「……う」
目を覚ました次の瞬間、俺の頭の中にはいっぱい警告が流れ込んでくる。俺のどこかが壊れているらしい。
だが、見方を変えれば、どこかが壊れるだけで済んでいる、とも言える。少なくともこうして意識がある以上、全壊は免れているらしい。さっきは死をも覚悟したにもかかわらず、こうして意識を取り戻せているのだから。
視界の半分は曇天の浅葱鼠(あさぎねずみ)、もう半分は紅葉の鴇浅葱(ときあさぎ)が占めている。すぐそばからは水の流れる音。どうやら俺は仰向けに横たわっているらしい。俺は警告をすべて無視すると、右手をついてなんとか上体を起こし、辺りを見渡す。
「……沢か」
俺が座っていたのは、ゴツゴツした大きな岩の上だった。そのすぐ横では白い水が勢いよく流れている。
斜面には何かが滑り落ちたような跡が残っていた。どうやら登山道からここまで落ちてきてしまったらしい。
「そうだ、みなと……!」
次の瞬間、俺はみなとの存在を思い出す。彼女を助けようとして失敗して、俺も落ちてしまったのだ。こんな急斜面を滑落して、こんな岩場に落ちてしまったのだから、大怪我を負っていてもおかしくはない。考えたくもないが、最悪の場合は……。
俺は周りを見渡して、彼女の姿を探す。とにかく、まずは彼女がいる場所を把握しないと! 俺と一緒に落ちてしまったから、そう遠くないところにいるはずだ。
「みなと!」
少し離れた岩場に、自然物にはない、服の人工的な色がちらっと見えて、俺は思わず叫んだ。ここからでは岩の陰に隠れて彼女の姿は見えないが、その向こうにいるに違いない。
俺は彼女のもとへ向かおうと立ち上がる。しかし、妙にフラフラする。左足に力が入らず動きずらい。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない! 俺は一歩一歩、足場が悪い中、転ばないように気をつけながら、そちらへ向かう。
「……みなと!」
もうすぐで岩陰から見えそうだ、というところまで来たところで、むっくりと起き上がる影。
間違いなくみなとだった。土がついてひどく汚れているが、見た感じ大きな怪我はない。
「ほまれ……」
「よかった……無事で……!」
みなとが半開きの目でこちらを見る。俺は彼女にさらに近づこうとする。だが、次の瞬間彼女の目が大きく見開いた。
「ひ」
喉から搾り出すような、声ならぬ声。ぼんやりしたような疲れたような表情が、怖れと恐れと畏れが入り乱れたそれに一瞬で変化した。そして、彼女は手をつきゆっくりと後ずさる。
意味がわからなかった。どうして彼女は俺を拒絶するポーズを取るのか?
俺はこの状況が信じられず、さらに一歩を踏み出す。
みなとが俺から距離を取ろうと、後ろに下がる。
そして、彼女は俺を震える指でまっすぐ指差すと、震える声で呟いた。
「ほまれ……その腕、と脚……」
「へ?」
今まで無視していたエラーを、俺は初めてまともに認識した。
その内容を飲み込もうとして、俺はやっと今まで目を逸らしてきた自分の体に目を向けた。
左腕がない。
肘から先が、綺麗になくなっていた。
錯覚ではない。現に残っている右手はそこにあるべきはずの左手の位置で空を切っている。
肘の先からはメタリックなパーツがこんにちは。おそらく関節部分だろう。その周辺には色とりどりの配線やチューブがちぎれてブラブラしていた。腕相撲のときとはまったく異なり、完全に破断してしまっている。
そして左脚。何かがおかしいと思ったら、俺のズボンからにょっきりと太い木の枝が生えていた。もちろん、俺の脚は植物を生育する母体にはなりえない。滑落の最中に木の枝が脚を貫通したのだ。
木の枝が貫通している周辺のズボンの生地は、何かの液体で濡れているらしく、色が濃くなっている。おそらく冷却液か何かが漏れてしまったのだろう。
人間ならば数分で死に至るような状態だ。
しかし、俺はまだ動ける。アンドロイドであるというのもあるが、一番は致命的なダメージをまだ負っていないからだろう。
他に故障や破損している部分をセルフチェックするが、先の二つほど壊れている部分はないようだった。
俺はみなとに訴えかける。
「俺は大丈夫だ! だから、安心してほしい。それよりも、みなとはどうなんだ? 怪我は?」
「いや……いや……!」
しかし、無言でみなとは首を振るのみだ。
俺は彼女の様子を確認するため、再度近づこうと試みる。
「来ないで!」
みなとの鋭い声に、俺の動きが固まる。
彼女の両目からは、涙が流れ落ちていた。
俺はとてもショックを受ける。泣いてしまうほどみなとが俺のことを拒絶しているという現実が、俺の心に衝撃を与えていた。
俺のどこが悪いんだ? 彼女は俺のどこを嫌がっているんだ? 状況が状況なだけに、考えても答えが出てこない。かといって、みなとは泣きじゃくっていて、とてもその口から理由を話してもらえるような雰囲気ではない。
何をすればいいのかまったくわからず、困惑したまま、俺はただ茫然とその場に立ち尽くすしかなかった。