「『玉当てゲーム』? ……ボールを的に当てるってこと?」
「たぶんそうじゃないかしら。それに、ほら」
横断幕の隣には、賞品についてかいてあるのぼりが立っている。それによると、玉当てに成功すると大量のお菓子が貰えるようだ。ははぁ……みなとはきっと、玉当てがやりたいというよりも、賞品を見て参加しようと思ったんだな。
当然、俺はお菓子を貰っても食べることができない。だが、さっきみなとを不安にさせてしまったことの引け目もあって、少しでもお菓子を得られる可能性を高くするために、俺は一緒にゲームに参加することを決意した。
近づいていくと、ルール説明が見えた。この玉当てゲームは飛び入り参加可だった。お菓子の数には限りがあると書かれているが、幸いにもまだ始まったばかりらしく、まだたくさん残っているようだ。
玉当てゲームはいくつか種類が用意されていて、簡単なものから難しいものまで全部で四種類あった。幼い子供からガチの大人まで楽しめるようにいろいろ工夫されているようだ。
もちろん、難しいゲームの方が得られるお菓子の量が多い。
しかし、それにしても、だ。
「なんか、一番難しいやつの難易度、おかしくないか……?」
一番な簡単なゲームは、三メートルほど離れた大きな的にドッジボールほどの玉を当てる、という小さい子供でもできそうなものだ。しかし、一番難しいゲームは、テニスボールをラケットで打って、十メートルほど先の空き缶を倒すというもの。明らかに難易度が他と比べて異次元すぎないか、これ?
しかも、一人一度しかチャレンジできない。これ、クリアできる人いるのか……?
「行くわ」
「え、ええ……⁉︎」
みなとは迷いなく列に並ぶ。その先にあるのは、最も難しい玉当てゲームのブース。俺は慌てて彼女を追いかけてその後ろに並ぶ。
「みなと、本当にそれで大丈夫なの?」
「大丈夫よ」
「一度しかできないけど……」
「大丈夫よ」
そこまで言いきるのなら、よほど自信があるのだろう。もはや俺に口を出す権利はあるまい。
みなとはテニス部に所属しているから、ある程度ラケットとボールの扱いには慣れているだろう。だが、これを一発でヒットさせるのはいくら彼女であっても困難なのではないか。そう思わざるをえない。
「ほまれもやるんでしょ?」
「え、う、うん……」
すでに俺も並んでしまったから、このゲームをやるしかない。今更、『やっぱりやらない』なんて言えるわけがない。
そもそも、さっき決意したじゃないか。お菓子をゲットできる可能性を上げる、と。
やはり、他の人から見てもこのゲームが一番難しいようで、他のゲームの列よりも明らかにこの列の方が短かった。何人か俺たちの前には並んでいるが、誰も成功していないようだ。
そして、誰もクリアしないまま、みなとの番になった。スタッフの人からテニスボールとラケットを手渡される。彼女はそれらを受け取ると、慣れた手つきでラケットでボールを弾ませた。
俺はドキドキしながら、彼女の背後からその様子を見守る。
「いくわよ……!」
彼女はトスをあげる。そして、勢いよくラケットを振り下ろしてサーブ。
ポン! と気持ちのいい音とともに、ボールが一直線に斜め下へ向かっていく。
そして、次の瞬間、カン! と金属音。テニスボールが見事、空き缶を弾き飛ばしたのだ。
缶を弾いたテニスボールは、そのままの勢いで向こう側のネットに飛び込んでいった。
「ふぅ……」
他のゲームの列に並んでいた人や、外から見ていた人がおぉ〜、と感嘆の声を漏らしざわめく。一部からは拍手も起こった。みなとは澄ました顔をしているが、照れくささを隠しきれていない。
「お、おめでとうございます! こちらへどうぞ」
すると、スタッフがみなとのところに急いでやってきた。スタッフ自身も成功者が現れるとは思っていなさそうだった。
スタッフは、彼女からラケットを回収すると、奥にあるイベント用のデカいテントへ連れていく。そこに商品のお菓子があるのだろう。
「次の方〜……次の方、どうぞ!」
「あ、はい! すみません!」
みなとは無事にお菓子を貰えたのかな〜と、彼女の後ろ姿をぼーっと眺めていると、スタッフが俺に声をかけてきていることに遅まきながら気づいた。そうか、次は俺の番か! 俺は急いでラケットとボールを受け取って、前を見る。
いつの間にかターゲットの空き缶は元の場所に立っていた。俺は地面に引かれたラインに立つが、さっきより目標に近づいたのに、まだ遠い。全然当てられる気がしない。この場所から当てられたみなとのスゴさが改めてよくわかる。
俺はテニスがそこまで得意ではない。バスケットボールならバスケ部なので扱うのが得意だが、テニスは学校の体育でちょろっとやったくらいだ。
ただ、やってみないとわからない。みなとは成功したのだ。もしかしたら俺もできるかもしれない!
それに、なんといっても俺には大きなアドバンテージがある。
俺はAIを起動する。そして、先ほどのみなとの動きを思い出す。
今からやろうとしているのは、みなとの動きのトレースだ。もし体格が同じだったら、先ほどと同じ動きをすれば理論上は缶に当てられるはずだ。
しかし、俺とみなとは体格が全然違う。そもそも身長からして十センチも違うのだ。そこで役に立つのがAIだ。これで、先ほどのみなとの動作を、俺に合うように再演算する。
「ふぅー……」
俺はラケットを握りしめると、ボールを高く上げる。そして、体の動くままにサーブ。
ポン! と気持ちのいい音とともに、ボールが一直線に斜め下へ向かっていく。
そして、次の瞬間、カン! と金属音。テニスボールが見事、空き缶を弾き飛ばしたのだ。
缶を弾いたテニスボールは、そのままの勢いで向こう側のネットに飛び込んでいき、みなとが打ったボールの隣で止まった。
再び外野がざわざわしだす。安堵と嬉しさと、照れくささが同時にやってきた。
「おめでとうございます! こちらへどうぞ」
俺はラケットを回収されると、みなとと同様にテントに案内される。そして、大きな紙袋を手渡された。
「商品です」
「ありがとうございます」
俺は受け取って外に出ると、同じく紙袋を持ったみなとと合流した。
「ほまれ、おめでとう」
「ありがとう」
まさか、二人ともゲットできるとは思わなかった。
俺は中身を確認する。最も難しいゲームの商品とだけあって、大量のお菓子が入っていた。種類も多く、チョコやグミ、クッキー、ビスケット、ガム……。残念ながらこんなに貰っても俺はいっさい食べられない。
それを考えると、この量のお菓子は俺には多すぎるように思えてきた。そもそもみなとが取れなかった場合、あげようと考えていたし、タダで貰ったから俺の懐はいっさい傷んでいないし……。
「みなと、これ半分くらいあげるよ」
「……いいの?」
「うん。持ち帰っても、俺は食べられないから結局みやびやサーシャにあげることになるし……」
「じゃあ、貰っていくわね」
そういうと、みなとは俺の紙袋から半分くらいお菓子を取って、自分の紙袋に入れ始める。俺の紙袋は軽くなった一方、みなとの紙袋はパンパンになり、彼女は自分のカバンにも少しお菓子を入れた。
「……後で渡した方がよかったかな」
「別にいいわよ。さ、次行きましょう。何か乗りたいものはある?」
「うーん、じゃあ、あれかな」
俺は目の前に聳え立つ巨大な円形構造物を指差す。この遊園地のメインアトラクションとして宣伝されている観覧車だった。
「じゃ、行きましょう」
「うん!」
こうしてこの日、俺たちは遊園地を楽しみつくしたのだった。