているようにしか見えないようだ。
この様子なら、当分別れることはないだろう。二人の恋のキューピットを務めた身として、俺はホッとため息をついた。
しばらく歩いて、俺たちは橋の袂までやってきた。進行方向には、光のアーチがかけられている吊り橋の橋桁部分が、すぐそこまで迫っていた。
「スゴいなー……皆、写真撮ろう! ほら、並んで並んで!」
檜山の呼びかけで、俺たちはイルミネーションの入り口に並ぶ。そして、彼女がパシャリと写真を撮った。
「後でその写真送ってもらえるかしら?」
「おっけーおっけー」
すぐに俺のスマホに通知が来る。檜山が皆に写真を送ってくれたようだ。
「それじゃあ、渡るか」
まずは佐田と檜山が橋を渡っていく。俺とみなとは、その後ろをついていった。
橋は巨大な吊り橋となっていて、木製の床を踏みしめていくたびに少しずつ揺れる。そのせいか、頭上から垂れ下がっている光はゆらゆらと揺れていた。
この橋の主塔の間の長さは三百十五メートルだ。その間は橋の上部から足元にかけてすべてLEDの電飾で覆われていた。階段や原っぱなど遠くから見ると、横長のスクリーンに色とりどりの絵や模様が映し出されているかのように見えたが、橋の中から見るとまた違ったように見える。
進んでいくにつれてどんどん周りを包む光の様相が変化していく。白から青、時にはレインボーも混じる。ときどき上から星の形をしたライトやハートが吊り下げられていて、前をゆく二人は頻繁に写真を撮っていた。俺たちも、二人ほどではないが、写真を撮っていく。
時間にして十分もかからずに俺たちは橋を渡りきった。しかし、体感的にはそれ以上のボリュームに感じられた。
「いや〜、スゴかった! さすがあおい、こんなところを知っているなんてやるじゃん」
「あー、実はこの場所はほまれに教えてもらったんだ」
「え、マジ?」
「そうだよ」
「そうだったんだ、いやーありがと、天野」
「どういたしまして」
まあ、楽しんでくれたなら結果オーライだ。
「で、みなっちゃんはどこに行った?」
「え、みなとはそこに……っていない?」
てっきり隣にいると思って振り返ると、みなとの姿は忽然と消えていた。どこかに行ってくる、ということも聞いていないし……迷子? 誘拐? 神隠し⁉︎
パニックになりかけた俺たちを制したのは、佐田だった。
「落ち着け、ここはいったん古川さんに電話をかけてみよう」
「私ならここにいるわよ」
「うわっ!」
佐田の後ろからヌッと現れるみなと。それに思わずビックリする佐田。
「みなと、どこに行ってたの!」
「え、そこでチョコバナナを買っていただけだけど……」
「もう、勝手に行かないでよ……迷子になったか、誘拐されたかと思った」
「ごめんなさい……」
とにかく無事でよかった。ホッとする俺の前で、みなとはチョコバナナをバクバクと食べていた。
「みなっちゃんは相変わらずだね……」
「そんなんで夕飯は食べられるのか……?」
「心配しなくてもいいよ、佐田。みなとの胃はブラックホールだから」
「失礼ね」
みなとはそう言いながら二本目のチョコバナナにも齧りついていた。
「で、この後どうする? あたしはこれ以上寒くなる前に帰ろうと思っているんだけど」
「俺も……特に回りたいところはないからいいかな」
「私ももういいわ」
「みなっちゃんはまだ食べ足りないんじゃない?」
「私の胃がいっぱいになる前にお金が足りなくなるから」
みなとは二本目を食べ終え、串をゴミ箱に捨てた。これ以上露店を回るつもりはないようだ。
「それじゃ、帰るか」
佐田からも確認が取れたことで、俺たちは橋のそばを通って、入口の方に引き返す。
バス乗り場に辿り着くと、イルミネーションを見終えた人々でごった返していた。結局、バスを一本見送って、次に来た便にすし詰めになって乗り込んだ。
俺たち四人はなんとか席を確保できた。俺は窓際に座り、ぼーっと窓の外を眺める。とはいえ、山奥なので見えるのは暗い森と、ときどき現れる街灯とそれに照らされた歩道だけだった。
しばらくすると、右肩に力がかかったことを検知した。俺がそちらを向くと、みなとが俺にもたれかかってきていた。俺の右肩を枕がわりにしている。
あれだけ食べて、いっぱい歩いたのだから疲れてしまったのだろう。俺は駅に着くまで、できるだけ動かないように努めるのだった。
乗車から一時間後、バスが駅に到着する。俺はみなとを起こすと、佐田と檜山と一緒に降りる。
「んじゃあ、俺はこっちだから」
駅の改札の前で、佐田は足を止めると、俺たちが進もうとしている方向とは別の方向を指差した。俺たちはJRで学校の方に戻るが、佐田はこの駅から出ている別の路線に最寄り駅があるのだ。
「そっか、じゃあね」
「またね、佐田くん」
そう言って、俺たちは佐田に手を振ると改札を通り抜ける。
「あ、ちょっと待って」
すると、最後まで残った檜山が佐田に駆け寄る。すると、次の瞬間、人目も憚らず思いっきりキスをした。
俺たちが呆然としていると、熱々なキスをした檜山は、じゃーねー、と改札をくぐり抜けてこちらにきた。
「二人とも、行くよ!」
「…………」
「…………」
「どうした? もう電車来るよ!」
「あ、ああ……ごめん」
その声で俺たちは我に返って、急いで電車に乗り込んだ。直後にドアが閉まり発車する。
俺がドアにもたれかかり、ホッと息をついていると、隣で立っているみなとが俺に顔を近づけて囁く。
「……ほまれ」
「……なに?」
「その、私たちも……する?」
「いやいやいや……!」
さすがに、俺たちには檜山と佐田のように、公然とキスをする姿を他人に見せる度胸は存在しなかった。