「ほまれちゃん、これからよろしくね!」
「うん、よろしく、飯山」
俺は新しく隣の席になった飯山と挨拶を交わす。
修学旅行の班分けが終わった後、俺たちはそれにしたがって席替えをした。これによって修学旅行の班と、授業中などに行うグループ活動の班のメンバーが一致することになった。きっと、修学旅行についての話し合いをスムーズにしたり、修学旅行までに班内での人間関係を円滑にしたりするのが狙いだろう。
ちなみに、班内での席順は完全にランダムだ。俺の左隣が飯山、俺の真後ろがサーシャ、さらにその左が越智だ。それはいいのだが……。
「おっ、隣だなー、よろしくあおい」
「はぁ……よろしく」
「なーんでそんなにテンション低いんだよ! あたしの隣で嬉しくないのか〜?」
「……いや別に」
「つめたっ! 酷いなー乙女になんてこと言うんだー」
「なおが乙女……ふっ」
「あーっ、いま鼻で笑ったな!」
ギャースカやり出す俺の前の二人。だる絡みしてくる檜山に、ちょっと面倒くさそうに返す佐田。よりにもよって、この班の中で離しておいた方がいい二人が隣になってしまった。このまま修学旅行前に仲が悪くなってしまったら……それは一番避けるべき未来だ。
俺は思いきって、自分の前に座っている佐田の肩をちょんちょんと叩く。
「ね、ねえ、やっぱり席変わろうか……?」
「……………………」
だが、俺がそう言っている最中、その隣からものすごい圧を感じた。目線だけ横に動かすと、檜山が『余計なことをするな』と言わんばかりに、背後から黒いオーラを放ちながらこちらを見つめていた。思わずヒエッと声を漏らしそうになる。
やっぱりなんでもない、と俺は先ほどの言葉を撤回しようとしたが、それよりも早く佐田が言葉を発した。
「いや、いいよ。ほまれの気遣いはありがたいけど……くじ引きでこうなったんだし、席変えたらその意味ないだろ? それに、俺は別にここが嫌なわけじゃないから」
「そ、そっか……わかった」
俺はある意味ホッとしながら席に腰掛ける。ちらりと檜山の方を見ると、彼女もホッとした表情をしていた。
それにしても、どうして檜山は佐田にだる絡みしているんだろう?
席替えの時からずっと、彼女は佐田のことをずーっとロックオンしている。佐田が嫌そうな素振りを見せても諦めずに話しかけているし、ちょっと病的なまでに執着しているように感じる。まるで、佐田に『自分のことを気にし続けてほしい!』という態度をしている。
さっきだって、俺が佐田に席を代わろうか提案したら嫌そうな雰囲気を出していたし、結局席が変わらないことになったらホッとしていた。つまり、佐田の隣から離れることは、彼女にとって明らかに都合が悪くなるということだったのだ。
いったい何を彼女がそこまでさせているのか。
ここで、俺は思い出す。あの日の夜の出来事を。
「そうか……」
「……ほまれちゃん? どうしたの?」
「え⁉︎ あ、いや、なんでもないよ!」
「ほら、修学旅行の自由行動について話し合いますよ」
「あ、ああ……ごめんごめん」
ともかく、檜山の行動の理由はなんとなくわかった。だが、今はそれを考えている場合ではない。
俺はいったん、修学旅行の自由行動の行き先を決める話し合いに集中するのだった。
※
放課後、クラスメイトたちが三々五々と教室から出ていく。
「ほまれ、行くか」
「うん」
今日は部活がある。俺たちも、流れに乗って更衣室に向かおうと教室を出ようとした、その時だった。
「天野」
「どうしたの、檜山?」
背後から俺の名前を呼ぶ声。振り返ると、檜山が立って、こちらへ手招きしていた。
「ちょっと、話があるんだけど」
「俺? 今から部活なんだけど……」
「すぐ終わるから」
「……わかった。佐田、先に行ってて。終わったらすぐに行くから」
「了解」
佐田が歩いていくのを見送ると、俺は檜山の方を向く。
「で、話って何?」
「ちょっと、こっち来て」
すると、檜山は俺の手首を掴むと、ツカツカと教室を早足で出ていく。俺は彼女に引きずられるように、その後ろを歩いていく。
俺は特別教室が集まっている一角まで連れてこられる。今この場には、俺と檜山以外の人の気配はない。
そこまで来て、やっと檜山は俺の手首を放した。
「ど、どうしたの、こんなところまで来て」
「…………人に聞かれたくない話だから」
「ま、まさか……!」
次の瞬間、頭の中にビビーン! と檜山がしようとしている話の内容が思い浮かぶ。
それが衝撃的すぎて、俺はちょっとモジモジしながら、それでいて強い言葉で彼女を諭す。
「……ひ、檜山、ダメだよ」
「あ?」
「……俺にはもう、みなとという彼女がいるんだ。それはもう知ってるでしょ?」
「違う違う! 話ってそういうことじゃないから! いや、そっち方面であるのは確かなんだけど……」
すると、今度は檜山がモジモジしだす。顔を赤くして落ち着かない様子だ。その表情は、まさに『恋する乙女』といった感じだ。
「じ、実はな……修学旅行中にあおいに告ろうと思っているんだけど」
「うん」
「反応薄っ! え、ここはもっと驚くところじゃないの⁉︎ あんたたち親友でしょ? 私、あんたの親友に告ろうとしているんだけど!」
あ、しまった! 檜山が佐田のことを好きなのを知っていたから、思わず淡白な反応を返してしまった。檜山からすると、俺は恋バナをしていた時にすでに眠っていて、聞いていないと思っているんだった。
「わ、わぁー! そそそうなんだ! あまりにも衝撃的すぎてスルーしかけちゃったよ!」
慌てて俺はビックリした様子を取り繕う。かなりわざとらしいような反応しかできなかったが、幸いにも檜山はこれ以上突っ込んでこなかった。
「それで、天野に頼みがある」
「頼み?」
「あたしをできるだけサポートしてほしい! その、空気を読んでほしいっていうか……」
「……わかった。協力するよ」
「おー、ありがとう! 天野! あんたが一番あおいのことをよくわかってるんだ。これからいろいろ聞くと思うから、その時はよろしく!」
「う、うん」
俺の両肩を掴んで揺さぶってくる檜山に、俺はガクガクしながら答えた。
正直、このままの状態では、檜山が佐田に告白しても、佐田は断るんじゃないだろうか。ただ、はたから見て成功率が低くても、それは恋する権利がないということにはならない。恋する気持ちはノンストップなのだ。
「あと」
すると、檜山は俺に顔を近づける。そして、肩を掴む手に力を込めてきた。
「このことは、他の人には言うなよ?」
「わわ、わかった。言わない言わない」
「……とりあえず、ひなといおりには話してあるから、その二人は大丈夫」
「飯山と越智は大丈夫なんだな……サーシャは?」
「これから話す。……マジであおいには死んでもバラすなよ?」
あまりの気迫に、俺はただ黙って刻々と頷くほかなかった。
「話はそんだけ。じゃあ」
檜山は立ち去っていった。俺は少しの間呆然としていたが、部活があることを思い出して時刻を確認する。
マズい、練習の開始時刻が迫ってきている! 俺は慌ててダッシュで更衣室へ向かう。
急いでジャージに着替えて、階段を三段飛ばしで昇って体育館に到着。幸いにもギリギリ間に合ったようで、練習は始まっていなかった。
「おう、ほまれ。遅かったな」
「はは……ちょっと話し込んじゃって」
「なおと何の話をしていたんだ?」
「えーと……修学旅行についての話だよ」
「ふーん、そっか。お、時間になったな、行こうぜ」
「う、うん」
ちょうどいいタイミングで時間になったので、佐田からこれ以上の追及を受けることはなかった。それに、嘘はついていない。
部長として今日の練習メニューを説明する佐田を俺はぼんやり眺める。
確かに、佐田はカッコいい。見た目だけでなく、内面もだ。
檜山はそんな佐田に告白をしたいのだという。約束した以上、もちろんできる限り協力するつもりだが……。はたしてどうなるだろうか。
まだ何も始まっていないのだが、俺は早くもドキドキしてしまうのだった。