翌日、昼食の前に俺はみなとの家を出発して、いったん自宅に荷物を置きに戻った。そして、今度は学校の最寄り駅に向かう。
駅に到着すると、すでに改札口の外ではみなとが待っていた。俺が荷物を置きに行っている間、みなとは昼食をとっているはずだったので、俺の方が先に着くかと思っていたのだが、予想外だった。
「ごめん、待った?」
「いいえ、私も今着いたところよ」
昨日に引き続き今日も寒いので、みなとも俺もかなりの厚着をしている。吐く息も白い。
「それじゃあ、行きましょうか」
「うん」
俺たちは手袋越しに手を繋ぐと、歩き始めた。
まず向かったのはJRの駅。そこから電車に乗って四駅先で降りると、目的地に向かうバスに乗り込んだ。
バスは市街地を抜けて、どんどん人気のない山の中へと走っていく。しかし、バスの中は反対に、席に座れない人が出てくるほどたくさんの人が乗っていた。特に、家族連れやカップルなど、明らかに地元の人以外の利用者が目立つ。きっと俺たちと同じ目的でこのバスに乗っているのだろう。
バスに揺られること五十五分。ふと窓の外を見ると、大きな湖が見えた。バスはそこに架けられた橋の上を渡っている。対岸には目立った建物はなく、灰色の山と、水面スレスレを縫うように走っている道路しか見えなかった。
一見すると寂れているように見えるが、この湖こそが俺たちの目的地だった。
すぐに終点のアナウンスが流れ、バスが停まった。乗っていた人がゾロゾロと下車し、俺たちもその流れに乗って降りる。
そんな俺たちの目の前に広がっていたのは、先ほどとは打って変わって多くの人でごった返す公園だった。もともとあった店に加え、通路の脇には隙間を埋めるように所狭しと屋台が並んでいる。まるで夏祭りでも開催されているかのような、季節を錯覚してしまいそうなほどの賑わいだった。
「かなり混んでいるわね」
「結構人が来るんだよ、ここ」
ここは隣県の山奥にあるダム湖だ。実は、毎年クリスマスシーズンになると、湖畔にある公園で綺麗なイルミネーションが見られるのだ。それを目当てにたくさんの人が来るので、ちょっとした名所となっている。今日はクリスマスイブということもあって、特に多くの人で賑わっているようだ。
俺は以前、家族でここに来たことがあった。そのため、今日のクリスマスデートを計画するにあたって、ここに行こうとみなとに提案したのだ。
「イルミネーションは何時からだったかしら?」
「午後五時だよ」
今はまだ午後二時。それまであと三時間近くもある。
「ちょっとそこら辺をぶらぶらして時間を潰そうか」
「そうね」
俺たちは人混みの中に入って、露店が立ち並ぶ中を歩いていく。
「みなと?」
「…………」
「おーい、みなと?」
「はっ、な、何?」
何回か呼びかけて、みなとはやっと反応してくれた。彼女が見ていた方向を見ると、そこには綿飴の露店があった。
さっき昼食を食べたばっかりだというのに……。本当に食いしん坊だ。
「買いに行っておいでよ。待ってるから」
「ありがとう、行ってくるわ」
そう言うと、みなとは素早く露店に向かい、綿飴を手に入れて戻ってきた。
さらに進んでいくと、いろんな露店が並んでいる。みなとは綿飴を食べながらも、あちこちに鋭い視線を向けていた。相変わらず、食に貪欲だ。
「好きなだけ買っておいでよ」
「キリがないし、お金が足りなくなるから我慢するわ……ここは誘惑が多すぎるわね」
みなと自身もそれは自覚しているようだった。
ちょうどみなとが綿飴を食べ終わったとき、彼女はある方向を指差して俺の方を向く。
「ねぇ、あの店に行ってもいいかしら?」
「うん、一緒に行こう」
指の先にあったのは、ガラス細工を販売している店だった。俺たちは人混みを外れてその店に入る。
中は木の棚が並んでいて、それぞれの段に小さなガラス細工が置いてある。シロクマ、ペンギン、カエル、ハリネズミなどの動物から、クマノミ、ジンベイザメ、チンアナゴなどの魚、そしてクリスマスツリーやプレゼントボックスなどのクリスマス関連のものまでいろんな種類がある。そのどれも、大きくとも十センチに満たなかった。
「よくこんなものが作れるなぁ……」
俺はその精巧さに感心する。ハリネズミの尖っている部分とか、触ったら刺さるか、すぐに折れてしまいそうだ。どうやって作っているんだろう。
「ねえ、これ可愛くない?」
みなとが指差したのはカエル。なぜかカエルの品揃えは豊富で、同じような色合いだがポーズが違うのがいくつも存在していた。
「確かに、可愛いね」
「買おうかしら……」
「みなとが買うなら、俺も買おうかな」
俺はなんとなく、みなととお揃いのものを持ちたい気分だった。
結局、俺たちはお揃いのカエルのガラス細工のほか、それぞれ何点か別の商品を購入して店を出た。
かなり時間を潰せたようで、西の方の空はすっかり赤くなっている。ちょうど二日前に冬至を迎えたばかりなので、日没がとても早い。
「そろそろ広場の方に行こう」
「ええ」
俺たちは露店の間を通って、大きな広場に到着する。
広場は高台の上にあり、ダム湖を一望できた。広場の正面には下に伸びる幅の広い大きな階段があり、全体にまだ光を宿していない電飾が絡み付いたアーチがかかっている。階段の下には湖畔にかけて大きな原っぱが広がっており、子供たちが遊んでいた。
その原っぱの真ん中には一本の大木が立っていて、クリスマスツリーに見えるように装飾されている。
さらにその向こうには、大きな吊り橋がかかっていた。それも電飾に覆われていて、ライトアップ後は綺麗に彩られることが容易に想像できる。
その電飾の点灯時刻まであと三十秒。その瞬間を目撃するために、俺たちはこの場所に移動してきたのだ。
広場にはたくさんの人が集まっている。きっと、俺たちと同じようなことを考えているのだろう。俺たちは、なんとか階段の装飾と木、そして橋が見える位置を確保して、その時を待つ。
点灯時刻である午後五時になった途端、どこからともなく鐘の音が響く。防災無線で流れるチャイムだ。あちこちに設置されているスピーカーから同時に流れ始め、それが山に反響することで何重にも重なって聞こえる。
次の瞬間、目の前でパッとライトがついた。
「おお……!」
「あぁ……!」
群衆の中からどよめきが起こる。階段、原っぱの巨木、そして湖の橋が光り輝き、さまざまな模様を作り出す。その様子をスマホに収めようと、そこかしこからシャッターを切る音が聞こえた。
「ほまれ、写真を撮るわよ」
「うん」
俺たちもそのウェーブに乗って写真を撮る。
「それにしても本当に綺麗だな」
「そうね……」
何度見ても綺麗と思えるくらいには、この光景は綺麗で、そして圧巻だった。
しばらくこの光景を脳内メモリーに焼き付けた後、俺は我に返るとみなとの袖を掴む。
「ね、橋の方に行こうよ」
「渡れるの?」
「もちろん。中から見た方が綺麗だよ。行こう」
俺たちは橋を目指して、光のアーチが照らす大階段を原っぱの方へ下っていく。
そして、あと数段で原っぱに到着するところまで来た、その時だった。
「あれ、天野じゃん!」
後ろから聞き覚えのある声がして、俺は思わず振り向いた。
「やっぱりそうだ! みなっちゃんもいる!」
「よう、ほまれ、それに古川さんも。偶然だな」
「檜山……それに佐田まで、なんでここに⁉︎」
振り向いた先、俺たちより数段上に立っていたのは、檜山と佐田だった。