カヤック体験が終わると、俺たちを乗せたバスは約二十キロ離れた城跡へ向かう。
途中で昼食をとったので、城跡に到着したのは午後一時半頃だった。
一時間ほど時間があるので、俺たちはバスから降りて散策を始める。
「景色いいね〜」
この城は小高い丘の上に建っていて、上の方まで登ると海が見える。吹いてくる風には微かに潮の匂いがした。
「ところどころ石が積まれているだけデス……早く水族館に行きたいデス」
「しかし、ここは世界文化遺産に登録されているんですよ、サーシャさん」
サーシャはあまり面白くなさそうだ。確かに、ここには首里城のように再現された立派な城が残っているわけでもなく、かつての城の存在を示すのは敷地に張り巡らされた立派な石垣だけ。あまり面白くないと感じるのも無理はないだろう。
しかし、今回の修学旅行では、こういう散策に向いている場所ならではの面白いものが見える。
「お、来た来た……皆、こっち来て!」
俺は遠くからやってくるあの二人の姿を見つける。俺は他の三人と一緒に、咄嗟に近くの石垣の後ろに移動して、彼らに見つからないように隠れた。
「どうしたデスか、ほまれ?」
「しっ……ほら、あっち」
俺が指差した先には、檜山と佐田。二人きりでゆっくりと目の前の道を登っていく。
二人は何かを話しているようだが、ちょうどこちらから向こうへ風が吹いているので、会話内容は聞こえない。しばらく何かを話していると、唐突にバシバシと檜山が佐田の背中を叩く。佐田は満更でもない様子だ。
すると、檜山が佐田の横に並んで、彼の手に触れる。しばらくもどかしい時間が続いた後、二人はやっと手を繋いだ。そして、そのまま向こうへと歩いて行き、後ろ姿が遠くなっていく。
次の瞬間、俺の隣でドサっと誰かが倒れる音。
「……とうとい〜」
「飯山⁉︎ 大丈夫?」
「とうとし……。もうわたしはこの世に思い残したことは……ない……」
「飯山ー!」
ガクッと力が抜け、尊死してしまった飯山。
その後ろで、ちょっと顔を赤くした越智が呟く。
「二人は、もう付き合っているんじゃないですか……?」
「そうデスよ、ラブラブカップルじゃないデスか!」
「そう、なのかもね……」
もしかしたら、予定を変更してすでに告白した後だったのかもしれない。水族館に行く前、どこかのタイミングで聞いておきたいところだ。
一時間が経過し、出発時刻が迫ってきたため、俺たちはバスの停まっている駐車場に戻る。
すると、トイレから一人でバスへ歩いてくる佐田の姿が見えた。檜山の姿はない。
チャンスだ、と思った俺は佐田の方へ駆け寄った。
「佐田!」
「おう、ほまれ」
「それにしても……お前、檜山とめっちゃ仲良さそうに歩いていたじゃん」
「そ、そうか……?」
ちょっと照れくさそうにする佐田。お、もしかして自覚なしか?
時間があまりない。俺はさっさと本題に切り込む。
「そうだよ! ……もしかして、もう告白したの?」
「いや、まだだ……水族館でやるつもりだが」
「そうだったんだ……頑張れよ」
なんだ、まだ告白していなかったのか。俺は佐田の背中を叩いて気合いを注入する。
俺たちはバスに乗り込む。すぐに全員が乗車したようで、バスは出発してすぐ近くの水族館まで走り出した。
すべてを知っている俺からすれば、両片想いなのだから確実に成功することがわかっているので、少しもどかしく思えてしまう。しかし、これはすべてを知っているからこそそう感じているのであって、本人たちからしたらそれどころじゃないだろう。
城跡を出発すると、すぐにバスは海洋博公園に到着する。この中には水族館やイルカショーのステージ、レストラン、ビーチなどの施設がある。Bコースの最後の目的地だ。
バスから降りると、班ごとの自由行動が始まった。十七時の集合時間まで、この公園内を自由に巡ることができる。
「まずはどこに行くんだっけ?」
「イルカショーですね。そろそろ始まるので急ぎましょう」
そういうことで、俺たちは早速イルカショーのステージに向かった。
普通、イルカショーのステージは水族館の敷地内にあることが多いと思うのだが、この場所は水族館とステージが分かれていた。
イルカショーは無料で観覧することができる。そのせいか、ステージの観覧席はすでにかなりの人で埋まっていた。
「おーい、皆、早く来てー!」
先に到着した檜山がこちらに呼びかける。前の方の長椅子に、ギリギリ六人が並んで座れそうな場所があった。ステージの真正面なので、ショーはとても見やすいだろう。
俺たちは席に一列に座る。当然、檜山と佐田は隣どうしだ。
席に着くとすぐにショーが始まる。目の前の巨大な水槽にイルカが現れ、ドルフィントレーナーの指示に従って次々と芸を披露し始めた。
「おお〜」
「スゴいデスね〜」
俺の両隣に座る飯山とサーシャがそれぞれ感嘆の声をあげる。
イルカショーを見るのは夏休み以来だが、やはり何度見ても迫力がスゴい。三メートルもある巨大な生物が、六メートル近くも水面から飛び上がるのだ。着地するときに派手な水飛沫があがる。
イルカはトレーナーの指示に従って、客席に一番近いところまで来る。すると、次の瞬間、こちらに背を向けると、尾びれで勢いよく水を叩き、派手にシャワーを浴びせてきた。
「「きゃー!」」
俺は体を小さくして水を避けようとしたが、両隣の二人がそれを許さなかった。俺の腕をガシッと掴むと、俺の背中の後ろに隠れるように体を傾ける。その反動で俺は前に出てしまい、吹き上がった水飛沫をザバザバともろに浴びてしまった。
「…………」
「あぁ、ごめんね、ほまれちゃん!」
「大丈夫デスか⁉︎」
「…………大丈夫」
ポタポタと大量の水が頭から滴る。俺は全身ずぶ濡れという惨憺な状態になった。俺は飯山とサーシャに人間の盾にされたのだ。
すると、飯山が慌てたように自分の鞄から上着を取り出すと、俺に被せる。
もしかして、風邪をひかないように、と気遣ってくれたのか……?
「ほまれ、服透けてるデス」
「え?」
サーシャの声に、俺は自分の服を見る。
見事に、自分の下着の色が透けてしまっていた。
「いやぁ……!」
俺は慌てて上着の前のボタンを留める。こんなあられもない姿を衆人のもとに晒すわけにはいかない。
今日着てきたのは、薄く白い服。暑くなるだろうから、と通気性のいいものを着てきた。それが完全に裏目に出てしまった。
つまり、飯山は俺の風邪の心配ではなく、服が透けていることにいち早く気づいて、自分の上着を被せてくれたのだ。
「他の人は大丈夫かな……?」
今の水飛沫はかなり大きかった。俺以外にも、この辺りに座っている人は、俺と同じくらい濡れていてもおかしくないと思うのだが……。
まずは、サーシャの隣に座っている越智を見る。すると、彼女は折り畳み傘の水を払って畳んでいるところだった。まさか、こうなることを見越して傘を用意していたのか……⁉︎ 用意周到すぎる……さすがは越智だ。
そして反対側の佐田と檜山はどうかというと、佐田が檜山を水から庇うような形で抱き止めていた。
「……大丈夫か?」
「あたしは大丈夫だけど……あおいはびしょ濡れじゃないの?」
「まあ、そうだけど……」
「そっちの方が大事だって! ほら、タオル! 使って!」
「いいのか?」
「いいって! 風邪引いたら……後味悪いし……」
「ありがとう」
……バカップルめ! イチャイチャしやがって!
これには俺と檜山の間に座っている飯山もニコニコだ。この二人、もはや付き合っているだろ……。
俺は二人の様子を見て、そう思わざるをえなかった。