真っ暗な中、二階の廊下に二人分の人影。サーシャとほまれだ。
サーシャは泡を吹いて気絶している。そして、ほまれは彼女のお腹の上に馬乗りになって、サーシャを見下ろしていた。
ほまれはサーシャの首筋に手を当てて、脈拍を確認する。
サーシャが完全に気絶している、とほまれは判断する。その時、ちょうど廊下の照明が点いた。
ドアのロックを解除する音。直後、ドアを開けて廊下に現れたのは、天野みやびだった。
「……終わった?」
「ターゲットの気絶を確認しました」
「そう、お疲れさま」
みやびは、ほまれに乗っかられているサーシャを観察する。そして、うんうんと頷くと、ほまれに指示を下した。
「よし、じゃあまずは服を脱がそう! お兄ちゃん、手伝って!」
「承知しました」
二人がかりで、サーシャの服を脱がしていく。一分後には、サーシャは下着姿のまま転がされていた。ほまれはサーシャの下着まで脱がそうとしていたが、みやびに止められていた。
「うわー、結構いろんなもの隠してたね〜」
そんなサーシャの横には、彼女が隠し持っていた武器や道具が並べられていた。スタンガンにほまれのへそに接続するケーブル、暗視ゴーグル、短いナイフ、そして抜き出したデータを保存するための機械。みやびは改めてサーシャが大きな脅威であることを認識した。
次に、みやびは後ろ手に持っていたものをほまれに差し出した。
「じゃあ、これで手足縛っといて」
「承知しました」
ほまれに渡したのは手枷と足枷。ほまれは慣れた手つきでサーシャの自由を奪った。
その時、サーシャの意識が戻ったようで、サーシャが顔を上げる。
「『ここは……』」
「気がついた?」
みやびがしゃがんで彼女の顔を覗き込む。サーシャは手足を動かそうとするが、すぐに手枷足枷がはめられていることに気がつき、叫んだ。
「ちょっ、みやび! 助けてくれデス! どうしてワタシ、手枷されているデスか?」
「ふふっ、どうしてだろうね?」
「いじわるしないでくれデス〜。はっ、それにワタシ裸じゃないデスか! 服はどこデス?」
「脱がせてもらったよ」
「なんでデスか? いじめはダメデス!」
必死に手枷を外そうとクネクネするサーシャに、みやびはため息をつくと、低い声でボソッと呟いた。
「『いい加減にしなよ』」
その一言で、サーシャの動きが止まる。
「『こっちはわかっているんだよ。あんたが何をしようとしていたのか。バレていないとでも思った? 【白鳥】さん?」
「『……何のこと?』」
「『まだごまかす気なんだ……言っておくけど、今夜のことは、全部お兄ちゃんの目を通して記録済みだから。クラウド上にデータを保存してあるし、言い逃れはできないよ』」
「『…………私をどうする気?』」
「『どうしようかな〜』」
すると、みやびは薄暗い笑みを浮かべる。しかし、その目はまったく笑っていない。
次の瞬間、サーシャはみやびの顔に思いっきり唾を吐いた。そして、聞くに耐えない罵詈雑言を浴びせ始めた。
「『■■■■! ■■■! ■■■■■■‼︎』」
「はぁ〜……」
みやびはデカいため息を吐いて立ち上がると、サーシャの脇腹を思いっきり蹴った。
サーシャは声にならない声をあげて悶える。
「『どうせ、正直に話してくれないんでしょ? だったらやることは一つだよね。』お兄ちゃん、私の部屋まで引っ張っていって」
「承知しました」
ほまれはサーシャの足を無造作に掴むと、そのままズルズルと廊下を引きずって、みやびの部屋の中に入っていく。
「『な、何をする気……?』」
息も絶え絶えに、サーシャはみやびに尋ねる。
みやびはにっこりと笑みを浮かべた。
「『一生忘れられない思い出を作るんだよ』」
※
午前七時、休日のいつもどおりの起床時刻に俺は目を覚ました。
まだぼんやりとする意識の中、いつものように体を起こしてベッドから出ようとする。が、そこで俺は違和感に気づいた。
少し考えて、まさかと思って俺はタオルケットを勢いよく持ち上げた。
「……げ」
ベッドのシーツがびしょ濡れになっていた。大きなシミができている。
もちろん、ここに飲み物をこぼした覚えはない。寝る前には間違いなくこんなものはなかった。
そのことに気づいてすぐ、ズボンとパンツから気持ち悪い感覚が伝わってくる。
「最悪すぎる……」
この歳になって……しかも、アンドロイドの体になったのに、こうなるとは……。まだまだトイレに行くには余裕があったはずなのに、どうして……。
とりあえず、みやびやサーシャには見つからないようにしなければ。絶対にからかわれるに決まっている。俺は急いで濡れた服を着替え、ベッドからシーツを剥がして洗濯機に入れるために、ベッドから降りて立ち上がる。
だが、その瞬間、さらに俺の体を違和感が襲う。
「う……お腹が……」
腹に猛烈な違和感。痛い、という言葉は適切ではない。そこにあるべきものがそこにないような、とにかく違和感としか言いようがない感覚だった。さらに、違和感のあるところがなんだかビリビリする。
もしかして……どこか壊れたのか? 俺がうっかりしていたのではなく、どこかが故障していると考えた方がしっくりくる。
それなら大変だ、みやびに知らせないと。
その前に、俺は隠蔽工作を行う。さすがにこのままでいるのはヤバいし、気持ち悪い。俺は急いで普段着に着替えると、汚したものを持って一階の洗濯カゴに放り込んだ。
さて、早くみやびに診てもらわないと。そう思って廊下を通っていると、リビングに誰かがいる気配がした。もしかしたら、もう起きてリビングにいるのかもしれない。
「みやびー……?」
「おはよう、お兄ちゃん」
リビングに入ると、リビングに直結しているダイニングの食卓に、みやびが座っていた。その向かいにはサーシャの姿もある。
サーシャは、俺の姿を確認すると反射的にビクッと跳ねた。小刻みにガクガクと震えて、とても青い顔をしている。
その姿を見て、俺は『作戦』が成功したことを確信した。
「サーシャ、おはよう」
「お、おおおおはようございますデス……」
可哀想なことに、声まで震えている。落ち着かない様子で、今にもここから離れたそうだ。
俺はため息をついて、みやびに問いかける。
「……みやび、やりすぎたんじゃないか?」
「そんなことないよ。これは必要だったんだ」
「……」
笑顔で言うみやびに、俺は若干恐怖を覚えた。みやびって、サイコパス気質なところあるよな……。天才特有のそれなのだろうか。
「お兄ちゃんは、体に異常はない?」
「あ、それなんだけどさ……」
そこで、俺はちょっと恥ずかしくなって、口篭ってしまった。
「……お兄ちゃん」
「ちょっと、こっち来て」
「うん?」
俺はみやびにこっそり耳打ちをする。
「あ〜……それ、サーシャのせいだよ。ね?」
「え、ななな何のことデスか?」
「昨晩、お兄ちゃんのお腹、蹴ったでしょ?」
サーシャはガタガタと椅子を鳴らして勢いよく立ち上がると、俺の目の前でジャンピング土下座。
「ももも申し訳ございませんでしたデス!!!!!」
流れるような一連の動作に、俺はちょっと感心してしまった。
とはいえ、俺はサーシャに蹴られたことをまったく覚えていない。俺は、昨晩ベッドに入ってからさっき起きるまでずっと眠っていたのだから。
「……みやび、これ直るんだよな?」
「もちろん。たぶん、冷却水のタンクが壊れているか、弁が壊れているかで、緩くなっているだけだと思うよ」
「うぅ……早く直してくれよ」
「わかってる。でもその前に……」
みやびはサーシャを見る。ビクッと震えたサーシャは、ガタガタガタッ! と大きな音を立てて席に座った。
「お兄ちゃんも座りな」
「……うん」
そして、一息つくと、みやびは言った。
「さて、話してもらおっか。あなたの正体について」