「お兄ちゃん、終わったよ〜」
意識が徐々にはっきりしていく中で、みやびの声が最初はぼんやりと、最後にははっきりと聞こえる。
俺は寝かされた状態から起き上がった。
翌日、俺とみやびは研究所にいた。前日の予告どおり、みやびが俺の定期メンテナンスと改造を行ったのだ。
結局、今の今までどこをどう改造するのかは教えてもらえなかった。改造前と比べて、どこか違和感があるところを探そうとするが、よくわからない。みやびはいったい何をしたんだ?
みやびは俺のへそからケーブルを抜き取って、それを巻いて片付けながら尋ねる。
「どこか違和感はない?」
「特にないけど……なあみやび、いったい俺のどこを改造したんだ?」
「それは後のお楽しみだよ〜」
そのちょっとおちょくるような発言に、ちょっと腹が立った。俺はみやびの顔を両手でパチンと挟んだ。みやびはタコみたいな口になる。
「ぐぇ、らにすうの」
「今すぐ教えろ」
「おしぇるから、はらしれ」
俺はため息をついて両手を放した。自分で自分の能力を早く知りたいと思うのは当然のことだ。ましてや、こんなにあからさまに先延ばしにされてしまうと、好奇心と苛立ちは増す一方だ。
俺はベッドから床に降りる。ここで、自分の服装が、ここに来た時とは異なっていることに気づいた。
「なあみやび、俺、着替えさせられた?」
「そうだよ、ちょっと動きやすい格好にさせてもらったよ」
俺が今着用しているのは、スポーツブラとパンツのみ。露出がものすごく多い。この部屋は暖房が効いているからいいが、外に出たら明らかに寒いだろう。というか恥ずかしいから早く服を着たいのだが。
「もともと着ていた服は?」
「置いてあるよ。でも、ちょっとやってもらいたいことがあるから、しばらくそのままでいてもらってもいい?」
「……わかった」
やってもらいたいことってなんだ……? もしかして、今回俺に施した『改造』に関係あることだろうか?
「それじゃ、お兄ちゃん行くよ」
「どこへ?」
「八号館……ああ、お兄ちゃんには、『前に体力テストをやった場所』って言えばわかりやすいかな」
「ああ、あそこか」
屋内競技場みたいなところか。懐かしいな。以前そこを訪れてからもう八ヶ月経つ。あの頃は、まだこの体に移ったばかりで、AIもないし、体をうまく操れなくて悪戦苦闘していた。それに比べれば、今はこの体にとても慣れてきたのを感じる。
みやびが廊下に出る。俺も続けて廊下に出かけるが、自分の格好を思い出して立ち止まった。
「ねえ、やっぱりこのままだとマズいと思うんだけど……」
「大丈夫だよ、他に誰も人いないから!」
「でも……」
「お兄ちゃんがこの研究所で私以外の人と会ったことないでしょ! ほら、行くよ!」
俺はみやびに手を掴まれると、廊下に連れ出された。背後でドアが閉まる。俺は諦めて、みやびの後ろをついていった。
「で、みやびが今回俺にやった『改造』って何だよ」
「えっとね、前にさ、お兄ちゃんクマに襲われたじゃん」
「そうだね」
「あの時に私が言ったこと、覚えてる?」
「……何か言ってたっけ?」
「『お兄ちゃんには何らかの武器を持たせた方がいいかもしれないね』って」
そういえばそんなことを言っていたな。
「クマに限らず、お兄ちゃんがもし襲われたとき、AIを起動できればいいけど、もしできなかった場合、お兄ちゃんには大した抵抗手段が残っていない。だから、今回の改造でお兄ちゃんの体に、直接武器を仕込むことにしたんだ」
「……その武器は?」
「高出力レーザーとスタンガン」
なんかスゴいのキター! 特に高出力レーザー。これって、要するにビームだよな? ウルトラマン方式でビームが出るのかな? それともかめはめ波方式かな? いずれにせよ、男の子のロマンがこの体に搭載されていると思うとワクワクが止まらない。
「着いたよ」
俺たちは屋内競技場のような施設の中に入った。
天井から吊るされた水銀灯は煌々と輝き、部屋の奥まではっきりと照らしている。地面は球技コートで使われているような材質で、たくさんの白線が縦横無尽に引かれている。
「前はここで体力テストをやったけど、今回は何をやるの?」
「もちろん、高出力レーザーとスタンガンの試験だよ」
すると、みやびは俺にヘアゴムを一つ渡してくる。
「一応、髪をポニーテールにしといて。間違って焼いちゃったらマズいから」
「あいあいさー」
俺はみやびの指示に従って、髪を一つにまとめる。いつもはツインテールにしていて、AIを試運転するときくらいしかポニーテールにしかしていなかったので、とても新鮮な気分だ。
「じゃあ、まずはスタンガンの試験をしようか」
「わかった」
スタンガンといえば、小さな黒いリモコン状で、先端にクワガタみたいな金属突起が一対付いているものが思い浮かぶ。その金属部分を押し当ててボタンを押すと、相手に高圧電流が流れてダメージを与える、というイメージだ。
俺の場合はどこから電流を流すのだろうか……。
「まず、使い方から説明するね。お兄ちゃんのスタンガンは、両手にそれぞれ一つずつ内蔵されているよ。使い方は簡単で、電流を流したいものに人差し指と小指を当てて、『電気よ流れろ!』って念じるだけ」
「へぇ……」
俺は自分の手のひらを見つめる。よく見ると、両手の人差し指と小指だけ、指の腹の材質が違うような気がする。
「それじゃあ、やってみようか。これを右手の人差し指と小指で挟んで」
「うん」
みやびが手渡してきたのは、電圧計だった。俺は言われたとおりに両極に指をあてる。
電気よ流れろ!
すると、次の瞬間、バチンバチン! とかなり大きな音がして、指の辺りから紫電が迸った。
「お兄ちゃん、ちょっとそれ見せて」
「うん」
みやびは俺の手の中の機械を覗き込む。機械の中央の液晶には数字が表示されていた。
「……よし、成功だね! もう片方もやってみようか」
「わかった」
俺は反対の手でも同様のことをする。俺が念じると、同じような現象が起きた。
「うん、スタンガンは大丈夫そうだね」
「そっか、よかった」
「じゃあ次に、レーザーの説明をするね」
俺が一番気になっている機能だ。まさか搭載されるとは思わなかったので、この体になりたてだった頃、ビームなんか出ないと何人かに話してしまっていた。しかし、これからは堂々とビームが出ます! と言える。
「レーザーの発射装置は、お兄ちゃんの左目に搭載されているんだ。使い方は、レーザーを当てたいものの方向を見て、『レーザーよ出ろ!』って念じるだけ。成功すれば緑色のレーザーが出るはず」
「わかった……でも、なんで両目じゃないの?」
「両目からレーザー出したら見えなくなるじゃん」
「あ、そっか……」
「レーザーを出している間は左目は見えないからね。じゃあ、とりあえずやってみようか。あの壁際の風船に当ててみて。うまく当てれば破裂するはず」
「おっけー」
みやびが指差した方の壁際には、ゴム風船が大小十個ほど一列に並んでいた。俺はそっちをまっすぐに見据えると、目を見開いて、レーザーよ出よ! と念じる。
すると、左端の風船の上の方に緑色の小さな光点が現れた。あれがレーザーだな。
俺はゆっくりと視線を慎重に下に移動させる。
そして、左端のゴム風船にレーザーの光点が当たる。すぐに割れると思ったのだが、意外と風船は何も変わらずそのままだ。
大丈夫なのかな、と不安に思い始めた直後、パァン! と風船が割れた。
「よし、成功だね! どんどん割っていこう!」
俺は隣の風船に視線を移す。風船はしばらくすると破裂した。それを繰り返していき、俺はレーザーですべての風船を割った。
「大丈夫そうだね、よかった〜。あ、注意点なんだけど、絶対に緊急時以外は人に向けないでね。失明したり火傷したりするから」
「……わかった」
俺の中には、これだけの強力な武器を搭載したことによる万能感と、どんどん人間離れして兵器化していく恐怖感が入り混じっていた。
みやびは風船を片付けにいく。残された俺はその場で両手の指を合わせると、スタンガンを起動する。そして、ビリビリと電流が流れ始めたところで、少しずつ指を離していく。すると、指と指の間にバチバチと音の鳴る紫電の細いアーチができた。
これからの日々でこれらの武器を使う必要がなければいいんだけど……。
しばらくそれを眺めていると、突然みやびが大きな声をあげた。
「お兄ちゃん、何やってるの⁉︎」
「え?」
「煙、煙出てるって!」
振り向くと、俺の背中側から薄黒い煙が昇っていた。そういえばさっきからなんだか焦げ臭いと思っていたのだが、そうやら俺の体の中のどこかが焦げてしまっているらしい。
慌てて俺はスタンガンを切る。しかし煙は止まらない。
「もしかして、スタンガン出しっぱなしにしてた⁉︎」
「え、ちょっと遊んでたけど」
「ダメだよ! スタンガンって高圧電流を流すからお兄ちゃんの体に大きな負担がかかるんだよ! 連続で使用するとショートしたり、体が熱くなったり、電池が急速に減ったりするよ!」
「えぇ⁉︎ ど、どうしよう……!」
みやびが言っているそばから胸の辺りが熱くなってきた。俺は思わずその場に座り込む。
「とりあえず水! これ飲んで!」
「う、うん……!」
俺はみやびが取り出した水を一気飲みする。すると効果はあったようで、しばらくすると、胸の熱さは引いていった。同時に、煙も収まった。
空になったペットボトルを見て、みやびはため息をついた。
「これでレーザーとスタンガンの試験は終わりだけど……念のため、検査しようか」
「お、お願いします……」
結局、自宅へ帰れたのは、それから数時間後のことだった。