シャロ「こんばんは、シャロです」
シャロ「ようやくこの話も半分を過ぎたわね……」
ココア「そういえば、今までまだリゼちゃんはここに登場していないね……」
シャロ「はっ! 確かに! 大事なリゼ先輩を呼んでいないなんて私としたことが……! 今から呼んでくる!」ダダダダ
ココア「あっ! シャロちゃーん!」
ココア「行っちゃった……」
ココア「チノちゃんもいないしなぁ……どうしよう……」
ココア「ん? これは……」
(足元に落ちている紙を拾う)
ココア「これは、カンペ⁉ シャロちゃんが落としていったのかな……」ペラペラ
ココア「えーっと『リゼちゃんは次の次の回に登場します』……ということは、今回はどうやっても登場しない、っていうこと⁉ 早く追いかけなきゃ……!」
ココア「それでは! 『ご注文はゾンビですか?』 第6羽始まるよ~!(ドップラー効果)」ビューン
「それじゃあ、皆行っくよー!」
そんな声が、深夜の木組みと石畳の街に、バシーン! ビシーン! と鋭い音が響く。そして「ゔああああああ」という断末魔。間を開けずに、また同様の鋭い音が何度も何度も聞こえてきた。
「私も負けていられないよー!」
今度はココアが発破をかける。そして、両手でバットのようにしっかりと麺棒を握ると、それをゾンビに向かって勢いよく振るう。
「ぶわあっ!」
頭部を強打されたゾンビは、地面に薙ぎ倒されると、そのまま闇に溶けて跡形も無くなった。ココアは息をつく暇もなく「てぇえーいっ!」と次のゾンビに狙いを定めて麺棒を振り上げて躍りかかった。
「……まるで、ココアさんが二人いるみたいです」
「確かに、酔ったシャロちゃんはそうかもしれないわね~」
その様子を、魔法少女チノと、後方支援要員・宇治松千夜は後ろから眺めていた。道行くゾンビを、ココアとシャロが片っ端からやっつけていくので、こちらが出る幕が存在しないのだ。
「それにしても、重いわ……」
「少し持ちましょうか?」
「そんな、チノちゃんに持たせるわけには……!」
千夜がボヤいているのは、彼女が背負っている風呂敷のことだ。ラビットハウスに到着したときとは異なり、今度は甘兎庵を出発したとき以上の量の荷物が入っている。ちなみに、中身はすべて缶コーヒーだ。もちろん、シャロのカフェイン補給用物資である。
ラビットハウスを出発してから数分間。リゼの家に向かう一行は、早速ゾンビどもとエンカウントしていた。リゼの家があるところは特にゾンビの多い地区らしく、ラビットハウスへの道のりとは比べ物にならないほどのゾンビがいる。
「あっ、千夜さん、しゃがんでください!」
「え……? こうかしら?」
チノは千夜にそう指示すると、抱えていた巨大なティースプーンを、今まさに千夜に襲い掛かろうとしていたゾンビの頭めがけて振り下ろす。
「えいっ!」
「ゔぁぁああああぁぁぁ……」
「チノちゃん、魔法少女じゃなかったの⁉」
「ココアさん、前です!」
「う、うん!」
ココアが思わず魔法ではなく物理的にステッキでゾンビをたおす魔法少女にツッコミを入れる。だが、戦闘の手を止めれば、あっという間にバランスが崩壊して、四人は飲み込まれてしまう。チノはココアに戦うよう注意を促す。
「ありがとう、チノちゃん……」
「いえいえ、とんでもないです」
「いいなぁ~、私もチノちゃんの必殺・ティースプーン攻撃で守ってもらいたいなぁ~」
「ココアさんには棍棒があるじゃないですか」
「棍棒じゃないよ!」
「間違えました、麺棒でした」
ココアは突っ込みつつも器用に戦闘を続行する。そんな風にチノとココアが会話を交わしている一方で、千夜はシャロの方に目を向けていた。
さっきまであれほど「ひゃっほー!」とか「たーのしー!」とか言ってたシャロが、足を止めている。一応木刀は構えてはいるが、迫りくるゾンビに対してさっと後ずさりをしている。なにより遠目からでもわかるくらい、足をがくがく震えさせていた。
今シャロに何が起こっているのか、ピンときた千夜は、シャロに向かって声を張り上げる。
「シャロちゃーん! これを受け取ってー!」
同時に風呂敷の中から放り投げたB〇SSの缶コーヒーが月の光を受けてキラキラと輝きながら宙を舞う。そして、パシッと顔を青ざめさせたシャロがそれを受け取った。
シャロは間髪入れずにそれを飲み干すと、再び木刀を握りしめる。同時に襲い掛かる意識ふわふわタイム。カフェイン酔いが回ってきた証拠だ。そして、彼女は瞬時にカフェインハイテンションになると、再びゾンビどもに木刀を振り上げて襲い掛かった。
(よかった……まだ補給物資は大丈夫ね)
大きな役割を果たした千夜は一息つく。そして、魔法でティースプーンの先からコーヒーを噴射する隣のチノを見た。
「それで、チノちゃんはいったい何をしているのかしら?」
「見てわかる通り、魔法の練習です」
「そうなのね!」
ゾンビを叩く武器にもなるティースプーン。その先からコーヒーを勢いよく噴出する魔法を、実はチノは使えたのだ。もっとも、魔法を使うよりもティースプーンで物理的に攻撃した方が手っ取り早いのだが。
それにしても、コーヒーの噴射先がゾンビではなく最近できたばかりのスター〇ックスというのに悪意を感じるのは気のせいだろうか。
「ウチが繁盛するために、ス〇―バックスはこの世から絶滅しなければならない定めなのです……」
「ち、チノちゃん?」
何か恐ろしい呟きが耳に入ったような気がしたが、千夜はそれ以上の追及を避けた。『触らぬ神に祟りなし』というやつだ。
「それにしても、ゾンビ、多いわね……」
「そうですね……それに、なんだかリゼさんの家のある方向から来ているような気がします」
チノがコーヒーの噴射を止めて心配そうに言う。
事実、ゾンビたちは彼女たち四人が向かおうとしている方向からやってきていた。その方向にあるのはリゼの家。つまり、リゼの家の周辺には今以上の大量のゾンビがいるということなのだ。
普段ならなんとも思わない道のりがゾンビのせいでとんでもなく長く感じられる。カフェインでドーピングしているとはいえ、さすがにシャロにも疲れの色が感じられ始めた。
「チノちゃんっ……! ちょっと疲れて、きちゃった……」
「ココアさん、がんばってください!」
ココアが麺棒でゾンビの進撃を止めている間に、チノが魔法でコーヒーを噴射し、一気にゾンビを薙ぎ払う。
シャロは、道に残ったゾンビどもを手の届く範囲で、木刀で一掃すると、後ろを振り返って叫んだ。
「いったん撤退するわよ! そうでもしないと体がもたないわ!」
はっきりと喋れるくらいには、シャロのカフェイン酔いは収まっていた。だが、そこに恐怖の色はない。ただ現状を打開しようとする必死さだけが残っていた。
シャロの提案に対して、即座に千夜が反論する。
「でも、ここで引いてしまったら、また一からやり直しになってしまうわ……!」
その返しに、シャロはぐっと言葉に詰まる。
(確かにリゼ先輩のところには早くいきたい……! けどせっかくここまで来たのに引き返すのは惜しい……かといって、ここでやられてはリゼ先輩が悲しんでしまう……!)
将来の見通しに暗雲が立ち込め始めていたそのときだった。
「……今、誰かの声が聞こえなかった?」
最初に気が付いたのはココアだった。きょろきょろと落ち着かない様子で辺りを見回す。他の三人も、足音を立てず、呼吸の音さえも殺して耳を澄ませる。
「おーい! チノー! ココアー!」
「千夜さ~ん! シャロさ~ん!」
「間違いありません、この声は……!」
「マヤちゃんとメグちゃんの声よね?」
「ど、どこから聞こえるのよ⁉」
「ここだよー」
すると、シャロの後ろからひょこっとマヤが顔を出した。一見茂みのように見えるが、実は植物で覆われた通路だったのだ。マヤの後ろから、隠れるようにしてメグも顔を出す。
「ひいいぃいいい⁉」
驚いてシャロは腰を抜かしかける。
「ちょうどいい! ここでいったん休憩しよう!」
ココアの案に、異論は出なかった。
四人は新たなゾンビが現れないうちに、そそくさとマヤたちのいる通路へと身を隠す。千夜が入ってメグが再び通路を植物で隠した直後、通りにゾンビがまた現れた。だが、幸いゾンビどもは彼女たちに気づいていないようだ。
チマメ隊+千夜・シャロ・ココアの六人は、通路の奥の突き当たりまで退避すると、腰を落ち着けて小さな声で話を始めた。
「それにしても、なんでマヤちゃんとメグちゃんがここに……?」
「用事で遅くなったんだー。そしたら、突然たくさんのゾンビが湧き始めてー」
「慌てて、私たちはこの水鉄砲で応戦した、っていうわけなの」
メグがそう言って、持っている加圧式水鉄砲を見せる。マヤも同じタイプの色違いを抱えていた。
「なるほど……水ならどこでも補給できるもんね!」
木組みの家と石畳の街には水路が走っている。それに、噴水や公園の池もあるため、水の補給は容易だ。ココアが納得の声をあげるのも十分頷ける。
「それにしても、そんな水鉄砲で本当にゾンビどもをたおすことができるのかしら?」
「ちっちっちっ、水鉄砲の威力を甘くみられたら困るよ~シャロ」
シャロの疑問に対して、マヤが指を振って答える。
「この水鉄砲、飛距離は何と七メートル以上! それにタンクの容量は千二百cc!」
そういいながら、マヤはポンプレバーをシュポシュポ動かして圧力を高めていく。そして、通路の壁に向かって引き金を引くと、勢いよく水が噴射した。バシャー、っと水が辺りに飛び散る。
「おお~すごいわ~!」
「そうでしょ~千夜! それに、もし水鉄砲がゾンビに効かなかったら、私たちはこうやって話してないよ」
「にわかには信じがたいです……」
思わずチノはぼやくが、マヤの言っていることには一理ある。四人は、マヤとメグの言うことを信じることにした。
今度は逆に、マヤとメグが四人に質問を始める。
「なーなー、どうして、チノたちはこんなところにいるんだ? もう十二時近いぞ?」
「実はですね……」
チノはマヤとメグに対して、自分たち四人が今何をしようとしているのか、かいつまんで説明する。ときどき他の三人から補足を受けながら、三分ほどで状況を説明し終わった。
「……というわけなんです」
「なるほどねー」
「大変だね……それに、リゼさんも心配だね~……」
「それで、できればなんだけど、メグちゃんとマヤちゃんも来てもらいたいわ……無理にとは言わないけど……」
水鉄砲がゾンビに効くなら、この二人はとても大きな戦力となりうる。もしもこの二人が加われば、もっと楽にリゼの家までたどり着くことができるだろう。
シャロの提案を受けて、マヤとメグは少しの間顔を見合わせる。
そして、そろって返事をした。
「私たちも、行く!」「私たちも行きます!」
「本当に大丈夫? たくさんのゾンビが出てくるけど……」
「だいじょーぶだってココア! 私たち全員なら百人力だよ!」
「リゼさんを助けに行かなきゃ!」
「それなら、決まりですね」
二人の言葉を聞いて、チノがまとめにかかる。
「皆で、リゼさんを助けに行きましょう!」
「「「「「おー‼」」」」」
こうして新たにマヤとメグが加わって、リゼ家に向かうメンバーが六人になったのだった。