「ふぅ……」
「あ、ほまれちゃん、お疲れさま〜」
「お疲れ」
休憩のために、『STAFF ONLY』のドアを通り抜けてスタッフルームに入ると、そこには飯山がいた。
俺は自分のロッカーを開けると、水筒を取り出して水分補給をする。
「そういえば、今日サーシャちゃんが来るんだっけ?」
「らしいね」
以前から、サーシャはメイド喫茶に興味があったようで、俺がメイド喫茶でバイトしていることを文化祭でみなとから聞いたことで、俺の店に行きたいと言うようになった。そして今朝、俺が家を出る前、サーシャに今日来店すると予告されたのだ。
「……ん? それをなんで飯山が知ってるんだ?」
「サーシャちゃんからSNSで連絡が来たからだよ?」
「いつの間に交換していたんだ……」
飯山が見せてきたスマホの画面には、サーシャの『今日、ほまれとひなたの店に行きます!!!!!』というメッセージが映し出されていた。なんか、飯山ってスルリと交友関係築いていくよな……。というか、飯山と一緒の店で働いていること、サーシャは知っていたんだな。俺、言っていないんだけど。みなとに教えてもらったのかな?
サーシャがロシアのスパイであることがバレてからは、意外なことに彼女との関係はあまり変化していなかった。変わったことといえば、サーシャはみやびから定期的に偽情報を流すよう言われているらしい、ということと、俺に必要以上にベタベタすることが完全になくなったことくらいだろうか。俺には、別にテンションなどが変わるわけではなく、相変わらず明るいまま接している。こちらとしても変に気を使う必要がない。
ただ、みやびにはトラウマを植え付けられたせいか、めちゃくちゃビビっているけどね……。みやびに話しかけられるとビクってなるし、ときどき敬語になるし……。ホント、いったい何をしたんだろうあいつ。
「ねえ、ほまれちゃん」
「ん? どうしたの?」
すると、飯山はため息をつきながらスマホを伏せた。
「ちょっと相談したいことがあるんだけど……」
なんだか元気がなさそうだ。何か悩んでいることでもあるのだろうか? 俺が力になれるならなってあげたいところだ。
「うん。いいよ。相談って何?」
「えっと……」
彼女が口を開きかけた瞬間、ドアがガチャリと開いた。
「お疲れさん」
「「お疲れさまです」」
部屋に入ってきたのは店長さんだった。時刻を確認すると……そろそろ仕事に戻らないといけない時間だ。
さらに、俺のスマホがバイブレーションする。見ると、サーシャからメッセージ。どうやら店に到着したようだった。
「休憩もほどほどになー」
「今戻りま〜す! ほまれちゃん、行こう」
「……相談は?」
「それは、仕事が終わってからでいいや。店長さんにもお話ししたいことだし」
「そ、そっか……」
相談というのが気になるが、ひとまず仕事だ。せっかくサーシャが来てくれたのだ。気合いを入れなければ。
俺たちがちょうどホールに戻ると、店のドアが開いた。
姿を現したのは、金髪碧眼の外国人美少女。間違いない、サーシャだ。
彼女はキョロキョロと店の中を見回すと、俺たちの姿を見つけてパッと顔を輝かせる。
「お帰りなさいませ、お嬢様☆」
「ほまれ……! 本物のメイドデス! 可愛いデス!」
「ありがとう☆」
「ひなたも可愛いデス!」
「ありがと〜」
「それではお席にご案内しますね☆」
俺はサーシャを席に案内する。
「こちら、メニューでございます☆」
「ありがとうデス! それにしても、家とは雰囲気全然違うデスね」
「まあ、今はメイドだから」
「なるほどデス……あ、後でチェキ撮るデス」
「わかりました☆」
俺はサーシャから注文を受けると、キッチンの店長さんにそれを伝えた。
店長さんは料理をしながら、俺に話しかける。
「さっき来たのは外国の人か?」
「そうです。留学生で、今自分の家にホームステイしているんですよ」
「ほう、そうなのか……最近、ウチの店にも外国人のお客様が増えているんだ」
「へぇ、そうなんですか」
「外国語を話せる人材を雇わないとな……メニューも多言語化を進めないと」
嬉しいことではあるが、いろいろ対応しなくちゃいけないんだな……。
しばらくして、料理が出来上がったのでサーシャのところへ持っていく。
「お嬢様、お待たせしました☆ こちら、オムライスです☆」
「おお、うまそうデス!」
サーシャは早速食べ始めようとするが、俺は慌てて手で制した。
「ちょ、お待ちくださいませ、お嬢様☆」
「どうしたデス?」
「ケチャップで文字を書くことができますが、いかがいたしましょうか☆」
「じゃあ、お願いするデス! キリル文字で『サーシャ』って書いてくれデス」
「……どうやって書くの?」
「こうデス」
サーシャのスマホを見せてもらいながら、俺は『Саша』と書く。まあまあうまくできたと思う。
「また、僭越ながら、おまじないをかけさせていただきます☆」
「おまじない?」
「まあ、見てて」
俺は一息ついて、心の準備を整える。知っている人の前でこれをやるのはやはり緊張するが……これは仕事だ。
「サーシャお嬢様のふわふわオムライス、おいしくな〜〜〜れ☆☆☆」
「おお、さすがメイドさんデス!」
サーシャはパチパチと拍手をする。やめてくれ、恥ずかしい……。
「それでは、ごゆっくりどうぞ☆」
※
「ありがとデス!」
「は〜い、こちらこそありがとね〜」
オムライスを食べ終わったと、サーシャと俺はチェキを撮った。満足そうにブロマイドを受け取ると、サーシャはレジへ向かう。
「これでよろしくデス」
「はーい、お預かりしま〜す」
飯山がレジ打ちをして、会計を済ませる。そして、お釣りを渡そうとしたが……。
「あ、お釣りはいらんデス」
「え?」
「チップデス」
「あー……サーシャちゃん、日本ではチップは必要ないんだよ」
「あ、そうデスね、うっかりしてたデス」
逆にロシアにはチップ文化があるんだな。サーシャはお釣りを受け取る。
「それじゃ、また来るデス〜」
「ありがとうございました〜」
「ありがとうございました☆」
時刻を確認すると、ちょうど俺たちのシフトは終わりだ。俺たちはスタッフルームに戻る。
「お疲れさん」
「「お疲れさまです」」
ドアを開けると、そこにはすでに店長さんが私服姿でくつろいでいた。
どうやら店長さんもこれで今日は上がりのようだ。
俺とひなたは私服に着替える。
「それで、相談っていうのは?」
「うん、今から話すね……あと、店長さんも聞いてください」
「ん? 私にも関係するのか?」
「はい。むしろ店長さんに一番聞いてもらいたいくらいです」
「そうか……。わかった」
いったい、何の相談なのだろうか? 店長さんと俺に聞かせたい話? まったく想像もつかない。
「それで、相談っていうのは何だ? ひなた」
「……」
飯山は少し口籠った後、意を決したように言い放った。
「実はわたし、ストーカーされているみたいなんです……」