イルカショーが終わった後、俺たちは隣の水族館に入場する。
この水族館は世界最大級の大きさを誇る。建物は四階建てで、上の階から一階まで下っていく順路になっている。下れば下るほど、水槽が大きくなるみたいだ。
「魚がいっぱいデスね〜」
「サーシャは、ロシアの水族館には行ったことはあるの?」
「もちろんデス! ウラジオストクのПриморский 水族館なんかは特にデカかったデスね」
「そうなんだ」
「でも、こんなに熱帯魚がいるを見るのは初めてデスね」
そりゃ、ここは亜熱帯地域だからな……。気候に即した海洋生物の展示が多くなるだろう。
「……この魚、食べられるんでしょうか」
「結構恐ろしいことを言うね、いおりちゃん」
「気になりませんか? 水族館の魚が食べられるかどうか」
「うーん……わたしは別に、気にならないかなぁ〜」
水族館は班ごとに行動することになっている。後ろに飯山と越智がいるのはわかっているが、あとの二人はどこに行ったんだ……?
「檜山と佐田は……?」
「二人なら、もう先に行っちゃったよ」
いつの間にか、忽然と二人の姿が消えていた。俺たちはやや急ぎ目に順路を辿り、二階に下りる。すると、目の前に巨大な水槽が現れた。
「す、スゴいな……」
「大きいデスね〜!」
「あっ、ジンベイザメがいるよ〜!」
「魚がいっぱいです……」
パンフレットを見ると、目の前の水槽は、高さ十メートル、幅三十五メートル、奥行き二十七メートルあると書いてあった。その中を、世界最大のサメであるジンベイザメや、巨大なマンタ、そして体長一メートルほどの群れをなした回遊魚が優雅に泳いでいる。
まるで、建物の中に巨大な青い南国の海の断面が現れたかのようだ。大迫力の水槽に俺たちは圧倒される。
そんな水槽の前を歩く人の中に、檜山と佐田の二人がいた。佐田は水槽を指差したり、檜山は佐田の袖を引っ張って佐田に話しかけたりしながら、二人とも楽しそうに歩いている。
「……このコース選びは、正解だったみたいだね」
雰囲気の醸成もばっちりだ。Bコースを選んでおいてよかった、と俺は改めて思うのだった。
※
一階まで下りて、展示物をあらかた見終わった後、俺たちは水族館を出る。そして、そのまま水族館の裏手にあるお土産屋に直行した。
「飯山、上着返すよ」
「もう大丈夫?」
「うん、服は乾いたみたいだし」
店内に入ってすぐ、俺は飯山に借りていた上着を返した。
お土産屋は広く、たくさんのグッズが販売されている。もちろん、沖縄特産のものも売られているが、ここは海洋博公園の中で水族館の裏手にある。水族館に関連するグッズが大半を占めていた。
「これ、可愛くね?」
「……なんかちょっと間抜けだな」
「それがいいんじゃん!」
檜山と佐田の二人は、ジンベイザメのデカいぬいぐるみを持って話している。佐田はピンク色で、檜山は青色のものを持っている。お揃いにするのかな?
「……俺も、何か買っていくか」
俺もみなとに何かプレゼントをしたい。せっかくだし、お揃いのグッズにしたいところだ。
みなとは何が好きだろうか。ここに彼女はいないので、俺一人で持っていけるようなサイズでないといけない。つまり、あのデカいジンベイザメのぬいぐるみのような巨大なお土産は無理だ。
「これとかいいかな……」
俺は目についたそれを手に取る。これならあまりかさ張らないので容易に持っていけるし、お揃いにできる。
俺はそれを持って、お会計に進む。そして、無事にそのグッズを購入したところで、佐田に声をかけられた。
彼は巨大な袋を持っている。どうやらあのぬいぐるみを買ったらしい。
「なあ、ほまれ……ちょっと来てくれ」
「う、うん」
周囲を見回すと、檜山も佐田と同じような袋を持って、トイレに向かっていた。俺は人の少ない、陳列棚の間に連れていかれる。
「……どうしたの?」
「あのさ……そろそろ、やろうと思うんだが」
「覚悟を決めたんだな……!」
「そうだ。そうなんだが……」
「が?」
「どうやって告白すればいいんだ?」
俺はズッコケそうになった。
「普通に、好きです! 付き合ってください! って言えばいいんだよ!」
「えぇ……もっと気の利いた言葉とか……」
「そんなに気にしなくて大丈夫だよ! プロポーズじゃあるまいし!」
「ぷ、プロ……」
「とにかく、好きだっていう気持ちが伝わればいいんだよ! というか、もしかしたら檜山から告白してくるかもよ……?」
「そ、そんなわけ……!」
わかりやすく動揺する佐田。やっぱり、檜山のこと好きじゃんか。
「とにかく、ビーチに連れ出しなよ! すぐそこにあるからさ。まずは二人きりになってから!」
「そそ、そうだな」
「あと二十分で集合時刻になるから、早く行きなよ。ほら、檜山も戻ってきちゃったよ」
「お、おう」
俺は佐田の背中を押す。佐田は棚の後ろから、檜山の目の前に姿を現したかたちになった。
「……あー、ちょっとビーチの方に寄ってみないか?」
「う、うん。いいぞ」
二人はどこか緊張した様子で、お土産屋を出ていった。
すると、すぐに俺のもとに他の三人が駆けつけてくる。
「ほまれちゃん、行った⁉︎」
「行ったよ」
「よ〜し、こっそり追いかけるよ〜!」
俺たちは時間を空けてから、こっそりと二人の後ろをついていく。
彼らは建物を出ると、ビーチの方にまっすぐ歩いて行った。時刻は十六時四十五分。太陽はまだ高い位置にあるが、かなり西の水平線へ落ちてきていた。西方に海を臨むビーチに、人の姿はあまりない。
遮蔽物もあまりないため、俺たちは二人に見つからないように、かなり遠い場所から見るしかなかった。
「結構遠くまで歩くデスね……」
「誰もいない方へ歩いているのでしょう」
すると、波打ち際で二人が立ち止まる。二人との距離はおよそ五十メートル。何か話しているようだが、声が小さく、また距離が遠いので聞こえない。それに、この位置からでは逆光になるので、二人の表情は影になって見えない。
「こ、告白しているんですか⁉︎」
「た、たぶん……」
「なんて言っているデス⁉︎」
「あああ、頭を揺らさないででで、聞こえないってばばば」
サーシャが後ろから俺の頭を掴んで揺らす。いくらアンドロイドでも聞こえないものは聞こえないんだよ!
「皆、静かにして!」
飯山が一喝する。俺たちは静かになった。
俺たちが見つめる中、二人は夕日をバックに向かい合って何かを話す。
そして次の瞬間、二人は歩み寄ると……。
「おおおっ!」
「あらあら〜」
「はっ!」
「Ай!」
それを見た瞬間、ドッと安心感が押し寄せてきた。力が抜けていく感覚。
両方の事情を知っていた者として、俺は間違いなく世界で一番二人の恋路を気にかけていたと思う。それが成就したのを目の前で見て、やっとその責務を全うできた。
「ほっ……」
恋のキューピットとしての役割を、俺は完遂したのだ。
すると、二人は何かを話すと、ビーチを急いで走っていく。
「ど、どうしたんでしょうか……?」
「あっ!」
「ほまれちゃん、どうしたの?」
「ヤバい、時間だ!」
時刻を確認すると、いつの間にか集合二分前になっていた。二人はそれに気づいて走って行ったのだろう。
「ワタシたちも急ぐデスよ!」
息つく暇もなく、俺たちも二人の後を追って、バスのある駐車場までダッシュするのだった。