結局、男は駆けつけた駅員によって、駅員室へと連れていかれた。
そして、俺と店長さんのみならず、周りの人の証言もあり、なにより男のスマホに残っていた動画が決定打となって、盗撮の容疑で警察に引き渡された。
これは後日わかったことだが、男が飯山のストーカーをしていたことも芋づる式に警察にバレたようで、ストーカー規正法違反の容疑でも捜査が進んでいるそうだ。
この事件を通して、俺は改めて思う。
ストーカー、怖いっ!
もし飯山ではなく、自分が後をつけられていたら、と思うとゾッとする。自分の知らないところで付き纏われたり、住所を探られたりするだけでも気味が悪いが、こちらがそれを把握している状態でそうされたらなおさらだ。男子よりも女子の方がこういう被害には遭いやすいとは思っていたが、まさか自分の周りの人が遭うとは……。
しかも、これは人ごとではない。見てくれが女子になったのもそうだが、メイド喫茶という、見た目を売り物にしているようなところで働いているのだから、変な客がついて、そのままストーカーになってしまう可能性が高い。こういうリスクも頭に入れて、SNSの運用や店での立ち振る舞いに気をつけなければ、と俺は気を引き締める。
とにかく、これでやっと、飯山のストーカー犯は捕まり、平和が訪れた。
しかし、ほっとしたのも束の間、俺たちに大きなイベントがやってこようとしていた。
「それじゃあ、修学旅行の班分けを始めま〜す」
数日後のLHRの時間。壇上から発言するのは、クラスの修学旅行委員である飯山だ。
俺たちの学校では、毎年、二年生の秋に修学旅行がある。行き先は沖縄。ベストシーズンからは少し外れるが、それでもまだ海にでも入れてしまうくらい暖かい。台風のシーズンでもあるのが玉に瑕だが、来ないことを願うのみだ。
修学旅行は、同じクラスの六人か七人からなる班ごとにまとまって行動する。二日目の自由行動では、班ごとに行き先を決めるので、誰と組むのかがとても重要だ。
「今から三十分まで時間を取るので、とりあえずそれまでに決めちゃってくださ〜い」
飯山はタイマーを設定して黒板に貼り付けると、半ば放任気味にそう言い放ってこちら側に戻ってきた。
さて、誰と組もうか……。できれば仲の良い人がいいなぁ。
でも俺は、男子だけど体は女性型アンドロイドという、とても面倒くさい立場にある。クラスの皆は受け入れてくれているとはいえ、修学旅行では、皆ともっと近い位置で過ごすことになる。
こんな、扱いが面倒くさい人と、組んでくれる人なんているだろうか……。皆に敬遠されてもおかしくはない。今更だが、俺は不安になっていた。
「……はぁ」
「どうしたんだ、ほまれ?」
「佐田ぁ……」
すると、佐田が声をかけてきた。佐田なら、一緒に合宿にも行ったし、組んでくれるかもしれない!
「俺と一緒に組んでくれる……?」
「おう、もちろん。そのつもりで声をかけたんだけどな……」
「マジで! ありがとう〜」
「ちょっ! 近いって! ほまれ! くっつくなー!」
「ご、ごめん……!」
やはり持つべきものは、友だった。
さて、これで一人は確保できた。しかし、班は六人か七人でなければならない。最低でもあと四人は集めないと。
あと誰が一緒に組んでくれるだろうか……。
「ほまれ〜、一緒に行くデスよ〜!」
「のわっ! さ、サーシャ……!」
背中に柔らかい衝撃。そしていい匂い。サーシャが俺に抱きついてきていた。
これをやられるのは久しぶりだ。以前はこれをやられると、ちょっとうざったく思っていたが、今はこの状況も相まってちょっと嬉しく思う。、腹の中はわからないけど。
「……もしかして、ダメデス?」
「いやいや、そんなことはないけど……佐田は大丈夫?」
「おう、いいぞ。というかむしろありがたい……」
おい、ニヨニヨが隠しきれていないぞ……。
でも、佐田がそんな反応をするのも理解はできる。佐田に限らず、誰だってこの金髪ロシアン美少女とはお近づきになりたいだろう。
「よろしくデス!」
「こちらこそよろしく、サーシャ」
「おうおう、お三方とも、あたしらも加わっていいか?」
その時、俺たちの横から聞き慣れた声。
声のした方を向くと、そこに立っていたのは檜山だった。
「わたしもいるよ〜」
その後ろから飯山がひょこっと姿を現す。さらに越智の姿もある。どうやら、三人でグループを形成しているようだった。
「今、わたしたちは三人グループなんですけど、ほまれさんたちも三人グループですよね? 二つ合わせればちょうど六人になるので、もしよろしければ一緒に班を組みませんか?」
「俺はいいけど……サーシャは?」
「もちろん、いいデスよ〜」
「佐田は……」
いいか? という言葉をかけようとして振り向いた俺は、彼の表情を見て言葉を止めた。
なんか微妙に嫌そうな顔をしている! え、もしかしてこの中に佐田の苦手な奴がいるのか? 俺は佐田の視線の先を辿る。
すると、檜山がムッとした表情で彼に近づいてきた。
「ダメなのか、『あおい』?」
「なお、その名前で呼ぶな……」
「いいだろー別に。あんたはあたしのこと名前で呼んでるんだから、フェアじゃないじゃん」
「……これだから」
はぁ、と佐田は小さくぼやいてため息をついた。
そうか、佐田は檜山のことが苦手なのか……。よく考えてみれば、今まで二人が話しているところは一度も見たことがない。きっと佐田が避け続けていたのだろう。
そしてその理由もだいたい想像がつく。檜山が、佐田のことを下の名前で呼んでくるからだ。
佐田あおい。それが彼の本名だ。だが、自分の名前があまり好きではない、と彼はかつて語った。名前から女の子だとよく間違えられるのが、気に入らないようだ。そのため、彼と親しい人でも彼を名字で呼ぶようにしている。俺もその一人だ。
……檜山らと組んでしまって、名前で呼び続けられるのは佐田にとって苦痛だろう。だったら、別の方法を模索するべきだ。
そう思って俺は周囲を見渡す。まだ固まっていないグループがあれば、いろいろ提案できる。そう思ったのだが。
「皆、組み終わっている……?」
「どうやらそうみたいデス」
教室には、あちこちに六人ないし七人が集まり、グループを作っていた。まさかこんなに揉めることなく決まるとは、スゲえなこのクラス!
いやいや、そうじゃない。問題なのは、俺たち以外が組み終わっている、ということだ。
裏を返せば、俺たちさえ決まってしまえば、班分けが決定する。
ここで揉めたら、せっかくすんなり班が決まりそうだったクラスメイトたちに迷惑をかけてしまう。皆優しいから、頼めばきっとなんとかしてくれそうではあるが、とても申し訳ない気持ちになる。
しかし、だからといって佐田の気持ちを無視していいことにはならない。
「佐田、どうする……?」
「……いいよ、この六人で行こう」
「……本当にいいの?」
「ああ。大丈夫。気にしないでくれ」
佐田は手をひらひらと挙げる。本人がそう言っているので、俺はそれを受け入れるしかない。
すると、檜山がとても嬉しそうに佐田の背中をバンバンと叩いた。
「よっし! それじゃあ修学旅行までよろしくな、あおい!」
「……うぜー」
「はぁ? うぜーって何だよ、うぜーって。酷くない⁉︎」
「いや、事実だろ。めっちゃ絡んでくるじゃん」
「いいだろー別に、絡みたいんだから」
「それがうざいんだって」
俺たちの目の前で、ギャーギャーとやりだす二人。
……この二人を同じ班にして、本当に大丈夫だったのだろうか。
俺はそう不安に思わざるをえなかった。