修学旅行の一週間後の週末、俺とみなとは遊園地に遊びにきていた。
「本当にわたしも一緒に来てよかったの?」
「もちろん。むしろ、みなとと行きたかったから」
「…………」
俺がそう言うと、彼女は無言でギュッと手を握り返してきた。照れているのかな? そう思って顔を覗き込もうとするが。
「……見ないで」
「ええ、なんでよ」
「……なんでもいいでしょ」
やはり照れているようだ。可愛い。
ここに来るきっかけになったのは、俺が持っていたこの遊園地の一日フリーパスだ。夏休みの終盤、メイド喫茶の店舗対抗腕相撲大会で俺が優勝した時の商品として、俺が貰ったものである。その一日パスは二枚貰っていた。そのため、俺はみなとを誘って今日ここに来たのだ。
この遊園地はビル群のそばの海沿いにある小さな遊園地だ。しかし、その敷地内にはぎっしりといろんなアトラクションが詰め込まれており、特にジェットコースターはそれぞれのコースが複雑に入り組んでいる。
「みなとは、ここに来るのは初めて?」
「ええ。ほまれは?」
「俺も初めて」
……なので、何のアトラクションがおすすめなのかはよくわかっていない。
「とりあえず、何か乗ってみる?」
「そうね……せっかくだから、ジェットコースターとか……」
しかし、そこでみなとは口をつぐむ。
「……どうしたの?」
「ほまれ、確かジェットコースターはダメだったわよね?」
「あー……」
実は、俺はジェットコースターが苦手だった。あまりにも激しいものだと、頭がクラクラして気持ち悪くなってしまうのだ。
「でも、今は大丈夫じゃないかな、こんな体になったことだし」
しかし、それは人間だった頃の話だ。今、俺の体は機械でできている。人間離れしたパワーを出すことができるのだが、それは、そんなパワーを出しても耐えられるくらい体が丈夫である、ということの裏返しでもある。今ならきっと、ジェットコースターに乗って加速度を受けても、今なら平気で乗りきれる気がする……!
「ほまれがそう言うのなら……」
「よし、乗ってみよう!」
若干不安そうな表情をするみなとの手を引っ張って、俺はジェットコースター乗り場に並ぶのだった。
まだ開園直後だったからか、列は短かった。そのため、すぐにジェットコースターに乗ることができた。
荷物をロッカーに預け、ハーネスを下げると、ギチギチと鋼索に引っ張られながらコースターが上り始める。
「す、スゴいな……」
横を見るも、すでに他のほとんどのアトラクションは見えない。見えるのは観覧車と、聳え立つ巨大なビルのガラス張りの壁面、そして埋立地と海だけだった。
「来るわよ……!」
そして、コースターは最高地点に到達する。位置エネルギーを最大限まで高めたコースターが、重力に引かれるまま下方へ加速していく。
「ああああああああ!」
「きゃああああああ!」
高さ約三十五メートルから、一瞬にしてゼロへ。その過程で、ものすごい加速度が俺たちを襲う。体のすべてが浮くような、ものすごい感覚だ。
目の前に広がるのはプール。そこに突っ込むかと思いきや、中央には穴が空いており、ぶつかる! と思った瞬間綺麗にコースターはその穴の中に吸い込まれた。
この時、俺のシステムが今時速百キロであることを知らせてきた。は、速すぎる!
「いいいいいいい」
次の瞬間、ジェットコースターは反転上昇。今度は下方向に加速度がかかり、俺のすべてが座面に引っ張られる。修学旅行で飛行機に乗った時、ジェットコースターみたいだと思ったけど、本物はそれの何十倍もヤバい!
そして、それからはコースに沿ってぐるぐる回転したり、上昇下降したりを繰り返す。そして、位置エネルギーを使いきったところで、コースターは元の位置まで戻ってきた。
乗った場所で停止すると、ハーネスが上がる。みなとに続いて、俺も降りようとするが……。
「…………」
「ほまれ?」
「た、立てない……」
「え?」
何かがおかしくなっているらしく、俺は立ち上がれなかった。否、立ち上がることはできるが、立ち上がろうとしたら、バランスを崩してコケそうな気がする。人間でいう三半規管の機能を担う部分がイカれてしまったのか……?
しかし、ここからどかないと次のお客さんの邪魔になってしまう。そう思って、俺は無理やり立ち上がろうとした。
「お、の、わゎわ、ぁあ、ぁ!」
次の瞬間、俺は前のめりになり、コースターの側面に思いっきり頭をぶつけた。ゴン! とスゴい音がする。
「大丈夫ですか、お客様⁉︎」
「だ、大丈夫です……」
係員が飛んでくるが、俺はなんとか立ち上がると、みなとの肩を借りて脱出する。あ、頭が硬くて助かった……。
そして、荷物をロッカーから回収した後、みなとの助けを得て、なんとかベンチに座ることができた。
「まだ、ダメそう?」
「ちょっと……待って……」
「……エチケット袋、いるかしら?」
「大丈夫、俺に、胃、ないから」
アンドロイドがゲロなんて吐くわけないじゃないか……。何も食べられないんだし……。
それにしても、しばらく待ってもおかしい状態は直らない。立ち上がってもすぐに倒れてしまう気がする。
自力でなんとかできないのならば、ここは素直に助けを借りるしかない。俺はその思考に至った。だが、助けを借りるのはみなとではない。
「AI、なんとかして〜……」
俺はAIを起動する。これで三半規管を強制的に修正してしまおう、という考えだった。
しかし、次の瞬間、俺はこれがAIには対処不可能であるということを悟った。直接頭の中に流れ込んでくるような感覚を通じて、AIが俺の意識にそのように通達してきたのだ。
「うぅ……仕方ない、ここは奥の手だ」
「奥の手?」
「みなと……もし俺が五分以上反応しなかったら、みやびに連絡してくれ……頼んだ」
「わかったけど……いったい何をするの?」
「再起動だよ。それしか方法は残ってない」
まさかこの場で自分の体を開けて修理するわけにはいかない。それに、再起動だって確実に直るという保証はないのだ。
俺は目を瞑ると、再起動のプロセスをスタートした。
その直後、俺の意識はスーッと闇に落ちていった。
※
「いやー、スッキリした! こんなに世界は美しかったのか」
「……もう、おおげさよ」
数分後、俺はみなとと一緒に悠々と歩いていた。
再起動自体は成功した。いったんシステムをシャットダウンしてから、一分もかからずに意識を取り戻せたのだ。
問題は平衡感覚がそれで直るかどうか、ということだったのだが……幸いにも、元どおりになった。
たぶん、ジェットコースターみたいに強い加速度があっちこっちにかかる状態に対応していなかったのだろう。結局、俺はジェットコースターには乗れないっていうことかよ……。
「それにしても、本当に怖かったわ……」
「なんで?」
「なんでって……再起動中、ほまれはうんともすんとも言わなかったし、かと思ったら急に抑揚のない声で何かぶつぶつ呟くから……」
「……ごめん」
確かに、はたから見たら再起動中の俺の様子は異様だろう。みなとが不安になるのも無理はない。
なんと返せばいいのかわからず、俺が黙っていると、みなとは小さく息をつく。
「……まぁ、ほまれが復活してくれたから、結果オーライだけど」
そして、みなとはキョロキョロ辺りを見渡すと、一つの方向を指差した。
「ねぇ、ほまれ。あれに参加してもいいかしら?」
その先にあったのは、小さな広場に掲げられた、『玉当てゲーム』という大きな横断幕だった。