「なあ、ほまれ、ちょっといいか?」
「どうしたの?」
修学旅行の二週間前の放課後、バスケ部の活動が終わった後に、俺は佐田に声をかけられた。
「実は相談したいことがあるんだが……」
「う、うん。何?」
すると、佐田は周りを見渡してから、声のトーンを落として俺に言う。
「ちょっとここじゃ話しにくいから、場所を変えてもいいか?」
「……わかった。着替えた後でもいい?」
「もちろん。二階の階段のところで待っていてくれ」
「わかった」
そう言い残して、佐田は体育館の鍵を職員室へ返しにいった。
俺は階段を下り、女子更衣室で着替えながら考える。
佐田の相談内容とはいったい何だろう? 修学旅行についてだろうか?
結局、檜山たちと会議をした次の日、俺は佐田に自由行動の話を切り出した。どうやって話そうか、もし説得に失敗したらどうしようか、といろいろ考えたが、結論から言うと、それらはすべて杞憂だった。
つまり、佐田もBコースがいい、と思っていたのだ。
そのため、特に自由行動のコース決めは滞ることなく、さらに、希望する班もそれほど多くなかったせいか、俺たちの班は、自由行動でめでたくBコースになったのだった。
修学旅行の自由行動については、こうして無事に決まったわけだし、今更どうこう言っても変えることはできないだろう。それについての相談である可能性は低い。
よく思い返してみると、先ほど佐田は『ここじゃ話しにくいから』と言っていた。つまり、相談内容はあまり人には聞かれたくない、俺にしか明かしたくないような話のはずだ。
「うーん、わからん……」
しかし、俺に思い当たる節はない。まったく予想ができないまま、俺は荷物を持って、佐田との待ち合わせ場所で待機する。
「お待たせ、行くか」
数分後、着替えた佐田が階段を上ってきた。俺たちは渡り廊下を進んで、校舎の方へ向かう。
十月に入り、かなり日が短くなってきたためか、すでに太陽は山の向こうへ沈んで、空は暗くなり始めていた。
「この辺でいいか」
薄暗い校舎の中を歩いて辿り着いたのは、人の気配がないオープンスペースだった。
その長椅子に、佐田は腰掛けた。俺もその隣に座る。
「……それで、相談って?」
「ああ、うん……それなんだが……」
話しにくい内容らしく、俺たちの間には沈黙が流れる。
佐田が自分から話し始めるのを待つ間、俺は佐田が相談したいという内容について考える。
俺をわざわざ人気のないところまで連れ出して、二人きりで他の人に聞かれたくない話なんだよな……。
はっ……もしかして! 俺は一つの可能性に思い至る。
だが、その話に対する俺の答えは決まっている。それはどんなことが起ころうと揺るがない。
軽いデジャブを感じつつも、俺はそのことをはっきりと伝えるべく口を開いた。
「佐田」
「……どうした」
「ダメだよ、やっぱり」
「え?」
「確かに佐田はカッコいいし、イケメンだし、気遣いもできる完璧超人だけど……」
「お、おう……」
「だけど、ダメだよ! 俺にはみなとがいるんだ!」
「……はぁ?」
「確かに俺は見た目は女の子になった! けど、俺はみなとを裏切ることはできない!」
「ちょま」
「それはいくら佐田とはいえど、譲れないんだ……!」
「ちょちょちょ、待て待て待て、落ち着け落ち着け。どうしてそうなるんだよ!」
「え?」
「俺、なんで突然お前にフラれているの?」
「え、だって……こんなところで俺と二人きりで相談したいことといえば、俺のこと女の子として好きになっちゃった〜とかそういうのじゃ」
「そんなんじゃないわ! 自意識過剰すぎる!」
「違うの?」
「違うぞ! ……まあ、確かにほまれのこと可愛いな〜とか、俺にこんな彼女がいたらいいな〜とか思ったことはあるけど」
「え、それって俺への告白」
「違う違う! 俺は、お前のこと、親友として見ているから! そんなんじゃないから! というか、ほまれはいつか元の体に戻るだろって!」
「……まあそうだけど」
「あーもう……まったく」
佐田は呆れつつも苦笑していた。さっきまでものすごく張り詰めた顔をしていたのに、なんだか表情が柔らかくなっている。結果オーライだろうか。
「実はな、ほまれに相談したいっていうのは、なおのことなんだよ」
「檜山? なんか喧嘩でもしたの?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
そういうと、佐田は下を向く。
「まあ、実際うるさいくらいにイジってくるし、騒がしいし、名前呼びしてくるんだけど……」
「うん」
「なんだか、楽しくなっちゃってさ」
「……佐田ってドMだったっけ?」
「違うぞ! 断じて違う!」
いや、でも最初に檜山と席が隣になった時、かなり嫌がっているようだったけど……。
「じゃあ、嫌がっていたのは何だったんだよ」
「まあ、確かに最初は名前呼びはあまりいい気はしなかったし、絡みもうざかったけど……」
「けど?」
「なんか、こういうのも悪くないな〜って」
しつこく諦めずに絡み続けた成果が出たようだ。よかったな、檜山!
「……で、相談ってそのこと?」
「いや、まだ本題には入っていない。今から入る」
「ほうほう。それで、本題とは」
「実は、最近なおと話すと、なんか心がモゾモゾするんだよ……」
「モゾモゾ?」
「ああ。なんというか、心が浮き上がる感じ」
「心が浮き上がる感じ」
俺はおうむ返しをする。
「この気持ちは何なのか、知りたいんだ……ほまれ、わかるか?」
そして、今度こそ俺はピーンと来た。
「もしかして:恋」
「……やっぱりそうなのかな」
「絶対そうだろ」
「うーん、そうなのかな」
「そうだって! だって一緒にいて楽しいんでしょ? 最初、あれだけ嫌がっていたのに」
「んまあ、そうだな」
「じゃあ、檜山のこと、好きになっているんだよ、佐田は」
「……そうか」
俺は、なおのことが好きなのか……、と佐田が小さく呟く。
やっと確信できた気持ちを、噛み締めているように、俺には見えた。
……ん? 待てよ。
今わかったように、佐田は檜山のことが好きだ。
そして、以前相談されたように、檜山は佐田のことが好きだ。
……両想いじゃん! なんたる偶然! こんなことあるんだな!
「佐田、よかったな!」
「ん?」
その勢いのまま、佐田に『実は、檜山もお前のことが好きなんだよ!』と言おうとして、俺はそこで固まった。
佐田が檜山のことを好きであることを知っているのは、本人と俺しかいない。
檜山が佐田のことを好きであることを知っているのは、本人と俺、飯山、越智、サーシャだ。
つまり、二人はお互いのことが好きであるとは知らず、そのことを知っているのは俺だけ。
……こんな状況、面白くないはずがない!
まるで何かの恋愛小説のような状況に、不意に心の底からイタズラ心が湧き上がってきた。
俺は、佐田にかける言葉を急遽変更する。
「今回の自由行動、告白に適したスポットがあるじゃないか!」
「え?」
「ビーチだよ! 時間的に夕方になるし、西に沈む海をバックに告白すれば……イチコロだよ!」
「お、おう……そうか?」
「絶対そうだよ! それに、カヤックとか水族館とか、いい雰囲気になれるスポットもたくさん巡るじゃん」
「確かに……」
「だから、修学旅行で告白しちゃおうよ! 絶好のタイミングだって!」
「……そうだな。ほまれ、もし俺が告白するとなったら、協力してくれるか……?」
「もちろん!」
「ありがとう。やっぱり持つべき者は友だな!」
そう言って、佐田は俺の肩をポンポンと叩いてくる。そんな彼の表情は晴れやかだった。
俺は笑顔で返事をしながら、面白いことになってきたぞ……と、心の中でこの状況を楽しむのだった。