「ほまれ、早く来て」
「わかった」
「ほら、今よ、そこよそこ!」
「え、どこどこどこ⁉︎」
「違うそこじゃないわ! もっと上よ! 上!」
「あっ、ヤバいヤバい!」
「あっあっ、あーっ、あー! はぁ……」
みなとはため息をついて、ゲームのコントーローラーを床に置いた。
「また負けね……」
「うっ……ごめん」
みなとと、その隣に座っている俺は、リビングで座布団を敷いて大きな液晶テレビに向かっていた。その画面には、『YOU LOSE』という文字とともに、相手チームのキャラが喜び、自分チームのキャラが落ち込んでいる様子が映っている。
膝枕の後、冬休みの課題が一段落した俺たちは、リビングで一緒にテレビゲームをしている。みなとの家には、俺の家にはない最新型のハードがあった。そこで、せっかくなのでそれで遊ぶことになったのだ。
当然、揃っているソフトも俺が遊んだことのないものばかりだ。正確に言えば、俺が遊んだことのあるやつの続編ばかりだ。今はそのうちの一つ、ペイントで塗りつぶして自分の陣地を増やすゲームで遊んでいる。しかし、俺はそれにとても苦戦していた。
その結果、俺たちはオンラインで多人数vs多人数対戦のモードで遊んでいたのだが、さっきの対戦で六連敗を喫していたのだった。
「ほまれって、あまりゲームうまくないのね」
「対人戦は苦手なんだよ……」
前にゲーセンに行った時にやったような、CPU相手のガンシューティングゲームならまだ大丈夫なのだが、人間が相手となるとどうも勝てない。もちろん、今日初めて触ったコントローラーのせいもあるだろうけど、それだけに責任をなすりつけるのは情けない。俺はこのゲームに向いていないのかもしれない。
「マズいわね、次で負けたらレートが下がっちゃうわね」
ちなみに、みなとはめちゃくちゃ強かった。みなとのキャラの上にSランクと表示されているあたり、きっと相当やりこんでいるのだろう。キル数も貢献度もかなり大きな数字を叩き出している。
明らかに俺が足を引っ張っているじゃんか……。せっかく相当な労力をかけてレートをSに上げたのに、俺のせいで転落してしまうのはとても心が痛む。
仕方がない、ここは奥の手を使うしかない……!
「みなと」
「何?」
「俺、AIを使うよ」
「……ついに解禁するのね」
「うん。このまま負けっぱなしだと申し訳ないから」
「……わかったわ。お手並み拝見といきましょうか」
俺はAIを起動する。そして、体の支配権をAIに移した。
カチッと何かが切り替わるような感じがした直後、俺は自分の意思で体が動かせなくなった。自分が自分でなくなったかのような感覚。まるで、俺が幽霊になって、この体に憑依しているかのようだ。
みなとがゲーム画面を操作して、マッチングを行う。その間、『俺』は微動だにせず、決戦の時を静かに待っていた。
マッチングが成立し、ステージ画面に移る。そして、カウントダウンの後、ゲームが始まった。
『俺』はキャラクターを動かしていく。ここまではこれまでと同じだ。本番は敵プレイヤーと遭遇してからだ。
「う、やられたわ……」
横でみなとの声がする。開始早々やられてしまったようだ。
と、次の瞬間、俺は敵に遭遇した。
次の瞬間、俺は素早いスティック捌きでキャラを操作すると、敵の攻撃を避けた。そして、カウンターを決めて敵をあっさり撃破する。
「スゴ……」
先ほどまでの鈍くさい俺とは明らかに違う様子に、みなとは驚きを隠せていないようだった。
『俺』はその調子でどんどん俺は敵を撃破していく。しかし、ゲームが進むにつれて一つ問題があらわになった。
めちゃくちゃ気持ち悪い。俺はまるで乗り物酔いになったかのような感覚に陥っていた。
原因は明白。ゲーム中、敵の動きや自分の動き、そして周りの状況を把握するために、『俺』がスゴい速度で視線をあちこちに移動させるのだが、その視線の移動が自分では制御できず、強制的に見させられているからだ。
今までにAIを使ったときは、体全体の支配権を渡していない場合がほとんどだった。唯一の例外であるAIの試運転では、こんな激しく視線を移動させるような動作はしなかった。だから、今までこうなることにまったく気づかなかったのだ。
「勝ったわ! やったわね、ほまれ!」
結果的に、ゲームには普通に勝利した。みなとはちょっと興奮した様子で俺の肩を叩いてくる。それに対して、『俺』は特に何も反応しなかった。AIさん、ちょっと淡白すぎやしませんかね。
「この調子でどんどんやっていくわよ!」
みなとは勝ったことに気をよくしたのか、俺の反応を特に気にすることなく、連続してマッチアップ画面に移る。え、ちょっと、まだやるの? 気持ち悪いから戻りたいんだけど……。
でも、ここで戻ったらまたゲームが下手くそになってしまうし、そもそも気持ち悪いからゲームを続けられないし……。
俺には、このままAIに任せてゲームをするという選択肢しか残されていなかった。
※
「あー、楽しかったわね」
二時間後、みなとはたいへん満足したようで、コントローラーを床に置いた。
やはり、AIはゲームに対しては無類の強さを誇り、最初にやっていた対戦ゲームでは十連勝を飾った。そのおかげでみなとはSランクから転落することなく元のレートに戻ったし、俺が借りていたなぎさちゃんのランクも急上昇してしていた。
また、連戦連勝していると飽きてきたのか、途中から別の対戦ゲームで遊ぶことになった。そのゲームはチーム戦ではなく個人戦のレーシングゲームだった。もちろん技術も必要だが、アイテムドロップなどかなりの運要素も絡んでくるゲームだ。
最初の方こそAIは慣れていなかったのかあまり順位は振るわなかったが、徐々に慣れて分析できたのか、最後の方にはずっと一位か二位しか取らなかった。さすがはAIだ。
一方、『俺』が長く遊べば遊ぶほど、俺はどんどん気持ち悪くなっていった。そりゃ、二時間も自分で律せない視界を見させられたら、自分の意識とのズレで誰だって気持ち悪くなってしまうだろう。もはや、気持ち悪い状態に慣れてしまったくらいだ。体の制御を取り戻したらその場で吐いてしまうかもしれない。できればしばらくはAIでいたいな……。
すると、ここでリビングに軽やかな音楽な流れ出す。壁にかかっている時計の方を見てみなとが呟いた。
「もう五時なのね……そろそろ夕食の支度をしましょう」
みなとはゲームを片付ける。そして、俺の方を向いて言った。
「ほまれも、ゲームはもう終わったからAIから戻って」
戻りたいのは山々だけど……戻ったら間違いなく吐いちゃうよ……。
いや、待てよ。気持ち悪くなって吐くのはゲロ、つまりは胃の内容物だ。でも、俺はアンドロイド。食料をエネルギー源にする人間とは違い、充電で電力からエネルギーを得る。そして、ものを食べることはできない。
つまり、このまま戻ってもただただ気持ち悪いだけで、別に吐くことはないのではないか?
「ねえ、ほまれ? 聞いてる?」
ずっとこのままでいるわけにはいかない。AIは俺の意識とは無関係に動いているので、俺が活動するには必ず体の支配権を取り戻らなければならないのだ。それに、口の感覚だけAIに任せるみたいな器用な真似は俺にはできない。
ここは覚悟を決めて、気持ち悪いけど吐かないことに賭けて、戻るか……!
俺はみやびに教えてもらったAIから戻る呪文を、頭の中で念じた。
「う゛っ……!」
体の支配権が俺に戻った次の瞬間、喉の奥から何かが迫り上がってきた。
俺は、自分の予想が外れたことを理解する。この体、ゲロを吐く機能までついているのかよ……! 無駄に高性能だな!
このままではキラキラと中身をぶちまけること必至なので、俺は慌てて立ち上がる。
「ほまれ……?」
「ごべん、トイレ……借りる!」
それだけなんとか伝えると、俺は口を押さえて、ダッシュでトイレに駆け込むのだった。