俺たちは動きやすいジャージに着替えて準備をした後、玄関から外に出る。
「それじゃあ、早速ジョギング始めるデスよ〜!」
「あ、ちょっと待ってサーシャ」
走り出そうとするサーシャを呼び止め、俺は急いで玄関の横、車が停まっているところに向かう。
そして、ズボンのポケットから自転車の鍵を取り出すと、車の横に停めてあったママチャリを解錠し、スタンドを上げた。
それを見たみやびが驚いたような声をあげる。
「え、お兄ちゃんは走らないの⁉︎」
「う、うん。そうだけど……」
俺が走るなんて一度も言っていないが。
「え〜、一緒に走ろうよ〜!」
「でも、長時間走り続けると熱が溜まって動けなくなっちゃうかもしれないし……それに、俺はどうやっても痩せられないから、ダイエットする意味なんてないよ」
「んまあ、そうだけど……」
俺は自転車を家の前の道に出すと、サーシャに声をかける。
「それじゃあ、出発しようか。さっき話したけど、ルートはわかってる?」
「公園までデスよね?」
「そうそう。じゃあ、行こうか」
「出発デス!」
「ほら、みやびも走って走って!」
「は〜い……」
サーシャはあり余る元気を表現するかのごとく、勢いよく走っていった。一方、みやびは仕方なくといった様子で、ちんたら走り出す。俺はさらにその後ろから、二人を追うように自転車を漕ぎ始めた。
よく考えれば、この体になってから自転車に乗るのは初めてだ。あまり心配はしていなかったが、正常に運転できている。よかった。
それにしても、みやびが遅すぎる!
本当に本気で走っているのか? わざと力を抜いて走っているんじゃないか、と思ってしまうほど低速だ。ちょっと気を抜くと抜かしてしまうので、フラフラと蛇行気味になってしまう。
「みやび、もっと速く走って!」
「わかってるよ……」
「みやび〜、遅いデスよ〜!」
「ちょっと待ってて……」
すでにサーシャとの距離は百メートル以上離れている。そして、みやびは早くも息が切れ始めていた。
マジで体力がないな……こりゃダイエット以前の問題だな……。
こうしてチンタラと走っていくこと十分。自宅から一キロ先にある小さな公園に、俺たちは到着した。
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……」
俺たち以外、公園には誰もいない。すっかり息を切らしたみやびは、ベンチにどっかと腰掛け、息を整えていた。
「つ、疲れた……もう、走り゛だぐな゛い゛……」
「まだ全然走ってないじゃないデスか! みやび、体力ないデスね」
「あ゛?」
「な、なんでもないデス」
一方、みやびとは対照的に、サーシャは息切れ一つしていない。汗は少しかいているようだが、まだ全然走れる様子だ。
本当なら、今すぐにでもジョギングを再開したかったが、みやびがへばって動こうとしないので、しばらくここで休憩することになった。
「お兄ちゃん……水……」
「はいはい」
俺は自転車のカゴからスポーツドリンクを取り出すと、みやびに手渡した。
すると、サーシャに声をかけられる。
「ほまれは、走ってもダイエットできないデスよね?」
「そりゃそうだよ」
厳密に言えば、運動することで体が熱くなって、冷媒の水が蒸発して減る可能性はあるだろう。ただ、もしそうだったとしても、全体の重さと比べれば誤差レベルのはずだ。
そもそも、俺の体には脂肪分なんて存在しないので、運動しても体重は増えも減りもしない。
「まあ、そうデスよね……。ちなみに、ほまれの体重ってどのくらいデス?」
「うーん、どのくらいなんだろう……量ったことないんだよな……」
具体的な数字は知らないけど、みやびから重いとは聞いているし、それは実感している。
すると、サーシャは俺に近づいてきて、俺の真正面に立った。そして、おもむろにしゃがみ込むと、俺の腰を抱えて持ち上げようとする。
「Ура-а‼︎」
サーシャは、謎の掛け声とともに力を込める。
いくらサーシャでも、俺を持ち上げるのは無理だろう。一瞬そんなふうに思ったが、俺のその認識は一瞬で覆った。
「おおっ⁉︎」
俺のつま先がわずかに地面から浮いた。そのままどんどん上がっていく。
しかし、不意にバランスが崩れた。重心が高くなり過ぎてしまったようで、俺はサーシャの背中側へ倒れてしまった。
「ぐぇっ」
「うわっ!」
ドシン、と衝撃。小さく砂埃が舞った。
「ほまれ……」
「大丈夫、サーシャ⁉︎」
サーシャの上に倒れてしまったらしく、何も見えない。周囲の状況を把握するため、俺は体を起こしてサーシャの様子を確かめようとする。
次の瞬間、地面についたはずの手が何か柔らかいものを掴んだ。
「ほ、ほまれ……」
「へ?」
「手、どけてくれデス……」
言われるがまま自分の手を見ると、俺は見事にサーシャの胸を鷲掴みにしていた。
「あ、ご、ごめん!」
「あと、重いのでどいてくれデス……内臓が潰れそうデス……」
「ごめん!」
パッと手を離し、慌ててサーシャの体の上から退く。
はたから見たら、俺がサーシャを押し倒したように見えたことだろう。
サーシャはちょっと咳き込みながらゆっくり体を起こして立ち上がると、服や髪についた砂埃を払った。
「やっぱりほまれは重たかったデスね……」
「そ、そう?」
すると、俺たちの様子に気づいたみやびが、慌てた様子で近づいてきた。
「お兄ちゃん、大丈夫⁉︎」
「ああ、うん。俺は平気だよ」
「よかったー……」
みやびはホッと息をついた。
どうやら休憩のおかげで、みやびの息は整ったようだ。
そんなみやびに、サーシャが話しかける。
「みやび、ほまれの体重ってどのくらいデスか?」
「……じゃあ、ちょっと耳貸して」
みやびはサーシャに耳うちで何かを伝える。
「хорошо! そんなに重いデスか!」
そして、俺の方をジロジロと見るとサーシャが呟く。
「どうりで潰れそうになったデス……全然そんな重さがあるとは見えないデスけど」
「……重くて悪かったな」
俺だってもっと体重が軽かった方がよかったよ……。その方がいろいろと都合がいいだろうし。
「なあみやび、俺の体重、もっと減らせないか?」
「うーん……まあ、考えておくよ」
みやびは本気なんだか本気じゃないんだかよくわからない返答をしてきた。ちゃんと検討してくれよ……。
「それじゃあ、行こっか!」
すると、みやびは立ち上がった。やっとやる気を出したか! と思ったが、それも一瞬、みやびは公園の出入り口に向かって歩き始めた。
「おいおいみやび、走らないと」
「そうデスよ!」
「……」
次の瞬間、みやびは黙ったまま公園の出口へダッシュし始めた。
「ちょ、逃げるな!」
俺はダッシュしてみやびを速攻で捕まえる。なんだよ、走れるじゃないか!
捕まったみやびは、俺にズルズルと引きずられていく。
「もう帰ろうよー……」
「ほら、まだコースの半分も行っていないんだから走るよ」
「え〜……」
「そんなんじゃダイエットできないぞ!」
「行くデスよ、みやび!」
みやびは諦めた様子で、サーシャの後を追いかけて走り始める。
俺は自転車に乗ると、さらにその後ろを再び追いかけるのだった。