「「ストーカー?」」
俺と店長さんは見事にハモった。
ニュースではよく耳にする単語だが、まさか自分の友達の口から聞くことになるとは思わなかった。
「それは……本当なの? 気のせいとかじゃなくて」
「ほまれ、そんなことを言うな」
「す、すみません……」
店長に窘められ、俺は自分が失言をしてしまったことに気づいた。飯山は、ストーカーされている恐怖でいっぱいになっているはずだ。今はそれが本当かどうかを確かめる時間ではない。話を聞く時間だ。
「いつからストーカーされているんだ?」
「……ちょうどイベントの後、くらいからだと思います」
「一ヶ月以上前ってことか……」
マジかよ、まったく気づかなかった。
飯山の答えを聞いて、店長さんは頭をかかえる。
「ひなた、どうしてもっと早く私に言わなかった……ストーカーについては前々から言っていただろう、人気なのだからその分変な奴から狙われやすい、何かあったら相談してくれ、と」
「すみません……」
「ああ、いや。今は怒ってもしょうがないな……どんな奴かはわかっているのか?」
「それはわかっています」
「ほう」
飯山はスマホの画面をこちらに見せる。そこには、有名なSNSのあるアカウントの投稿が映っていた。
店長さんがスクロールし、俺が横から覗き込む。
「ひえっ」
「これは……」
そのアカウントの主は、どうやらこの店の常連で、飯山の熱狂的なファンであるようだった。俺たちはその投稿を一目見ただけで、明らかに一線を超えているのがわかった。
そのアカウントの投稿のほとんどは、飯山関連で埋め尽くされていた。一緒に撮ったチェキの写真や握手会の時の写真の投稿だけならまだマシだったかもしれない。しかし、それ以外の大部分の投稿が大問題だった。
『今日はひなたちゃんと会ってきた! 今日も可愛い(chu!』
『ひなたちゃんが夢に出てきた。俺の想いが通じたのかな?(^^;)』
『どんなに会社で怒られても、どんなにつらいことがあっても、ひなたちゃんだけが俺を慰めてくれる……俺には彼女しかいない……ナンチャッテ』
『今日SNSアカウント交換しよう、って言ったら店の規則なので、って断られた……今度は店以外のところで持ちかけるか』
『今日ひなたちゃんを新宿で見かけた! 追いかけたけどすぐ見失ってしまったヨ……』
『もっと確実にひなたちゃんの居場所を掴まないと』
『やっぱりひなたちゃんはSNSやってないみたい。そういうしっかりしているところ、好きだよ。けど、今はちょっとでも情報公開してほしいナ……』
『制服着てた! ブレザーの高校ってたくさんあるから絞れないよ泣』
『再び新宿駅で目撃! ホームの位置的に西の方に住んでいるのカナ? 探偵、ひなたチャンの調査を続行します! ビシッ!! ヽ(•̀ω•́ )ゝ』
着々と個人情報が特定されつつあるー! 投稿内容がキショいのも相まって、めちゃくちゃ怖い。最初に『本当にストーカー?』とか疑ってしまって本当に申し訳ない。これはれっきとしたストーカーだ。しかも、無自覚系。もし自分がこんなヤバい奴につけ回されているとなったら、家から出られなくなってしまいそうだ。
「……このアカウント、よく見つけたね」
「偶然、見つけたんだ」
「……コイツ、ネットリテラシーなさそうな。こんな自分の欲望を公開アカで晒すなんて」
確かに、普通は鍵をかけたアカウントでやりそうだ。万が一、本人に見つかる可能性を考えて。それをしないのは、店長さんの言うとおり、ただ単にネットリテラシーがないだけなのか、それとも肥大化した自己顕示欲の暴走に歯止めがかからないからなのか、あるいはこの投稿が見つかったとしても、飯山がまだ好意を向けてくれるだろう、という幻想に支配されてしまっているからなのか……。
「顔や名前はわかっているんだよな?」
「はい……写真から考えると、この人です」
飯山は一枚のチェキを見せる。
「ちょっと待ってろ」
それを見るなり、店長さんはそう断って一瞬席を外す。数分後、戻ってきた店長さんの手には分厚いファイル。店長さんはそれをテーブルの上に置くと、中を広げてペラペラと探し始める。
「……あったあった、コイツで間違いないか、ひなた?」
「はい、そうです」
どうやらそのファイルは客のリストらしく、チェキが入っていたり、シートに来店頻度が細かく記されていた。なるほど、いつもチェキを余分に撮影するのはこのためだったのか……。
「……これからどうするんですか?」
「とりあえず、まずは警察に相談だな。それから、コイツを出禁にする」
「出禁……」
「当たり前だろう、ウチの従業員を怖がらせる奴を、わざわざ店に入れるような真似はしない」
店長さん……! その毅然とした態度に、俺は安心感を覚えていた。
しかし、店長さんは少し難しそうな顔をする。
「ただ、相談したからと言って、警察がすぐに逮捕してくれるわけではないと思う。近年は取り締まりが強化されているとはいえ、SNSだけでは正直証拠としては弱い。そのアカウントが本人であるという確実な証拠を取ることも時間がかかるだろう。さらに、現時点ではひなたの家から離れたところでのストーカーにとどまっている。もしこれが、ひなたの家の近辺とかだったら話は違ってくるだろうが……警察に行ってもすぐにはあまり有効な対策が取れない気がする」
「……そう、ですか」
飯山はしょんぼりする。俺は彼女のそんな様子にいたたまれなくなって、店長さんに言った。
「でも、だからってこのまま何もしないわけにはいかないですよ!」
「そりゃそうだ。……だから、私たちで確かめる」
「確かめる?」
「そうだ。もしかしたらどうにかしてそいつがストーカーしているところを押さえる必要が出てくるかもしれない。そのためには……やっぱりひなたが囮になる必要があるな……」
店長さんは飯山をチラッと見る。
「そいつがストーカーをしている目的は、ひなたにSNSのIDを渡すために、一人でいるところを見計らうためだろう。だから、まずはひなたを一人にしてストーカーを誘き寄せ、その時に私たちが確保するのが手っ取り早いか」
「でも、危なくないですか?」
「もちろん危険は伴う。だから、すぐに逃げられる体制は整えておく。一人にすると言っても、すぐそばにたくさんの人が通るような場所でやるし、それに私も待機して、何かあったらすぐにひなたを守れるようにする」
「お、俺も行きます……!」
「……ほまれも行って大丈夫か? やめておいた方がいいぞ」
店長さんが俺に疑念の目を向けると、飯山が言う。
「ほまれちゃん、こう見えて力が強いんですよ! だから相談したんです」
「……逆に、店長さんは大丈夫なんですか?」
「こう見えて、私は柔道の黒帯を持っているんだ」
それなら安心だ。万が一飯山が襲われても、対処できるとは思う。
ここで、店長さんがパンパンと手を打つ。
「そうは言っても、とりあえず、まずは警察へ相談だな。あまり期待はできないが、相談実績を作っておくことも大事だ。それでも動いてくれなさそうだったら……私たちでなんとかする」
「わかりました」
「……ありがとうございます、店長さん、ほまれちゃん」
こうして、俺たちは飯山のストーカーをなんとかするため、動き出すことになったのだった。