「皆さん、スキーに行きませんか?」
明日から冬休みが始まる終業式の日に、突然越智がそんな提案をしてきた。俺は思わず聞き返してしまう。
「スキー?」
「はい。もし時間があえば、冬休みに皆さんと行きたいと思ったのですが……」
声が尻すぼみになる越智。誰も乗ってこないかもしれない、と不安に感じたのだろう。
しかし、そんな彼女の言葉に被せるように、真っ先に勢いよく反応する人が一人。
「いいデスね! 行くデスよ!」
彼女の隣の席で話を聞いていたサーシャだった。寒いところの出身なので、やはりスキーが好きなのだろうか。
「いいね〜行こう行こう!」
俺の隣の席の飯山も乗り気だ。その様子を見て、越智はホッとしたような表情を浮かべる。
「ほまれさんはどうですか? もちろん、無理にとは言わないですが」
「うーん……」
一方俺は即答しかねていた。行きたいか行きたくないかで言えば、行きたい。しかし、俺には素直にその返事ができない理由があった。
「俺、スキーやったことないんだよな……」
「スノーボードもですか?」
「うん。ウィンタースポーツは未経験なんだ」
単純に未経験なのだ。テレビのスポーツ番組でスキーをやスノーボードをしている映像は何度か見たことがある。しかし、それだけだ。それに、雪の上を二本や一本の板で滑るなんて、なんだかとても難しそうだなぁと思ってしまう。
「大丈だよ、そんなに心配しなくてもほまれちゃんならすぐにできるよ!」
「そうデスよ! ほまれはアンドロイドじゃないデスか!」
「基本的な動作がマスターできれば、基本的には誰でもその日のうちにそれなりに滑れるようになります」
「……そうなの?」
「そうデス! 大丈夫デスよ! ワタシが教えるデス!」
「行こうよ、ほまれちゃん!」
「……なら、行こうかな」
そこまで皆が言うのなら、きっとできるようになるのだろう。新しいことを始めるのはちょっと怖いが、何事も経験だ。俺はスキー旅行に参加することに決めた。
「なおさんはどうしますか? 佐田くんもどうですか?」
越智はさらに前方に座っている二人に声をかける。二人ともどちらかといえば運動系だし、きっと乗ってくるだろう。俺はそう予想していた。
すると、檜山が越智の方に身を乗り出して尋ねる。
「んー、日程っていつ?」
「陸上部の練習がないのがここなので……この期間のどこかで行こうかと思っています。確かテニス部とバスケ部もこの期間であれば練習はないですよね」
越智はスマホにカレンダーアプリを表示して、檜山と佐田に見せながら説明する。、さすがは越智、きちんと他の人の部活の状況まで把握して予定を組もうとしている。
しかし、それに檜山は渋い顔をする。
「あー……その日は先に予定入れちまったんだ。ごめんなー、あたしはパスで」
「申し訳ないが、俺もパスで。誘ってもらったのに悪いな」
「そうでしたか……こちらこそすみません」
越智はちょっとシュンとしている。それに罪悪感を覚えたのか、檜山がちょっと慌てた。
「今度埋め合わせするから、それで許して!」
「いえいえ、お気になさらず……」
それにしても、檜山と佐田、二人とも行かないのか……。越智が提案してきた日程は、テニス部やバスケ部の練習がないのはもちろん、正月休みでもない。二人とも予定が入っているなんて偶然だな。
もしかしたら、その予定が同一のものだったりして……。その日に、二人でどこかにデートにでも行こうとしているんじゃないだろうか?
二人の後ろ姿を見ながらそんな妄想を捗らせていると、越智の声が聞こえる。
「では、四人で行きますか? それとも他に誰か誘いたい人がいれば、二人くらいまでなら誘っても構いませんが……」
「あ、じゃあみなとちゃんでも誘う?」
「いいデスね〜呼びましょう!」
「ほまれさんは……」
「もちろん、賛成だよ」
さっきの話によれば、テニス部の活動日を避けている日程になっているので、みなとも参加できるはずだ。
それに、俺とサーシャだけ行ってみなとが参加しないとなれば、なんかいろいろと面倒なことになりそうな予感がする。賛成するどころか、こちらから要請して連れていくべきかもしれない。
「では、みなとさんにも誘うということで……」
「あ、それなら俺から話しておこうか? 今日一緒に帰る予定だから」
「それは助かります。もしOKの返事がもらえたら後で連絡してください。メッセージアプリでグループを作って詳しい話をするので」
「了解」
ということで、放課後にみなとをスキーに誘うというミッションが発生したのだった。
※
「ほまれ、帰りましょう」
「うん!」
授業が終わり帰る支度をしていると、ドアのところでみなとが待っていた。
今日は終業式ということもあってか、午前授業で学校は終わりだ。しかし、一部の部活は午後から活動があるので、校舎に残っている生徒もいる。ちなみに、バレー部のサーシャもその一人だ。だが幸いにも、バスケ部もテニス部も今日は活動がなかったので、俺たちはすぐに一緒に帰ることができる。
俺は早速、先ほど越智からされた話をみなとにする。
「あのさ、みなと」
「何?」
「実は越智と飯山とサーシャと、スキーに行こうってなっているんだけど、みなとも行かない?」
「そうね、行くわ」
みなとは即答した。予想どおりの答えだ。
俺はホッとしながらも言葉を続ける。
「じゃあ、詳しいことは後でグループを作って話すから、入れておくね」
「わかったわ。よろしくね」
ひとまずミッション完了だ。
俺たちは昇降口で靴に履き替えると、校門へ続く道を歩いていく。
十二月も下旬に入り、すっかり寒くなった。道の両脇の木々は寂しくなり、地面には枯れ葉がそこら中に堆(うずだか)く積もっている。
「寒いわね」
「そうだね……」
すると、みなとが俺の手をギュッと握ってきた。そして、スススと俺に近寄って、俺の体にピッタリと体を寄せてくる。俺はみなとのあったかい体温を感じるとともに、吐息が耳のすぐ横で聞こえた。
「ね、ほまれ」
「なに?」
「私からも、誘いたいことがあるんだけど」
「え、なになに?」
みなとはこちらを向いて一息つくと、少し顔を赤らめて言った。
「……明日、私の家に泊まりに来ない?」
「えっ」
まさかのお泊まりの誘いだった。予想外の内容に俺は少々ビックリしていると、みなとが言葉を続ける。
「急だから、ダメならダメでいいのだけれど……」
「いやいや、そんなことないよ! その日、ちょうど暇だし……」
冬休み中、俺には特に目立った予定はない。あるとしてもバイトと部活くらいだ。しかし、明日にはどちらも入っていない。
あと、明後日にはみなとと一緒に出かける予定が入っているが……。
「ほまれさえよければ、明日私の家に泊まってもらって、そこから直接明後日出かけようと思っているのだけれど」
「うん、それで俺は全然構わないんだけど……大丈夫なの? その、みなとの親御さんとか、それになぎさちゃんとか……受験直前だし、邪魔にならないかな?」
「……明日は親は家にいないわ。それに、なぎさは塾の合宿に行っているわよ」
それってつまり……二人きりってこと⁉︎ だからみなとは誘ってきたのか……。
みなとはこちらを見つめる。
「……それで、来てくれるの?」
「行きます! 行く行く!」
なんだかイケナイ領域に足を踏み入れるような背徳感を感じながらも、俺は喜んでみなとのお泊まりデートのお誘いを受けるのだった。