次のバイトの日の勤務終了後、俺と飯山、そして店長さんはスタッフルームに集まっていた。
あれから、店の最寄りの警察署には相談した。一応、『パトロールを強化する』という回答を貰ったが、その後のSNSの様子は特に変わらず、飯山をストーカーしているみたいだった。飯山がストーカー被害を打ち明けてから今日まで、彼女は何度か出勤していたが、その間ストーカー店の外では何度も目撃していたようだ。
というわけで、作戦決行だ。
すっかり日が落ちて、空が薄暗くなった頃、飯山が店の裏口から出る。この曜日のこの時間帯はターゲットが一番出現しやすいのだ。
続いて、俺と店長さんもこっそりと裏口から出る。そして、歩いていく飯山の五メートルほど後ろを、何気ない様子を装ってついていく。
大通りの一本裏の通りなので、人通りは多くない。俺たちは、変な人がいないかどうか、通行人を注意深く観察しながら進んでいく。
「今のところはいないようだな……」
「そうですね……」
今のところ、飯山のストーカーらしき男の姿は見えない。毎週この時間帯、この場所の周辺で撮られたと思われる写真が奴のSNSに大量に載っていたので、今日もいるのかと思ったのだが……。アテが外れてしまったのか?
飯山は忙しなく辺りを見回しながら歩いている。やっぱりストーカーが怖いのだろう。
本当は、ストーカーされている本人を囮に使うような作戦はするべきではないのだろうが……他にいい方法が思いつかないのだ。
だからこそ、ここで捕まえなくてはならない。飯山が怖い思いをするのが今日で最後になるように、絶対に逃してはならないのだ。
そうこうしているうちに、飯山は大通りに合流する。ここからは人がとても多いので、一瞬でも目を離すと見失ってしまう可能性がある。
「ほまれ、ひなたはどこだ⁉︎」
「あそこです、行きましょう……!」
早速店長さんは飯山を見失ってしまったようだ。俺はまだ見失っていないので、店長さんの手を握ると、早足で引っ張っていく。こういうとき、やっぱりアンドロイドになってよかった、と思う。
人混みの中、飯山は歩いていくが、ストーカーの姿は一向に見えない。おかしいな……もしかして、今日はストーカーには何か用事があって、この場にはいないんじゃないだろうか……? そんな想像が頭の中を過ぎる。
想定外の事態になりそうだったので、俺は店長さんに相談する。
「店長さん、どうしますか? このまま犯人と接触しなかった場合は」
「……とりあえず、打ち合わせどおり、改札前まで向かう。もしもの話はそこでひなたと落ち合ってからだ」
「わかりました」
俺たちは駅の建物の中に入っていく。
夕方になり、帰宅ラッシュの時間帯に入りつつあったため、駅には大量の人が流れていた。
飯山はその人の流れに乗ると、そのまま改札口へ向かうエスカレーターに乗る。俺たちもその後ろをついていこうとするが、いかんせん人が多すぎる。エスカレーターには乗れたものの、飯山とはかなり距離が空いてしまった。
「……ん?」
「どうした、ほまれ」
「飯山の後ろの人、なんか怪しいです」
俺が着目したのは、飯山のすぐ後ろに立っている人だった。背格好は普通のサラリーマンに見えるが、先ほどから異様にソワソワしていて、落ち着かない様子だ。頻繁に前のめりになって手元を気にしている。
すると、飯山がおそるおそるといった様子で、左手を挙げた。
「いくぞ」
「わかりました」
飯山には、もし緊急事態が起きて、叫んで周りに助けを求めるのが憚られる場合、左手を挙げるように言ってある。そんな事態を起こさないつもりで行動していたが、そのまさかが起きてしまったようだ。
俺の後ろから店長さんが右に飛び出して、勢いよくエスカレーターを上っていく。俺もその後ろにピッタリついて上っていく。
本当ならダッシュで駆けつけたかったが、エスカレーターは狭い上に混雑している。とてももどかしい思いをしながら飯山のところまで近づくと、こちらを見ている飯山が目に入った。同時に、俺たちは飯山が俺たちに合図を送った理由を理解した。
まず、飯山のすぐ後ろに立っていたのは、間違いなくストーカーだった。そのストーカーはさり気ない風を装って、スマホを持った腕をダランと下ろしている。しかし、その画面が仰角になっていて、カメラが飯山のスカートの中を映しているのを、俺は見逃さなかった。
つまり、ターゲットはストーカーからランクアップして盗撮犯になっていたのだ!
本当なら今ここで捕まえてしまいたいが、ここで騒ぎを起こすのはマズい。狭いし他の人の邪魔になるし、揉み合いになった時に転げ落ちたりして負傷者が出てしまったら大事件だ。そこは店長さんもわかっていたようで、俺たちはそのままエスカレーターを上っていく。エスカレーターを降りたところで捕まえる作戦だ。
すまん飯山、あと少しだけ耐えてくれ!
幸いにもエスカレーターの出口はすぐそこだった。俺たちは降りると、出口で待ち構える。すぐに、飯山、そしてストーカーがやってきた。
そして、早速店長さんが犯人に声をかける。
「おい、お前! 今、前の子のスカートの中、盗撮していたよな!」
ものすごいどストレートだ! 大声でドスが効いていて迫力は満点。周りの人が、何事か⁉︎ と一斉に注目する。
まさかここで声をかけられるとは思っていなかったのか、男はビックリする。
「えっ、ええ、なな、何のことですか」
「とぼけるな! 私は見ていたぞ、お前がエスカレーターでこの子のスカートの中をスマホで撮影していたのをな!」
「い、言いがかりはやめてください!」
「じゃあお前のスマホを見せろ! ……動くな! 動画を消すつもりだろう! 本当に盗撮していないのなら何もせずにスマホを見せられるはずだ!」
衆人環視の中、男の動きが止まる。もしここで指を動かそうものなら、自分から盗撮したと認めるようなものだ。かといって、そのまま差し出しては盗撮したのがバレる。
男はすでに詰んでいた。だが、往生際が悪かった。
「あっ!」
「待て!」
突然男は走り出した。周りを囲みつつあった野次馬の間をうまくすり抜けて、奴は脱兎のごとく逃げ出す。一瞬遅れて店長さんが慌てて追いかけようとするが、男の方が速いようだ。
だが、俺よりは遅い。
店長さんが動き出した直後、俺も走り出す。アンドロイドになる前の俺、あるいはアンドロイドに移りたての俺だったら、追いつけなかったかもしれない。しかし、度重なる調整を重ねた今の俺は違う。
「待てええええ! 盗撮犯んんんん!」
俺はグングン加速していく。行き交う人をギリギリで交わしながら、男の背中を追いかけていく。数秒も経つと、数メートルまで離れてしまっていた男は、もうすぐそこまで迫ってきていた。
「ひっ!」
男が振り返り、情けない声をあげる。あと一息だ。
俺は男の前に飛び出すと急停止し、姿勢を低くすると逆に男に突進する。
「観念しろーっ!」
ドン、と鈍い音、そして衝撃。だが、俺の体はそんなものには負けない。アンドロイドは常人よりはるかに強い力を出せる。それに、俺の体は見た目によらずかなり重たいのだ。質量が大きいと、それだけ動かしにくい。運動の第二法則だ。
男は俺のタックルで勢いが殺されたどころか、ひっくり返った。そのまま俺は男の上に覆い被さるような格好になる。
まさか、ここまでうまくいくとは思わなかった……。次は、何をすればいいんだっけ?
一瞬頭が真っ白になるが、すぐにやるべきことを思い出す。俺は男をひっくり返すと、腕を掴んで肘を曲げて逃げられないようにする。
「確保! 確保ー!」
直後、店長さんと飯山と一緒に駅員さんがやってきて、そのまま男は確保されたのだった。