ギルドの中は喧騒に包まれ、多くの人がたむろしていた。
ギルドの入り口付近は待合室のようになっていて、長テーブルと椅子が大量に並べられている。
さらに、食べ物も提供されているらしく、酒を飲んでいる人や、肉料理を食べている人もちらほらいる。
美味しそうだな、と一瞬目移りするが、そんなことを考えている場合ではない、と六号は自分を律する。
とりあえず、まずはハンターギルドに入会することが先決だ。
そのためには、いったいどうすればいいのだろうか……。
六号が困惑して立ち尽くしていると、一人の女性が近づいてきて話しかけてきた。
「何かお困りですか?」
「ひゃい⁉︎」
制服のようなものを着ていて、身なりがきちんとしている。おそらく、このギルドの職員の人だろう、と六号は思った。
「あ、えと、あの、ギルドに、入りたくて……」
「そうでしたら、こちらにご案内いたします」
六号は、女性に導かれるままに、奥のカウンターへ進む。
そして、カウンターの前の椅子に座ると、女性が奥から書類を持ってきた。
「まず、ハンターギルドのシステムについてはご存知でしょうか?」
「え、あ、いえ……」
先ほど男性にその存在を初めて教えてもらったばかりなのだ。六号がその仕組みまで知っているわけがない。
「それではご説明いたします。ハンターギルドは、ハンター、つまり魔物を狩る職業の人々が集まった職業組合です。我々は、魔物から得られたアイテムの買い取りや、魔物の駆除依頼などの仲介、その他ハンターの皆様が円滑に仕事ができるように、様々なサポートをいたします。ハンターギルドは、帝国全土はもちろん、外国にも拠点があり、メンバーであればどの拠点でも同じ待遇を受けることができます。
また、ギルドメンバーの皆様には、基本的には好きなタイミングで来て、依頼を受けていただきます。もちろん、依頼以外で斃した魔物のアイテムを持ってきていただいても構いません。ただし、ギルドに入る際には、入会金として五十ゲルトをいただきます」
「え」
予想外の事態に、六号は思わず硬直した。
ゲルトは帝国の通貨の単位だ。だが、六号は物価を知らない。五十ゲルトという値段が、どれくらいのものなのか、六号には全くわからなかった。
「どうされましたか?」
「あ、いや、えっと……」
お金、持ってないです。と言いかけて、慌ててその言葉を飲み込んだ。
六号は考えた。なんとかこの状況を打開しなければならない。だがお金は持っていない。
そして、思い出す。ポケットの中に入っている、魔石の存在を。魔石は人間界では取引の材料になる。これを取引できれば、お金が手に入るはずだ……!
六号は、勇気を出して白状する。
「お、お金は持っていないんですけど、魔石なら持ってます……あの、これでも大丈夫ですか……?」
受付の女性に信じてもらうために、六号はポケットから魔石を取り出して、カウンターの上に乗せる。五個の赤い魔石が、照明の光を反射して輝いていた。
受付の女性は目をぱちぱちさせると。
「……これは、大きな魔石ですね」
「これで足りますか⁉︎」
食い気味に六号が尋ねる。女性はその気迫に少し戸惑いながらも、冷静に答えた。
「……きちんと鑑定してみないとわかりませんが、おそらく大丈夫だと思います」
その言葉に、六号はホッとした。
六号が魔石をポケットに入れると同時に、女性がカウンターの上に冊子を出す。
「その他にも、ノルマや罰則、除名処分などがありますが、詳しい規則はこちらをご覧ください。また、カウンターなどにお越しいただければいつでも対応いたします」
「あ、ありがとうございます」
どうやら受付の女性は、六号が早く入会したがっているのを察したようで、説明を端折ることにしたようだった。
六号は冊子を受けとった。今はカードを取るのに集中して、後で時間ができた時に読もうと心に決める。
女性は続けて一枚の紙を取り出した。
「それでは、こちらの書類にご記入をお願いします」
「は、はい」
六号は施設で教育を受けている。したがって、読み書きに支障はほぼない。
だが、このような書類を読むのは、当然ながら初めてだった。
六号は書類に慎重に目を通していき、書けるところは受付にあった万年筆で書いていく。
そして、ある場所で六号の手は止まった。
六号の視線の先には、『年齢』の欄。
六号は自分の年齢を正確には把握していない。
歴史の教育を受けていたので、今が帝国暦何年かは把握していた。しかし、施設にはカレンダーの類は存在せず、さらに誰からも教えてもらえなかったので、自分が何年の何月何日に生まれたのかはわからなかった。
ただ、自分が生まれてから三年くらい経っていることはなんとなくわかっていた。
しかし、三歳と書くのには問題がある。
今の自分の姿はどう見ても、一般人でいうところの十代後半に相当する。それなのに『三歳』と書くのは怪しすぎる。ここから怪しまれて、追っ手に捕まってしまうかも、と六号は背筋が寒くなった。
すると、固まっている六号を見て、女性が補足を入れた。
「年齢はわからなければ書かなくてもいいですよ。必須事項ではないので」
「わ、わかりました……」
女性の言う通りに、六号はおとなしく空欄にして飛ばすことにした。
しかし、すぐに六号はもう一つの壁にぶち当たる。
名前だ。
六号に名前はない。強いて言うのであれば、『六号』が名前に当たるのだろう。施設ではそう呼ばれていたのだから。
しかし、それが名前ではないことは、六号は理解していた。自分はただ『六番目に作られたホムンクルスである』という理由で、そう呼ばれていたのに過ぎない。決して名前ではないのだ。
だが、ここで名前を書かないわけにはいかない。しかし、このまま『六号』と書くのはまずい。どうにかこの局面を切り抜けようと、六号の脳みそは高速回転を始める。
だらり、と汗が流れる。
「……どうかなさいましたか?」
「い、いえ……」
六号は固まる。とにかく、何か適当な名前を書かなければ……。
六号は勉学で習った歴史の授業を思い出す。六号が知っている個人名といえば、それ関連くらいしかなかった。
焦った六号は、歴史上の偉人で最初にパッと思いついた人物の名前を書いた。
「……ラーン様ですね、書類をお預かりします」
ラーン。数百年前に、龍殺しを成し遂げた帝国の伝説の英雄の名前だった。
偉人の名前を使ったことがバレるのではないか、とビクビクしたが、受付の女性は特に気にする様子はなかった。
「少々お待ちください」
女性はそう言うと、一旦カウンターの奥の扉の向こうに消える。
しばらく経つと、手に小さな金属のカードを持ってやってくる。
「それでは、こちらがギルドカードになります」
「あ、ありがとうございます」
農家の男性が持っていたカードと同じような見た目だ。相違点は『ハンターギルド所属』となっているところと、『ラーン』という、名前が刻まれているところだった。
「それでは改めまして、ラーン様、ようこそハンターギルドへ! 職員一同、歓迎いたします」
「ど、どうも……」
六号は、自分のカードを手に取る。これで、自分は拠り所ができた。小さな出来事かもしれないが、六号にとっては大きな一歩だった。
そして、『六号』としてではなく『ラーン』として生きることになった瞬間だった。
「それでは入会金についてですが……まずは魔石の換金をしましょう。こちらへどうぞ」
女性に導かれるまま、ラーンは一旦ギルドを出ると、その裏手に回った。
周りが高い建物に囲まれているため、日光が当たらず薄暗い。道は広いのに人通りは少なく、空気も湿っているような気がした。
入り口とは真反対に当たる場所には、木製の扉があった。二人はその中に入っていく。
扉の先には、広いカウンターがあり、その奥には眼鏡をかけた女性が一人座っていた。ラーンが入ると、眼鏡の女性はこちらに声をかけてくる。
「おかえりなさいませ。アイテムを拝見します」
「は、はい」
アイテムというのは魔石のことだろう、と解釈して、ラーンはポケットから魔石を取り出すと、カウンターの上に置く。
眼鏡の女性は手袋をしていた。ラーンが取り出した魔石を慎重に手に取って観察する。
そして、魔石を秤の上に載せた後、眼鏡の女性は言った。
「一つ二百ゲルトなので、五個で千ゲルトになります」
「せ、千……!」
もし五つ売っても足りなかったらどうしよう、とラーンは心配していたが、予想以上の値がついて驚いていた。
入会金は五十ゲルト。千ゲルトはその二十倍だ。入会金を払ってもなおお釣りが大量に来る。
「代金です。お納めください」
カウンターの上には金貨が十枚並べられる。本の中でしか見たことがなかったそれは、ラーンの目の前でキラキラと輝きを放っていた。
ラーンは金貨をポケットの中に入れる。
「それでは、戻りましょう」
受付の女性に連れられて、ラーンは再び正面に回り、カードを貰ったカウンターに戻る。
「それでは、五十ゲルトを頂戴いたします」
「は、はい」
ラーンは金貨を一枚出す。受付の女性はそれを回収すると、銀貨を五十枚返す。ラーンはそれをポケットに入れた。
これにて、お金の問題は完結だ。すっかり重くなったポケットを感じながら、ラーンは次に自分がするべき行動を考える。
とりあえずこれでハンターギルドに入れた。それに、魔物を斃した後に魔石を換金する場所もわかったし、実際に魔石を売ってお金も手に入った。
しかし、ラーンにはまだ、いろんなものが足りない。
まずは財布だ。九百五十ゲルトをこのままポケットに入れておくのは危険すぎる。然るべきものに入れておかなくては、落としたり無くしたり、盗られてしまうだろう。
それに着替える用の服。今着ている服の他にも、最低もう一セットは持っておきたいところだ。
そして、それらを入れるための背嚢。それくらいは準備しておきたい。
さらに、剣も必要だろう。魔法が使えるとはいえ、攻撃手段がそれだけでは心許ない。複数の手段を用意して、保険をかけておくべきだ。
最後に、何より必要なのは地図だ。ラーンは、帝国の地理をある程度は把握しているが、ここ、クラインが帝国のどの辺にあるのかはいまいち把握できていない。
施設のあった、中西部のヴァイテルフルス州の中か、それともそこからさらに南に行ってしまっているのか。一刻も早く、ラーンは自分の現在地を正確に把握する必要があった。
ラーンは最終的には帝国を脱出するつもりでいる。そのために、どのようなルートを通れば、追っ手に見つからずに移動できるのかを、常に考えなくてはならない。ラーンにとって、地図は必須のアイテムだった。
だが、ラーンはそれらがどこで買えるのか、全く知らない。クラインの街にはさっき初めて来たのだから、当然のことだった。
だから、ラーンはこの機会を逃すまい、と勇気を出して受付の女性に続けて話しかけた。
「あ、あの」
「どうされましたか?」
「これから、いろいろ買いたいと思っているんですが……この街に来るのは初めてで、だからどこに行けばいいのか、わからなくて……」
「……何をお買い求めですか?」
「ええと、財布と、バッグと、剣と、服と、それから地図です」
「でしたら……」
受付の女性は、ラーンに一つ一つ、どの商品がどこにある店で買えるのかを説明してくれた。ラーンは一言たりとも聞き逃すまいと、真剣な表情でそれを聞き、場所を記憶した。
「何か他に聞きたいことはありますか?」
「いえ! 大丈夫です! ありがとうございました!」
受付の女性にお礼を言うと、ラーンは教えてもらった店で目的のものを買うために、ギルドを足早に後にするのだった。
☆
「お疲れ様です」
「お疲れさま~」
「そういえば、今日、すごい子が来ていましたね。夕方にやってきた、赤髪の女の子」
「あー、あの子ね。なんか変な格好をしていたわよね。ハンター志望なのに農家みたいな格好をしていた子」
「そう、その子。あの子の持ってきた魔石、おかしいんですよ」
「え? おかしいって……まさか、偽物だったっていうこと?」
「いや、そうじゃなくて……綺麗すぎるんです」
「どういうこと?」
「魔物から魔石を取り出すのって、すごく難しいんです。基本的に魔石は魔物の弱点になるので、魔石を傷つけてしまうこともありますし、魔石を傷つけずに斃せたとしても、それを取り出すときに周囲の肉片とかがへばりついてしまって、なかなか綺麗には取れないんですよ」
「へぇ」
「だけど、あの子が持ってきた魔石はとても綺麗だったんですよ。まるで、最初から魔物の体内から分離されていたかのように」
「偽物ではないんでしょ?」
「はい。それだったら百ゲルトの価値はつけていません」
「不思議な話ね」
「そうですね。それに、そもそもいったいどうやって魔物を斃したのか……。それこそ、魔物を丸ごと燃やし尽くすくらいのことをしなければ、あんなふうにはできないと思います」